634 / 665
第三十六章
2部にもゴブは来ず
しおりを挟む
2部まで15分の休憩があったが、俺には休んでいる暇はなかった。司会席の裏で水を貰って立て続けに2杯飲み、ステフに問う。
「イノウエゴブゾウ氏はいなかったな。どういう事か、ちょっと調べてくれないか?」
「おう! でもよ? あのキスを煽ったヤツが手下だとかじゃねえの?」
ステフは記者席を見渡しながらそう返事する。
「いや、アレは確実に別口だよ。もういないだろ?」
俺も同じように視線を左右へやるが、やはりレブロン王の姿は無かった。他の記者さんの様に休憩で席を外しただけかもしれないが戻ってくる可能性はほぼ無いとみている。
何故なら会見2部にはダリオさん――アローズの10番でエルフサッカードウ協会の会長で、レブロン王の娘でもある――が出席するからだ。彼女は父親よりも余程しっかりしており、しばしば公務を替わりに行っている。それだけに王は姫に頭が上がらず、遊んでいる所を見られるのは心苦しい筈だ。
「とにかく、頼むよ。あと今日はもう変なアドリブは無しだ!」
「あたぼうよ! あんなインパクトあるイベントばっか出したらさ、一個一個の印象が薄まってしまうからな!」
ステフは快活にそう応えた。いや、そういう理由で辞めて欲しい訳じゃないんだけどね……。
「本心を言うと、売り上げに影響するから次のイベントの方が印象に残って欲しいんだ。頼むよ!」
俺はそう言ってステフの肩を叩き、ステージの上へ戻った。
「以上でア・クリスタルスタンド新製品発表会を終了したいと思います。ご来場、ありがとうございました!」
俺がそう告げて頭を下げると同時に荘厳な音楽が流れ、スポットライトが出口の方を照らした。
「お帰りの際はこちらからご退出頂きますよう、お願いします。アビー、ポビッチ監督が別れのご挨拶を差し上げます」
ステフが案内した方向には既にバートさん――選手としてはアビーという名前で通っているのでマスコミ向けにはずっとそう呼称している――とポビッチ監督が並んで立ち、記者さん達を送り出す準備をしていた。
「トークショーとアクスタ、楽しみにして下さい」
「ふむ、宜しくな」
アローズの大先輩とドワーフ代表監督は並んで記者さん達と交わり、プチ握手会状態だ。ポビッチ監督が会見2部に参加するのはトップシークレットかつビックサプライズだったのでマスコミの受けも非常に良い。
もっとも、驚きの面ではナリス×アリスのキスとどっちが上か判断つきにくいが。まあ不真面目なマスコミはキスを、サッカードウメディアの方はアビー、ポビッチ監督の並びを報道するだろう。
「ショーキチ監督、ちょっと良いですか?」
そんな皮算用をしていた俺に、エルフの男性が話しかけてきた。
「はい? 何でしょうか?」
そのエルフ男性は非常に上品な装いで、優しい笑みを浮かべていた。しかし手に撮影用のマジックアイテムは無く、バートさんやポビッチ監督の方を微塵も気にしていない。もしかしてこのエルフがイノウエゴブゾウ氏の手下か?
「初めまして。文芸『ズバル』の記者、アデスと申します」
そう言ってアデスさん? は表紙に美しい星々が描かれた一冊の本を手渡してきた。
「文芸、ですか」
俺はちょっと失礼、と目で合図して懐から魔法の眼鏡を取り出しパラパラと本をめくる。目次などを見た感じでは、それこそアリスさんの専門のような格調高い文学などを扱った書物の様だ。
「差し上げますのでもしお暇な時間でもあればお読み下さい。眠れない夜にお勧めですよ? 『スリープ』の呪文より効くと評判です」
アデスさんは内緒話をするように顔を寄せ、耳元でそう囁いた。
「いやいや! ありがとうございます、拝読させて頂きます」
彼の顔から明らかにジョークを言っていると分かったので、俺も笑顔を浮かべてお礼を言う。ちなみに『スリープ』とは多くのファンタジー系ゲームに登場する、相手を眠らせる呪文だ。実はこの世界にもあるらしいのだが、エルフはスリープに耐性があってあまり使用されていない様だ。まあ多用されたら怖いけどね……。
「読むのでしたら、『悲しくてエルフの切れ目を開ければ』を最初にどうぞ。ちょうど中程あたりです」
ズバルの記者さんは引き続き俺の耳元でそう囁き、書物の真ん中を指さした。言われるままにその付近へページを送った俺は……
「あれ? 封筒が二つ?」
そこに挟まれた数枚の紙片に気が付いた。
「あの、これは?」
俺はそれを取り出し中身を少し出す。片方には手紙が、もう片方にはチケットらしきものが何枚か入っている様だ。
「誰から……えっ!?」
説明を訊こうと顔を上げた俺の視界からアデスさんが完全に消え去っていた。話をしている間に他の記者さんの退場も進んでいて、会場内の人口密度はかなり低い。にも関わらず彼の姿は何処にもなかった。
「エルフって意外とローグ向きだよな……」
エルフと生活してきてこういうのには慣れたが、改めて思う。夜目が効き音に敏感で足音を消せて動きも俊敏で滑らか。手先が器用で辛抱強い。ゲームでは盗賊枠はしばしば小人族などが担うが、この森の種族もかなり適材適所だ。
「ステフとアリスさん一緒に調べるか」
適材適所と言えばチケットや不審な手紙についてはステフが、文芸誌についてはアリスさんが詳しいだろう。
俺は封筒を書物に戻し、控え室の方へ向かう事にした。
「イノウエゴブゾウ氏はいなかったな。どういう事か、ちょっと調べてくれないか?」
「おう! でもよ? あのキスを煽ったヤツが手下だとかじゃねえの?」
ステフは記者席を見渡しながらそう返事する。
「いや、アレは確実に別口だよ。もういないだろ?」
俺も同じように視線を左右へやるが、やはりレブロン王の姿は無かった。他の記者さんの様に休憩で席を外しただけかもしれないが戻ってくる可能性はほぼ無いとみている。
何故なら会見2部にはダリオさん――アローズの10番でエルフサッカードウ協会の会長で、レブロン王の娘でもある――が出席するからだ。彼女は父親よりも余程しっかりしており、しばしば公務を替わりに行っている。それだけに王は姫に頭が上がらず、遊んでいる所を見られるのは心苦しい筈だ。
「とにかく、頼むよ。あと今日はもう変なアドリブは無しだ!」
「あたぼうよ! あんなインパクトあるイベントばっか出したらさ、一個一個の印象が薄まってしまうからな!」
ステフは快活にそう応えた。いや、そういう理由で辞めて欲しい訳じゃないんだけどね……。
「本心を言うと、売り上げに影響するから次のイベントの方が印象に残って欲しいんだ。頼むよ!」
俺はそう言ってステフの肩を叩き、ステージの上へ戻った。
「以上でア・クリスタルスタンド新製品発表会を終了したいと思います。ご来場、ありがとうございました!」
俺がそう告げて頭を下げると同時に荘厳な音楽が流れ、スポットライトが出口の方を照らした。
「お帰りの際はこちらからご退出頂きますよう、お願いします。アビー、ポビッチ監督が別れのご挨拶を差し上げます」
ステフが案内した方向には既にバートさん――選手としてはアビーという名前で通っているのでマスコミ向けにはずっとそう呼称している――とポビッチ監督が並んで立ち、記者さん達を送り出す準備をしていた。
「トークショーとアクスタ、楽しみにして下さい」
「ふむ、宜しくな」
アローズの大先輩とドワーフ代表監督は並んで記者さん達と交わり、プチ握手会状態だ。ポビッチ監督が会見2部に参加するのはトップシークレットかつビックサプライズだったのでマスコミの受けも非常に良い。
もっとも、驚きの面ではナリス×アリスのキスとどっちが上か判断つきにくいが。まあ不真面目なマスコミはキスを、サッカードウメディアの方はアビー、ポビッチ監督の並びを報道するだろう。
「ショーキチ監督、ちょっと良いですか?」
そんな皮算用をしていた俺に、エルフの男性が話しかけてきた。
「はい? 何でしょうか?」
そのエルフ男性は非常に上品な装いで、優しい笑みを浮かべていた。しかし手に撮影用のマジックアイテムは無く、バートさんやポビッチ監督の方を微塵も気にしていない。もしかしてこのエルフがイノウエゴブゾウ氏の手下か?
「初めまして。文芸『ズバル』の記者、アデスと申します」
そう言ってアデスさん? は表紙に美しい星々が描かれた一冊の本を手渡してきた。
「文芸、ですか」
俺はちょっと失礼、と目で合図して懐から魔法の眼鏡を取り出しパラパラと本をめくる。目次などを見た感じでは、それこそアリスさんの専門のような格調高い文学などを扱った書物の様だ。
「差し上げますのでもしお暇な時間でもあればお読み下さい。眠れない夜にお勧めですよ? 『スリープ』の呪文より効くと評判です」
アデスさんは内緒話をするように顔を寄せ、耳元でそう囁いた。
「いやいや! ありがとうございます、拝読させて頂きます」
彼の顔から明らかにジョークを言っていると分かったので、俺も笑顔を浮かべてお礼を言う。ちなみに『スリープ』とは多くのファンタジー系ゲームに登場する、相手を眠らせる呪文だ。実はこの世界にもあるらしいのだが、エルフはスリープに耐性があってあまり使用されていない様だ。まあ多用されたら怖いけどね……。
「読むのでしたら、『悲しくてエルフの切れ目を開ければ』を最初にどうぞ。ちょうど中程あたりです」
ズバルの記者さんは引き続き俺の耳元でそう囁き、書物の真ん中を指さした。言われるままにその付近へページを送った俺は……
「あれ? 封筒が二つ?」
そこに挟まれた数枚の紙片に気が付いた。
「あの、これは?」
俺はそれを取り出し中身を少し出す。片方には手紙が、もう片方にはチケットらしきものが何枚か入っている様だ。
「誰から……えっ!?」
説明を訊こうと顔を上げた俺の視界からアデスさんが完全に消え去っていた。話をしている間に他の記者さんの退場も進んでいて、会場内の人口密度はかなり低い。にも関わらず彼の姿は何処にもなかった。
「エルフって意外とローグ向きだよな……」
エルフと生活してきてこういうのには慣れたが、改めて思う。夜目が効き音に敏感で足音を消せて動きも俊敏で滑らか。手先が器用で辛抱強い。ゲームでは盗賊枠はしばしば小人族などが担うが、この森の種族もかなり適材適所だ。
「ステフとアリスさん一緒に調べるか」
適材適所と言えばチケットや不審な手紙についてはステフが、文芸誌についてはアリスさんが詳しいだろう。
俺は封筒を書物に戻し、控え室の方へ向かう事にした。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う
月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる