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第三十五章
角つーの!
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「貴様!? 妻に何をしている!?」
ターカオと呼ばれたエルフ男性はそう叫びつつ、発光石を持ってない方の手を上に向けた。
「待って待って、誤解です! 何もしていません!」
魔法の能力を持っていない俺に、力の流れなどが見える訳ではない。だが彼が魔術で何かしようとしている事、その手に先に火花が迸り何らかのエネルギーが集まっていることは見て取れた。
「ではその手は何だ!?」
「はい!?」
手について聞きたいのはこっちだよ! と思いつつ彼の視線を追う。その先では俺のけしからん右手及び右腕が、裸のエルフ女性の豊満な胸に抱き抱えられていた。
「いや、これは失礼しました。えっと……」
「シンディって呼んで? もう知らない仲じゃないんだから」
そっと腕を引き抜きながら謝罪すると、その女性はニッコリと微笑んで凄い事を言った。その顔は美しく整いつつも、全てを面白がる年頃の少女のような無邪気さがある。ふわふわと流れる金髪と併せて、どこかで見たような雰囲気だ。
「し、知らない仲だと……!?」
「いえいえ間違いです! たぶん、ちょっとした言葉の選択ミスかと」
「あら? 貴方も国語教育に興味が?」
目をつり上げ角を出す――これは嫉妬の慣用表現で物理ではない。ミノタウロスなどが実在する世界では注釈がいる不便な言葉だ――エルフ男性の手の火花が激しさを増し、俺は必死に宥める言葉をかける。一方の女性はのんびりとしたものだ。
「とりあえず、降ります!」
俺はそう宣言してベッドから降り、さっき探した机に半ば腰掛けた。右手はまあまあ落ち着いて、とターカオさんとやらへ降りつつ左手は机の引き出しを探りながら、である。こちらの机には石の他に角がある筈なのだ。
「ほう。妻を盾にしないとは、そこは褒めてやろう」
エルフ男性はそう言いつつスライド移動して角度を帰る。これでますます、何かが放たれても女性が巻き添えになる可能性は減った。
「お気づきになられましたか。まあ、俺には他のがありますので」
俺はそう言って引き出しから角笛を取り出す。そう、正確に言えば探していたのは角ではなく角笛だった。
「何だそれは? ちょっと珍しい魔力が出ているな?」
「召還系の波動だと思うわ」
俺が取り出したマジックアイテムに夫婦――で間違いないだろう。妻とかアナタとか言ってるし――は興味津々といった感じだった。その隙に俺はそれを加えて、ぷう! と息を吹き込む。
「おお! グリフォンライダー召還の角笛か! しかしそこまで出来が良いのは珍しいな!」
「済んだ音色だったわね! ちょっと見せて貰っても良い?」
旦那さんは目を丸くして角笛を見つめ、奥さんの方は更に一歩進んでそれを貸してくれと言ってきた。なんかマイペースな夫婦だな。因みに俺には『音色』とやらは聞こえてないんだが……ちゃんと呼べているのか?
「ええ、どうぞ。移動時や緊急時にはこれで呼べと頂いたのですが、俺は高い所が苦手で実は初めて使うんですよね」
そう言いながらそっと、ベッドの端の方へ角笛を置く。早速ご夫婦はそれに近寄り交互に触れながら何やら講釈を始めた……様だ。
「距離延長の式も入っているな」
「ここから学院までは余裕ね。もっと行くかも」
様だ、と言ったのは奥様の方が身を乗り出した際にシーツが落ち、胸が丸見えになりそうだったのと、旦那さんが近寄って股間の角……ではないけどそれに類するものが見えそうで目を背けたからだ。
それはそうとして、この夫婦は誰だ? あと俺が増援を呼んだのにノンビリしていて良いのか? というかこれって逃げ出すチャンスだったりしない?
「ごゆっくりどうぞ……」
疑問は尽きないがとりあえず最後の設問、今こそ逃げ出すタイミングではないか? にチャレンジすべく俺は小声で囁いてそっと歩き出す。ここ最近の俺、逃げてばかりだな? いやそもそもこの異世界で剣呑な状況になった場合、俺には逃げの一手しかないのだが。
「待ってくれ!」
しかし、部屋を出る前に声をかけられた。残念ながら俺は逃げ上手の若なんとかではなく、逃げるのが上達しないサカオタだ。
「なんでしょう?」
「先程、君は『頂いた』と言ってたな? 誰からだ?」
「簡単に『あ・げ・る!』ってできる物ではないわよね?」
夫は真剣に、妻の方はどこかイヤラシく、聞いてきた。ほんの僅かな時間しか接していないがこの夫妻なかなか良いコンビに見える。あとこの両者の性質を併せ持つエルフに心当たりがある気がする。
「えっと、ダリオさんというか契約したエルフ王家というか」
「王家の!? 道理で逸品な訳だ!」
「貴方、姫様と深い仲な訳?」
いや今『契約した』言うたやんけ! まあそれを深い仲と言えばそうだが。
「その、サッカードウのエルフ代表チーム監督として契約した際に、色々とですね」
「「ああーっ」」
ここに至ってようやく、夫婦は俺の正体に気づいたようだった。一方の俺も、少し前から彼らが何者であるか分かっていた。
「もしかして代表監督のショーキチとは君の事か!?」
「なんだかニュースで見た時より地味な顔ね」
「はい、そうです。モブ顔ですみませんね!」
驚くターカオさんと少し残念そうなシンディさんへ、俺は低姿勢で頭を下げる。失礼な事を言われている割に腰が低いのは、なんとなく次に起こる展開が読めたからだ。
「ん? と言うことは貴様……娘と妻の両方に手を出したのかーっ!」
やっぱりそうなるかー!
「だから違いますって!」
「そうよアナタ! 彼、アリスには口で手は私だけよ!」
再び手から火花を放つ旦那さんへ、奥さんが消化なのか火花に油を注いでいるのか分からない言葉をかける。
「ショーキチ殿ー! 無事ですかー!?」
そこへ、屋外から羽音と安否を訊ねる声が聞こえてきた。
「なんと! 何時の間に増援を! 卑怯な!」
「いやさっき目の前で角笛を吹いたでしょうが!」
「きゃあ! 裸で恥ずかしいわ!」
「今更ですか!」
「ショーキチ殿、どこですか!? 仕方ない、天井をぶち破るか!」
「いや待ってまって!」
どうしよう、突っ込みが追いつかない……!
「ええい! 者共、落ち着くぴい!」
そんな混沌の中に、鶴の一声ならぬグリフォンの一声が響いた!
ターカオと呼ばれたエルフ男性はそう叫びつつ、発光石を持ってない方の手を上に向けた。
「待って待って、誤解です! 何もしていません!」
魔法の能力を持っていない俺に、力の流れなどが見える訳ではない。だが彼が魔術で何かしようとしている事、その手に先に火花が迸り何らかのエネルギーが集まっていることは見て取れた。
「ではその手は何だ!?」
「はい!?」
手について聞きたいのはこっちだよ! と思いつつ彼の視線を追う。その先では俺のけしからん右手及び右腕が、裸のエルフ女性の豊満な胸に抱き抱えられていた。
「いや、これは失礼しました。えっと……」
「シンディって呼んで? もう知らない仲じゃないんだから」
そっと腕を引き抜きながら謝罪すると、その女性はニッコリと微笑んで凄い事を言った。その顔は美しく整いつつも、全てを面白がる年頃の少女のような無邪気さがある。ふわふわと流れる金髪と併せて、どこかで見たような雰囲気だ。
「し、知らない仲だと……!?」
「いえいえ間違いです! たぶん、ちょっとした言葉の選択ミスかと」
「あら? 貴方も国語教育に興味が?」
目をつり上げ角を出す――これは嫉妬の慣用表現で物理ではない。ミノタウロスなどが実在する世界では注釈がいる不便な言葉だ――エルフ男性の手の火花が激しさを増し、俺は必死に宥める言葉をかける。一方の女性はのんびりとしたものだ。
「とりあえず、降ります!」
俺はそう宣言してベッドから降り、さっき探した机に半ば腰掛けた。右手はまあまあ落ち着いて、とターカオさんとやらへ降りつつ左手は机の引き出しを探りながら、である。こちらの机には石の他に角がある筈なのだ。
「ほう。妻を盾にしないとは、そこは褒めてやろう」
エルフ男性はそう言いつつスライド移動して角度を帰る。これでますます、何かが放たれても女性が巻き添えになる可能性は減った。
「お気づきになられましたか。まあ、俺には他のがありますので」
俺はそう言って引き出しから角笛を取り出す。そう、正確に言えば探していたのは角ではなく角笛だった。
「何だそれは? ちょっと珍しい魔力が出ているな?」
「召還系の波動だと思うわ」
俺が取り出したマジックアイテムに夫婦――で間違いないだろう。妻とかアナタとか言ってるし――は興味津々といった感じだった。その隙に俺はそれを加えて、ぷう! と息を吹き込む。
「おお! グリフォンライダー召還の角笛か! しかしそこまで出来が良いのは珍しいな!」
「済んだ音色だったわね! ちょっと見せて貰っても良い?」
旦那さんは目を丸くして角笛を見つめ、奥さんの方は更に一歩進んでそれを貸してくれと言ってきた。なんかマイペースな夫婦だな。因みに俺には『音色』とやらは聞こえてないんだが……ちゃんと呼べているのか?
「ええ、どうぞ。移動時や緊急時にはこれで呼べと頂いたのですが、俺は高い所が苦手で実は初めて使うんですよね」
そう言いながらそっと、ベッドの端の方へ角笛を置く。早速ご夫婦はそれに近寄り交互に触れながら何やら講釈を始めた……様だ。
「距離延長の式も入っているな」
「ここから学院までは余裕ね。もっと行くかも」
様だ、と言ったのは奥様の方が身を乗り出した際にシーツが落ち、胸が丸見えになりそうだったのと、旦那さんが近寄って股間の角……ではないけどそれに類するものが見えそうで目を背けたからだ。
それはそうとして、この夫婦は誰だ? あと俺が増援を呼んだのにノンビリしていて良いのか? というかこれって逃げ出すチャンスだったりしない?
「ごゆっくりどうぞ……」
疑問は尽きないがとりあえず最後の設問、今こそ逃げ出すタイミングではないか? にチャレンジすべく俺は小声で囁いてそっと歩き出す。ここ最近の俺、逃げてばかりだな? いやそもそもこの異世界で剣呑な状況になった場合、俺には逃げの一手しかないのだが。
「待ってくれ!」
しかし、部屋を出る前に声をかけられた。残念ながら俺は逃げ上手の若なんとかではなく、逃げるのが上達しないサカオタだ。
「なんでしょう?」
「先程、君は『頂いた』と言ってたな? 誰からだ?」
「簡単に『あ・げ・る!』ってできる物ではないわよね?」
夫は真剣に、妻の方はどこかイヤラシく、聞いてきた。ほんの僅かな時間しか接していないがこの夫妻なかなか良いコンビに見える。あとこの両者の性質を併せ持つエルフに心当たりがある気がする。
「えっと、ダリオさんというか契約したエルフ王家というか」
「王家の!? 道理で逸品な訳だ!」
「貴方、姫様と深い仲な訳?」
いや今『契約した』言うたやんけ! まあそれを深い仲と言えばそうだが。
「その、サッカードウのエルフ代表チーム監督として契約した際に、色々とですね」
「「ああーっ」」
ここに至ってようやく、夫婦は俺の正体に気づいたようだった。一方の俺も、少し前から彼らが何者であるか分かっていた。
「もしかして代表監督のショーキチとは君の事か!?」
「なんだかニュースで見た時より地味な顔ね」
「はい、そうです。モブ顔ですみませんね!」
驚くターカオさんと少し残念そうなシンディさんへ、俺は低姿勢で頭を下げる。失礼な事を言われている割に腰が低いのは、なんとなく次に起こる展開が読めたからだ。
「ん? と言うことは貴様……娘と妻の両方に手を出したのかーっ!」
やっぱりそうなるかー!
「だから違いますって!」
「そうよアナタ! 彼、アリスには口で手は私だけよ!」
再び手から火花を放つ旦那さんへ、奥さんが消化なのか火花に油を注いでいるのか分からない言葉をかける。
「ショーキチ殿ー! 無事ですかー!?」
そこへ、屋外から羽音と安否を訊ねる声が聞こえてきた。
「なんと! 何時の間に増援を! 卑怯な!」
「いやさっき目の前で角笛を吹いたでしょうが!」
「きゃあ! 裸で恥ずかしいわ!」
「今更ですか!」
「ショーキチ殿、どこですか!? 仕方ない、天井をぶち破るか!」
「いや待ってまって!」
どうしよう、突っ込みが追いつかない……!
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