617 / 692
第三十五章
着地注意
しおりを挟む
意外な事にシャマーさんは俺の話を最後まで飽きずに聞いた。野郎が語るアイドルの話なんて女の子にとって楽しいものではないだろうに……。やはりそれだけあややが偉大という事だろうか?
「それじゃあ、お願いしようかな」
そして話が終わる頃には塔へ到着し、シャマーさんの申し出を受ける流れになっていた。何というか、脱出を見逃して貰った上に話まで聞いて貰って断るという選択は難しくなっていたのだ。
「大丈夫な場所に置いているのよね?」
魔法陣に到着し、調整中のシャマーさんがやや恨みがましく訊ねる。彼女が言っているのは瞬間移動のマジックアイテムの事だ。俺の家には魔法をかけられた鎖があり、それを広げる事によって簡易的な魔法陣として機能するのだが……俺はそれを使用するつもりがないので、たいていは奥にしまい込んでいる。
それ、つまり奥にしまい込んでいる事を知らないシャマーさんは二度ほど転移してきて酷い目にあっている。引き出しに現れ机を破壊してしまうとか、クローゼットで逆さ吊りになるとか。いやそれを勝手に使って俺の家に侵入してきた彼女の自業自得なのだが。
「誰も無断進入して触ってなければ、客間のベッドの上に置いたままだと思います」
俺は『無断進入』を強調してそう答えた。セキュリティ意識甘々だが、あの家は特に戸締まりや防犯装置の仕組みはない。まあ王家の管理する聖なる森の一角だし森林警護官――シーズンオフにはリーシャさんやユイノさんが勤めているアレだ――の巡回ルートにも入っているので、普通ならば心配はない筈だ。
「あら、ベッドの上ー!? じゃあさじゃあさ、次に私が飛んでいった時は、ノータイムで始められるって事~?」
しかし王家の森の結界をぶち破るなど意にも介さない、普通でないエルフは違う部分に耳を止めて言った。
「何も始めません! そもそも俺は客間で寝ていませんから!」
「そっかー。でもさベッドの上に置いているってことは、私の事を気にかけてくれているからだよね~?」
シャマーさんは唇を軽く摘んでから、こちらを見てそう言った。しまった、マズい所に気づかれてしまった。
「そりゃあ、まあ、そうですよ。前の二回はたまたま無事で済みましたけど、下手すりゃ怪我してましたし。キャプテンが余計な負傷をする事は避けたいです」
それでも俺はなんとか監督らしく、威厳をもって答える。
「ありがと。ショーちゃんのそういう優しい所も、好きよ」
一方のシャマーさんはそう言ってはにかみ笑いをした。正直、変な色仕掛けよりこういうのの方が俺の鎧を貫いてしまうのだが、これだけは知られてはいけない。
「お互い様です! しゃ、シャマーさんだって優しいですよね? 今回もほら、俺はてっきり『センシャ見てから帰りなさいよー』とか言われるものだと思ってましたし」
俺は話を逸らす為、話題を今晩の出来事へ戻す。シャマーさんがある意味で他の選手達を裏切って、俺の逃亡の手助けをするとは思いもしなかったからだ。
「まあねー。そうだ、早く帰さなきゃ! 準備、おっけーでーす!」
シャマーさんはそう言いつつ魔法陣から放れ、外で待機している塔の職員さん――フェリダエ族の魔術師らしい。夜の番って大変だな。それとも猫って夜行性だから逆に楽なのか?――へ声をかけた。
「さ、中央へ行って、ショーちゃん」
「あ、はい。ありがとうございます」
そして彼女は俺を部屋の中央へ押しやる……かのように延ばした手で俺の首筋を掴み、顔を引き寄せて唇を重ねる。
「しゃ、シャマーさん!?」
「水着姿を見せたかったけど、代わりに下着姿を見せておいたからね~。それで我慢してね?」
そう言われて俺は前回のキスを思い出す。今日の試合のハーフタイムで、独り帰ってきたシャマーさんが服をはだけて見せたアレを。
「え? まさかこれを予見して!?」
「では始めますニャ!」
俺は彼女に問いただそうとしたが、苛立ったようなフェリダエ族さんの声がそれを遮った。シャマーさんが素早くバックステップし、部屋が広い光に包まれていく。
「いや、ちょっと待って……」
「ショーちゃーん! パンチラの子に宜しくねー!」
最後に彼女がそう叫ぶのが聞こえ、視界が白に染め上げられた……。
真っ白から真っ暗へ。瞬間移動の魔法に伴う何時もの感覚を越えた先にあったのは、ほぼ完全な暗闇だった。
「ミスで何処か違う場所へ!? ってシャマーさんに限ってそれは無いか……」
俺はそっと足下に手を伸ばす。柔らかい敷布の上に鎖……うむ、これはおそらく客間のベッドだ。
「あ、俺、土足だ。転移前に靴を脱いでおくべきだったな」
瞬間移動は適切に行われ、今は客間のベッドの上に広げた魔法陣の上に立っている状態のようだ。俺はそっと靴を脱ぎ手探りでベッドに腰掛け、靴を履き直して床に立った。
「灯りは……寝室が早いか?」
当たり前だがアウェイで家を空ける時は、ランタンや蝋燭の類は全て消して出かけている。だから先程から真っ暗闇にいたのだ。俺は記憶を頼りに寝室へ向かう。そこの枕元には魔法の発光石が置いてある筈だ。夜中にトイレ――野外の川沿いにある。外なのは不便だが、魔法の水洗式だ――へ行く時などに便利なんだよね。
「あれ?」
部屋にたどり着き、まずベッドのこちら側の机から探る。しかし見つからない。おかしいな? いつも置く方向は決めているのに。
「じゃあ、あっちか?」
首を捻りながら寝具の上に乗り出し逆方向へ四つん這いで進む。履いたままの靴が敷布を汚さないよう、微妙に足を上げて、だ。ズボラだが誰もも見てないし良いだろう。
「ん?」
ズボラと言えばベッドがやけに乱れている。家を出る時にそれなりに整えた筈だが……しかも妙に暖かいし柔らかいぞ!?
「ああん、アナタってば……いつもと違う環境で興奮しちゃった? あの子にもう一人、弟か妹でも作るぅ?」
と、その柔らかい物体が急に声を発し、俺に掴みかかってきた!
「うわぁ! 布が喋った!?」
「あら? アナタ服なんか着てたかしら?」
「おーい、外のトイレ凄いぞ……」
その時、灯りと足音を伴って廊下からエルフの男性が姿を現した。彼の持つ発光石の光で、ようやく俺は周囲を視認する。
「え? 貴方たちは!?」
「あら、ターカオじゃないの?」
「シンディ、誰だその男は!?」
俺達は三者三様に驚きの声を漏らした。光に浮かび上がったのは、俺が見知らぬ裸のエルフ女性とベッドの上でもみ合っていて、それを裸のエルフ男性が目撃しているという異様な光景だった……。
「それじゃあ、お願いしようかな」
そして話が終わる頃には塔へ到着し、シャマーさんの申し出を受ける流れになっていた。何というか、脱出を見逃して貰った上に話まで聞いて貰って断るという選択は難しくなっていたのだ。
「大丈夫な場所に置いているのよね?」
魔法陣に到着し、調整中のシャマーさんがやや恨みがましく訊ねる。彼女が言っているのは瞬間移動のマジックアイテムの事だ。俺の家には魔法をかけられた鎖があり、それを広げる事によって簡易的な魔法陣として機能するのだが……俺はそれを使用するつもりがないので、たいていは奥にしまい込んでいる。
それ、つまり奥にしまい込んでいる事を知らないシャマーさんは二度ほど転移してきて酷い目にあっている。引き出しに現れ机を破壊してしまうとか、クローゼットで逆さ吊りになるとか。いやそれを勝手に使って俺の家に侵入してきた彼女の自業自得なのだが。
「誰も無断進入して触ってなければ、客間のベッドの上に置いたままだと思います」
俺は『無断進入』を強調してそう答えた。セキュリティ意識甘々だが、あの家は特に戸締まりや防犯装置の仕組みはない。まあ王家の管理する聖なる森の一角だし森林警護官――シーズンオフにはリーシャさんやユイノさんが勤めているアレだ――の巡回ルートにも入っているので、普通ならば心配はない筈だ。
「あら、ベッドの上ー!? じゃあさじゃあさ、次に私が飛んでいった時は、ノータイムで始められるって事~?」
しかし王家の森の結界をぶち破るなど意にも介さない、普通でないエルフは違う部分に耳を止めて言った。
「何も始めません! そもそも俺は客間で寝ていませんから!」
「そっかー。でもさベッドの上に置いているってことは、私の事を気にかけてくれているからだよね~?」
シャマーさんは唇を軽く摘んでから、こちらを見てそう言った。しまった、マズい所に気づかれてしまった。
「そりゃあ、まあ、そうですよ。前の二回はたまたま無事で済みましたけど、下手すりゃ怪我してましたし。キャプテンが余計な負傷をする事は避けたいです」
それでも俺はなんとか監督らしく、威厳をもって答える。
「ありがと。ショーちゃんのそういう優しい所も、好きよ」
一方のシャマーさんはそう言ってはにかみ笑いをした。正直、変な色仕掛けよりこういうのの方が俺の鎧を貫いてしまうのだが、これだけは知られてはいけない。
「お互い様です! しゃ、シャマーさんだって優しいですよね? 今回もほら、俺はてっきり『センシャ見てから帰りなさいよー』とか言われるものだと思ってましたし」
俺は話を逸らす為、話題を今晩の出来事へ戻す。シャマーさんがある意味で他の選手達を裏切って、俺の逃亡の手助けをするとは思いもしなかったからだ。
「まあねー。そうだ、早く帰さなきゃ! 準備、おっけーでーす!」
シャマーさんはそう言いつつ魔法陣から放れ、外で待機している塔の職員さん――フェリダエ族の魔術師らしい。夜の番って大変だな。それとも猫って夜行性だから逆に楽なのか?――へ声をかけた。
「さ、中央へ行って、ショーちゃん」
「あ、はい。ありがとうございます」
そして彼女は俺を部屋の中央へ押しやる……かのように延ばした手で俺の首筋を掴み、顔を引き寄せて唇を重ねる。
「しゃ、シャマーさん!?」
「水着姿を見せたかったけど、代わりに下着姿を見せておいたからね~。それで我慢してね?」
そう言われて俺は前回のキスを思い出す。今日の試合のハーフタイムで、独り帰ってきたシャマーさんが服をはだけて見せたアレを。
「え? まさかこれを予見して!?」
「では始めますニャ!」
俺は彼女に問いただそうとしたが、苛立ったようなフェリダエ族さんの声がそれを遮った。シャマーさんが素早くバックステップし、部屋が広い光に包まれていく。
「いや、ちょっと待って……」
「ショーちゃーん! パンチラの子に宜しくねー!」
最後に彼女がそう叫ぶのが聞こえ、視界が白に染め上げられた……。
真っ白から真っ暗へ。瞬間移動の魔法に伴う何時もの感覚を越えた先にあったのは、ほぼ完全な暗闇だった。
「ミスで何処か違う場所へ!? ってシャマーさんに限ってそれは無いか……」
俺はそっと足下に手を伸ばす。柔らかい敷布の上に鎖……うむ、これはおそらく客間のベッドだ。
「あ、俺、土足だ。転移前に靴を脱いでおくべきだったな」
瞬間移動は適切に行われ、今は客間のベッドの上に広げた魔法陣の上に立っている状態のようだ。俺はそっと靴を脱ぎ手探りでベッドに腰掛け、靴を履き直して床に立った。
「灯りは……寝室が早いか?」
当たり前だがアウェイで家を空ける時は、ランタンや蝋燭の類は全て消して出かけている。だから先程から真っ暗闇にいたのだ。俺は記憶を頼りに寝室へ向かう。そこの枕元には魔法の発光石が置いてある筈だ。夜中にトイレ――野外の川沿いにある。外なのは不便だが、魔法の水洗式だ――へ行く時などに便利なんだよね。
「あれ?」
部屋にたどり着き、まずベッドのこちら側の机から探る。しかし見つからない。おかしいな? いつも置く方向は決めているのに。
「じゃあ、あっちか?」
首を捻りながら寝具の上に乗り出し逆方向へ四つん這いで進む。履いたままの靴が敷布を汚さないよう、微妙に足を上げて、だ。ズボラだが誰もも見てないし良いだろう。
「ん?」
ズボラと言えばベッドがやけに乱れている。家を出る時にそれなりに整えた筈だが……しかも妙に暖かいし柔らかいぞ!?
「ああん、アナタってば……いつもと違う環境で興奮しちゃった? あの子にもう一人、弟か妹でも作るぅ?」
と、その柔らかい物体が急に声を発し、俺に掴みかかってきた!
「うわぁ! 布が喋った!?」
「あら? アナタ服なんか着てたかしら?」
「おーい、外のトイレ凄いぞ……」
その時、灯りと足音を伴って廊下からエルフの男性が姿を現した。彼の持つ発光石の光で、ようやく俺は周囲を視認する。
「え? 貴方たちは!?」
「あら、ターカオじゃないの?」
「シンディ、誰だその男は!?」
俺達は三者三様に驚きの声を漏らした。光に浮かび上がったのは、俺が見知らぬ裸のエルフ女性とベッドの上でもみ合っていて、それを裸のエルフ男性が目撃しているという異様な光景だった……。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説


【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。


絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる