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第三十五章

泣けば終わる……か?

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 行われるのは芸能方面の記者会見であるのにも関わらず、その会場は王城の一角だった。それには複雑な背景がある。
 一つには俺が公人であるという事だ。この異世界で公人とは? という感じだがサッカードウ監督はエルフ王家と契約している身であり、国家運営の一部を受託しているとも言える。そんな身分の人間が何かの発表を行うなら本社――つまり城――で、という訳だ。
 二つには城が何かの発表を行うのに適した場所だからだ。この場には大勢を収容できる場所があり、会見をアシストできる照明や音響といった魔法装置も豊富だ。ここと同じ程度の設備を備えた場所となると、もう後は魔法都市アーロンくらいだろう。
 そして三つには……自分にとって不利な状況である会見を、少しでも有利な場所で行いたいという気持ちがあったからだ。

「本日はお集まり頂きありがとうだぜ! 出来ればここでスワッグステップの新アルバムでも発表したい所だけどよー。それは禁止されているんだわ!」
 会見1部は、ステフのそんなふざけた挨拶で始まった。
「(人選、間違えましたかね……)」
「(大丈夫であります! ステフさんを信じて!)」
 会見場の一段高いステージに設置されたテーブルにつきながら、俺は左隣のナリンさんと小声で話した。ちなみに着席位置は俺達側から見て右よりターカオさん、シンディさん、アリスさん、俺、ナリンさんである。
「なんと残念! 会見の最後にならどうだブヒ?」
「いや実は会見の後にも会見があってなー」
 意外な事にオークの記者さんから質問が飛に、記者席全体も好意的な笑いに包まれた。マジか? こいつら全員、サクラじゃないだろうな!?
「(それよりもショーキチ殿)」
「(ええ、いませんね……)」
 ステフの仕込みを疑う俺にナリンさんが目配せを送った。俺が見つけられなかっただけなら見逃しの可能性もある。しかしデイエルフでも発見できなかったという事なら間違いではないだろう。
 記者席に、イノウエゴブゾウ氏はいない。
「それじゃあ、出席者の紹介から始めっぞ!」
 困惑する俺を置き去りにステフは着々と会見の進行を始めていた。俺は適当にそれを聞き流しつつ再度、記者席を見渡す。
「(本当に何処にもいませんよね?)」
「(はい)」
 しかし何度、見直してもあの小癪なゴブリンの姿は無い。俺はナリンさんに確認した後で思考を巡らす。
 ニャンダフル連邦共和国での試合後会見に、あのゴブリンは姿を現した。そしてアリスさんの件を持ち出してきて俺達の反撃を受けた。まず間違いなく復讐の機会を伺っている筈である。
 何故ならそれがゴブリンだからだ。多くの神話やゲームの設定でそうある様に、小鬼族は怒りっぽく執念深い。それはこの異世界でも同じだ。他種族との戦争が終結しその邪悪さは和らいだとは言え、まだ油断ならない部分が残っているのも事実だ。
 もしかして
「もう諦めたのだろう」
とこちらが油断した時に現れる気か? 或いは自分だと警戒されてしまうので、他の記者仲間に情報や質問を託したか?
 そう考えると部屋の全ての物陰、全ての記者さんが怪しく見えてくる。良くない傾向だ。何かに備え準備するのは良いことだが、無闇に架空の敵をこしらえそれに怯えるのは違う。俺は頭を振って、ステフの声へ意識を戻した。
「……また学院では日本語科目で非常に難解で有名な『ダー様名言論』のゼミを主席で卒業されております、だと。なんだかよー分からんがすげえ才女って事かな? 以上だ!」
 アリスさんの経歴をそんな風にまとめて、ダスクエルフは紹介を終えた。どうやら隣の女教師が最後だった様だ。っていやちょっと待てそれは初耳だぞ? 『ダー様名言論』!? もしかしてガルパンのダージ○ン様の格言を取り扱った学問か? あんなの、日本語が普通に話せる人間にとってもややこしい話だぞ!? クラマさん何を異世界に残してんだ?
「それじゃあまず、アローズ代表監督ショーキチから話を!」
 困惑に困惑を重ねる俺へステフが話を振った。そうだ、今はゴブゾウ氏がいないとかダー様がどうだとか考えている場合ではなかった。
「ご紹介に預かりましたショーキチです。えっとこんな言葉を知っていますか? 『私は秘密を守れないのではない。ただ一人で行うのは困難だから、皆と共有するのだ』と」
 俺がそう切り出すと会場の全員がポカンとした顔になった。しまった! 直前の思考に引きずられて適当な格言を語るモードで初めてしまった!
「その意味はつまり……今日は包み隠さず話します、という事です」
「「おおー」」
 俺が意図を話してようやく、何名かが頷き唸る。よし、このまま押し切るぞ!
「我々の出会いは、ハーピィ戦まで遡ります……」


「そういう訳で私は誰ともまだ、ショーキチせ……監督ともおつき合いしておりません。まだまだふたりの子供だよ、パパ、ママ!」
 数分後。俺が背景を説明し、話はアリスさんに引き継がれていた。そして彼女もそんな事を言って、テーブルの上で父と母の手を握り涙を流した。
「当然だろアリス!」
「何も泣かなくても……困った子ね!」
 ターカオさんとシンディさんはそう言いながら席を立ち、アリスさんを抱きしめる。その姿に記者さん達の一部も思わず貰い泣きし、拍手を贈る。感動のフィナーレだ。
「一部を切り取られた報道で誤解を与えてしまいましたが、つまりはこういう事でした。お騒がせして申し訳ない。これに懲りずアローズを、そして彼女のご一家を見守って頂けると幸いです」
 俺はその家族愛のシーンに水を差さないよう、小声で締めの台詞を言った。俺とアリスさんはただのトモダチである事、エア彼氏との交際疑惑や俺とのデートごっこは両親に見栄を張りたくて彼女が少し暴走してしまっただけである、といったこちらの説明を記者さんたちもほぼ信じてくれたようだ。
「(思ったより簡単に行ったな)」
 そう思いながら1部閉会の旨を言って貰おうとステフに目をやった所で、記者席からすっと手が上がった。
「あのー」
 間延びした声に絶妙のタイミング。ついにゴブゾウ氏が来たか!?
「先ほど、『キスはしたがそれはママゴトのような、友人同士が別れ際にするようなキスだった』とおっしゃいましたけど~」
 しかし、そう言葉を続けたのは大きな眼鏡をかけた長身のエルフだった。
「はい、言いましたが」
 そのエルフの姿は見覚えがあるような無いような微妙な感じだ。だが何族であれコイツがイノウエゴブゾウ氏の手の者かもしれないのだ。俺は警戒しながら返事をした。
「そういうキスだから大したことない、とアリスさんもショウキチさんも主張したい訳ですよね?」
「いやあ、そこのところは……」
「ええ、そうです」
 罠の匂いがぷんぷんしたので俺は言葉をクッションにして考える時間を稼ごうとした。しかし、アリスさんが素早く答えてしまった!
「でしたらー。一つ、皆の前で再現してみせてくれませんかね?」
「はぁ!?」
「だって、友人同士がするような、おままごとみたいなキスだったんですよね? ね? ね!?」
 怒気を隠し切れず聞き返した俺に、そのエルフの記者さんは眼鏡をグイグイと動かし煽ってきた。その声、その表情、そして眼鏡がずれた時の顔に俺は見覚えがあった!
「(レブロン王!? しまった、一番危険な身内の存在をすっかり忘れていた!)」
 俺は悔恨で思わず天井を見上げる。イノウエゴブゾウ氏の不在で平穏に終わりそうだった会見に、エルフの王様がとんでもない爆弾として登場して来やがったぞ……!

第35章:完
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