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第三十六章

ノリ(N)で撮った(T)ルンルンで(R)

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 それは俺たちも練習風景の録画、視聴で使う様な魔法のタブレットだった。魔法円盤の差し込み口には既に何かがセットされていて、すぐ再生できる状態だ。
「予告編や宣伝は無しで始まるからよ! 注意して見てくれ」
 ニコルさんはそう言いながら端末を操作する。すると、画面に見慣れたゴブリンの姿が浮かび上がった。
「監督くん、見てる~?」
 あ、イノウエゴブゾウ氏だ! と驚いた矢先でニコルさんが画面にも現れ、小鬼の肩に腕を回した。ちなみに両者とも殺風景な部屋の真ん中におり、白いベッドに腰掛けている。
「これから君の大事なゴシップ記者さんを、頂いちゃいまーす!」
「「ええっ!?」」
 俺と、周囲から覗き込んでいたステフ、エオンさん、ミガサさんから一斉に困惑の声が漏れた。そう、普通に困惑の声だ。リストさんクエンさん達とつき合っていると錯覚するが、女性みんなが腐女子の要素を持っている訳でもないのだ。
「頂くって何でしょう?」
 ミガサさんが首を傾げ銀色の波が静かに流れた。いや仮に腐の要素を持っていてもゴブリンとエルフのオッサンでは需要はかなり絞られるだろう。
「ショーキチ、説明してやれ」
「イヤだよ!」
 ステフが命令してきたが俺は断固として拒否した。
「頂く、って言ってもそっちじゃないぜ! 今日貰うのは言質だよ」
 と、タイミング良く画面内のニコルさんがそう告げる。映像の癖に観客の動揺が収まるまで台詞を控えていたのだ。そこはベテラン俳優の経験がなせる技か。
「えー。ショーキチ監督、アリスさんとご家族、アローズの関係者のみなさま。この度は大変ご迷惑をおかけしました。わたくし、イノウエゴブゾウは過去の報道を撤回し謝罪し、以後アローズのゴシップについては決して取り上げない事をここに誓います!」
「「おおー!」」
 俺とステフとエオンさんは同時に驚きの声を上げる。その様子を満足げに見ながらニコルさんは端末を操作して画面を消し、魔法のタブレットを別の椅子の上に放り投げた。
「ま、そういう訳だ。これで今後はあのゴブリンに悩まされる事はないぜ!」
「あ、ありがとうございます! 何とお礼を言えば良いのか……。でも」
「でも質問がある、だよな?」
 エルフの中年は俺の台詞を予想したかのように言った。やはり役者さんというのは会話のコントロールが上手いな。
「ええ、幾つかあります。まず第一に……」
「なんでNTRビデオレター式なんだ?」
 コントロールはできないが破壊は大好きなダスクエルフ、ステフが割り込んで聞いた。
「馬鹿ステフ! そんなのは聞かなくても良いんだよ!」
「NTRビデオレターとは何ですか?」
「エオンも知りたいのですっ!」
 俺は慌ててステフを窘めたが、残念ながらミガサさんとエオンさんがそこに食いついてしまった。
「ショーキチから教えてやってくれんか? 幾ら俺でも、知り合いの娘さんと姉に自分の口で言うのは憚かれる」
「見せるのは平気なんですか!? って……姉!?」
 気不味そうに笑うニコルさんにツッコミつつ、ふと気になったワードがあったので俺は口を止めた。
「え? エ……違う、違う、えっ!?」
 俺は順番にエオンさん、ステフと視線を動かした。目が合う度にエオンさんとステフがカメラに映る時のようなポーズを――そう言えば明日の午後はレジェンド選手たちのア・クリスタルスタンドの撮影だ。明日もこのコンビに来て貰うか?――とったが通り過ぎ、最後にミガサさんと目が合う。
「あ……ね?」
「あ、はい。ニコルが産まれた時から、あ、姉をやらせて頂いてます」
 絶世の美女はやや照れながらもそう言って頭を下げる。
「え、だってニコルさんよりずっと若そうだし役者としても新米だって」
「ミガサが役者をやり出したのは最近だからな。その前は治療士でその前は専業主婦だっけ?」
 俺の疑問を聞いたニコルさんは顔を向けてミガサさんに問う。
「うん。医術へ行ったのはアドル君が死んだから。それまでは子育てに専念してくれ、て言われてたから」
「え? もしかして既婚者で死別で……子持ち!?」
 目の端を赤くしながら応えるミガサさんを見て、流石に俺もツッコミの声を抑える。抑えるが、声には出してしまった。
「まあ、そういうことだな」
 情報量が多い! という叫びは心の内に止め、俺は頭を下げてから別の言葉を口にする。
「すみません。不躾な事を聞いてしまいました」
「いえ、そ、そんな事は!」
 俺に合わせるようにミガサさんも頭を下げ、お辞儀合戦みたいになる。だが最後には彼女の方が先に頭を上げ、俺の肩に手で触れ言った。
「あの、どうぞ大事な話を続けてくださいまし」
「あ、どうも」
 しかしその周辺の情報が頭に入った状態でミガサさんを見ると色々と別の感想が出てくるなあ。さっきの言葉遣いもちょっと昔っぽいし。でもまあ、彼女の言う通り話を進めよう。
「えっと本当に質問すべきは、どうやって、そしてなぜイノウエゴブゾウ氏の対処をしてくれたのですか?」
 俺はチャンスを逃さずNTRビデオレターの話を捨て去り、聞きたかった事を訊ねた。
「なーに、簡単な事だ。アイツの専門は芸能メディアだからな。これ以上アローズに付きまとえば出禁にしてやる! って脅しただけだ」
 ニコルさんは事も無げにそう言った。
「あと何故か? って方だけどな。そりゃもちろん、ショーキチに恩があるからだ。さっきも言った通りアンタは代表に変革を与え強くしてくれた。俺としてはそれを続けて欲しいし、その改革ロードに余計な邪魔があっちゃいけねえ。そんなヤツはこうだ!」
 デイエルフの名優は芝居がかった仕草で手を払った。
「あと……息子とかとも仲良くしてくれてるみたいだからよ」
 あージャックスさんか。そこは持ちつ持たれつなんだけどな。
「そうだったんですね……。本当にありがとうございます! このご恩は何としても返したいと思います」
「そうか! じゃあ早速、お願いして良いかな?」
 俺が再び頭を下げると、ニコルさんは嬉しそうに顔をのぞき込んできた。
「はい、何でも言って下さい!」
 これにはすぐ返答する。なーに、彼はアローズの熱心なサポーターだ。何を言ってくるか分からないが、きっとチームの害になるような事ではないだろう。
「じゃあよ。ちょっとミガサを、チームのスタッフに加えてくれないか?」
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