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第三十六章

控室でも控えない面々

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 控え室は大まかに言って三つのグループに分かれていた。まず一つ目のグループはダリオさんとステフを中心にしたモノだ。
 このグループからは『捕獲』『攻撃魔法の使用』といった物騒なキーワードが漏れ聞こえてくる。いったい何事!? となるが慌てなくて良い。彼女らのターゲットは間違いなくレブロン王で、ダリオさんは彼がやった悪ふざけ――記者に紛れ込み、会見に騒乱を起こす――にたいそうご立腹の様子だ。
「あわわ。ありゃ溜まっているな……」
 俺はそれを見て小声で呟いた。城の兵士やステフまで動員してレブロン王を捕らえお灸を据えるつもりなのだろう、エルフサッカードウ協会の会長としての制服、つまりタンカースジャケットを羽織ったダリオさんは、まさにこれから一斉掃射を命令する車長さながらだ。
 もともと日頃の鬱憤がある上に、レブロン王のアレを見た後でなんとか冷静に会見2部を行ったという経緯もある。抑えつけていたものが爆発しそうなんだね。
「あっちは後にしよう……」
 今、あのグループに近づくのは得策ではない。何か怖いし。それにレブロン王をこらしめたい気持ちは自分にもある。俺は次のグループに目をやった。
 二つ目の集団はポビッチ監督とその付きドワーフ達、バートさん、ナリンさんのグループだ。こちらは極めて純粋にサッカードウ的と言うか……。長いキャリアを誇る名将と、往年の名選手と、俊英コーチとが過去の試合や戦術について語り花を咲かせている。
 そちらには加わりたいような加わりたくないような微妙な感じだ。サッカードウについては俺も語り合いたい。だがドワーフやエルフの時間スケールは人間とかなり違う。50年のサッカードウの歴史ですらも彼ら彼女らにはさほど長いモノではない。軽く
「40年前のあの時の試合がさー」
とか言ってそうである。そうなると俺はおいてけぼりだ。
 自分にはあまり経験無いが、俺が産まれる前に行った旅行の事で親戚たちが懐かしがるとか……。あ、こっちが入社する前に起きた事件の話で先輩連中が盛り上がるとか! そっちだな。
「と、なると」
 俺はドワーフエルフ連合から目を離し、三つ目のグループへ近寄った。
「2部の間にお帰りにならなかったんですね」
 最後のはグループというより家族だ。ぼーっとしているアリスさんと何かを真剣に討論しているターカオさんシンディさんのご一家が、部屋の隅で椅子に座っている。俺は目立たないように小声で挨拶をした。
「ええ。ちょっとアリスが変な感じなので」
「いや、お父さんはアリだと思うぞ」
 俺が話しかけると母親が娘さんを指さして苦笑いし、父親はよく分からない返事を返す。
「ほう、変な感じ」
 いつもじゃないですか? という言葉を飲み込みアリスさんの方を見ると、ドーンエルフは指先で自分の唇に触れながら宙を見上げていた。
 これはもしや……宙を見上げてチューの反芻か!?
「アリスはどうも、あの方にハートを射抜かれた様でな」
 ターカオさんが嬉しそうにそう耳打ちする。あの方、とはつまり先ほどのチュー、キスのお相手ナリスさんだろう。
「それはまあ、仕方ないでしょうね」
 父親の言葉に言外の
「お前よりもナリスさんの方が良いな!」
という響きを感じるが別に悔しくはない。もとより俺とナリンさんでは顔の造作に雲泥の差があるし、彼女が男装した姿は既に限られた一部から熱狂的な指示を受けている。気にすべきは、その人気が今回の件で全大陸に広まってしまう事だろう。
「アリス! いい加減にしゃんとしなさい! 元カレが来たわよ」
「元カレ!?」
 シンディさんが惚けた娘をツツくと、アリスさんはハッと我に返ってこちらを見た。おい誰が元カレやねん。
「今日は色々とお疲れさまでした」
「いえ、結構なものを頂戴しまして……」
 とりあえず労いの声をかけると女教師は立ち上がり姿勢を正し、深々と頭を下げる。
「いや俺があげたモノって訳でもないんですが。でもまあお気に召したのであれば、今度から連れてきますよ」
「「ええっ!?」」
 俺がそう言うとアリスさんご一家は大声を上げて全員が立ち上がった。その声に周囲の目が一斉にこちらを向く。
「すみません、何でもありません! どうぞ続けてつづけて!」
 俺はそう言いつつ頭を下げ、それぞれをそれぞれの話へ戻す。
「大声出さないで下さい。余所は真面目な話をしているんですから!」
 余所『は』ね?
「ごめんなさい! でも本当にそんな事、できるんですか?」
 アリスさんは謝罪しつつ身を縮めるように椅子に座り訊ねてくる。
「ええ。ナリンさんも日本語話者ですし、三者で会話の練習をすることは試合中の通訳業務にもプラスだと思うんですよ」
 俺もつきあって椅子に座りつつ返事する。ナリンさんの通訳に不満を持っている訳ではない。しかし彼女の日本語レベルを上げるのは悪い事では無いはずだ。
「あの、たぶん娘が聞いたのはそういう事ではなく、そういう所へ連れ回して良いのか? と」
 座った俺へ、シンディさんはナリンさんの方をチラチラと見ながら質問してきた。
「ああ、そういう事か。彼女はアローズのコーチではあるんですけど、それと別口に俺と個人契約をしているんですよ。日常生活のアシスタントとしても。だからプライベートでもお願いしたら来てくれる筈です」
 この件は隠している訳ではないが公表もしていない。だから知らぬエルフからしたら公私混同に見えるのだろう。
「それにこれからも俺とアリスさんが一対一で会うよりも、彼女も交えて三者で勉強会した方が余計な誤解を招かずに済むでしょう?」
「確かに! それが一番だ!」
 俺が追加でそう言うとターカオさんが力の籠もった声で同意した。その熱意に若干、引きつつも他の皆もそれはそうだと頷く。
 そうだよな。最初からナリンさんも連れて行けば良かったんだ。まあ日本語はともかく、エルフ文学の時間はナリンさんが暇するかもしれないが。
 あ、エルフ文学と言えば!
「そうだアリス先生! さっきあるエルフからこんな本とチケットを貰ったんですが」
 俺はそう言ってアデスさんから貰ったズバルと封筒をまとめて渡した。
「あーこれ! 私も定期購読していますよ~」
 エルフの女教師はそう言いながら文芸誌をパラパラとめくる。
「何か不審な点はありませんか?」
「うーん。しっかり読まないと断言できませんが、これといっては」
 俺の質問にアリスさんが首を横に振った。そうか……。じゃあ何だったんだあのエルフは?
「ちょっとアリス?」
「これって……あの方だよな?」
 と、首を捻る俺を前に、ご両親が娘さんへ手紙の中身とチケットを見せた。
「え? あ……ああ! これは凄いですよショーキチ先生!」
 それを目視したアリスさんが目を見開きこちらを見る。それから彼女が行った説明は、全く予想外の内容となった……。
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