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第三十六章

2部にもゴブは来ず

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 2部まで15分の休憩があったが、俺には休んでいる暇はなかった。司会席の裏で水を貰って立て続けに2杯飲み、ステフに問う。
「イノウエゴブゾウ氏はいなかったな。どういう事か、ちょっと調べてくれないか?」
「おう! でもよ? あのキスを煽ったヤツが手下だとかじゃねえの?」 
 ステフは記者席を見渡しながらそう返事する。
「いや、アレは確実に別口だよ。もういないだろ?」
 俺も同じように視線を左右へやるが、やはりレブロン王の姿は無かった。他の記者さんの様に休憩で席を外しただけかもしれないが戻ってくる可能性はほぼ無いとみている。
 何故なら会見2部にはダリオさん――アローズの10番でエルフサッカードウ協会の会長で、レブロン王の娘でもある――が出席するからだ。彼女は父親よりも余程しっかりしており、しばしば公務を替わりに行っている。それだけに王は姫に頭が上がらず、遊んでいる所を見られるのは心苦しい筈だ。
「とにかく、頼むよ。あと今日はもう変なアドリブは無しだ!」
「あたぼうよ! あんなインパクトあるイベントばっか出したらさ、一個一個の印象が薄まってしまうからな!」
 ステフは快活にそう応えた。いや、そういう理由で辞めて欲しい訳じゃないんだけどね……。
「本心を言うと、売り上げに影響するから次のイベントの方が印象に残って欲しいんだ。頼むよ!」
 俺はそう言ってステフの肩を叩き、ステージの上へ戻った。


「以上でア・クリスタルスタンド新製品発表会を終了したいと思います。ご来場、ありがとうございました!」
 俺がそう告げて頭を下げると同時に荘厳な音楽が流れ、スポットライトが出口の方を照らした。
「お帰りの際はこちらからご退出頂きますよう、お願いします。アビー、ポビッチ監督が別れのご挨拶を差し上げます」
 ステフが案内した方向には既にバートさん――選手としてはアビーという名前で通っているのでマスコミ向けにはずっとそう呼称している――とポビッチ監督が並んで立ち、記者さん達を送り出す準備をしていた。
「トークショーとアクスタ、楽しみにして下さい」
「ふむ、宜しくな」
 アローズの大先輩とドワーフ代表監督は並んで記者さん達と交わり、プチ握手会状態だ。ポビッチ監督が会見2部に参加するのはトップシークレットかつビックサプライズだったのでマスコミの受けも非常に良い。
 もっとも、驚きの面ではナリス×アリスのキスとどっちが上か判断つきにくいが。まあ不真面目なマスコミはキスを、サッカードウメディアの方はアビー、ポビッチ監督の並びを報道するだろう。
「ショーキチ監督、ちょっと良いですか?」
 そんな皮算用をしていた俺に、エルフの男性が話しかけてきた。
「はい? 何でしょうか?」
 そのエルフ男性は非常に上品な装いで、優しい笑みを浮かべていた。しかし手に撮影用のマジックアイテムは無く、バートさんやポビッチ監督の方を微塵も気にしていない。もしかしてこのエルフがイノウエゴブゾウ氏の手下か?
「初めまして。文芸『ズバル』の記者、アデスと申します」
 そう言ってアデスさん? は表紙に美しい星々が描かれた一冊の本を手渡してきた。
「文芸、ですか」
 俺はちょっと失礼、と目で合図して懐から魔法の眼鏡を取り出しパラパラと本をめくる。目次などを見た感じでは、それこそアリスさんの専門のような格調高い文学などを扱った書物の様だ。
「差し上げますのでもしお暇な時間でもあればお読み下さい。眠れない夜にお勧めですよ? 『スリープ』の呪文より効くと評判です」
 アデスさんは内緒話をするように顔を寄せ、耳元でそう囁いた。
「いやいや! ありがとうございます、拝読させて頂きます」
 彼の顔から明らかにジョークを言っていると分かったので、俺も笑顔を浮かべてお礼を言う。ちなみに『スリープ』とは多くのファンタジー系ゲームに登場する、相手を眠らせる呪文だ。実はこの世界にもあるらしいのだが、エルフはスリープに耐性があってあまり使用されていない様だ。まあ多用されたら怖いけどね……。
「読むのでしたら、『悲しくてエルフの切れ目を開ければ』を最初にどうぞ。ちょうど中程あたりです」
 ズバルの記者さんは引き続き俺の耳元でそう囁き、書物の真ん中を指さした。言われるままにその付近へページを送った俺は……
「あれ? 封筒が二つ?」
 そこに挟まれた数枚の紙片に気が付いた。
「あの、これは?」
 俺はそれを取り出し中身を少し出す。片方には手紙が、もう片方にはチケットらしきものが何枚か入っている様だ。
「誰から……えっ!?」
 説明を訊こうと顔を上げた俺の視界からアデスさんが完全に消え去っていた。話をしている間に他の記者さんの退場も進んでいて、会場内の人口密度はかなり低い。にも関わらず彼の姿は何処にもなかった。
「エルフって意外とローグ向きだよな……」
 エルフと生活してきてこういうのには慣れたが、改めて思う。夜目が効き音に敏感で足音を消せて動きも俊敏で滑らか。手先が器用で辛抱強い。ゲームでは盗賊枠はしばしば小人族などが担うが、この森の種族もかなり適材適所だ。
「ステフとアリスさん一緒に調べるか」
 適材適所と言えばチケットや不審な手紙についてはステフが、文芸誌についてはアリスさんが詳しいだろう。
 俺は封筒を書物に戻し、控え室の方へ向かう事にした。
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