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第三十四章
フォックス・イン・ボックス
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試合後の記者会見は敗北したチームの監督――つまり今回は俺――による総評から始まり、比較的あっさりと終わるモノである。普通は。
しかし今回は違った。
「入りは悪くなかったが圧力を受けて徐々に受け身に回ってしまって云々……」
といった本心も目論見も明かさない空虚な語りを3分ほど続けた所で、
「すみません! ショーキチ監督にちょっとお聞きしたい事が、あるんですねー!」
と手を上げた記者が後方にいたのである。
「誰だ?」
「非常識な……」
当然、前方に座るスポーツ畑の記者さんたちもざわめく。監督自身による総評を遮るのも異例なら、ベテランスポーツ記者――たいてい記者列の最前列に鎮座し、静かにメモを取っている。サッカードウ界ではレキッブウというオークの巨漢が有名だ――以外の部外者が最初に質問するのも異常であった。
「(あ、イノウエゴブゾウ氏であります……!)」
ナリンさんが日本語でそっと囁く。こちらは向けられている照明で目が眩み、多数の記者さんの中から個体を識別するなんてとてもできない状況だ。エルフの目はやはり凄い。
「(ありがとうございます。来ちゃいましたか……)」
俺も小声の日本語でそっと返す。しかしあのゴシップ専門芸能記者ゴブリンか……。スタジアムからの帰路で襲撃されるのは予測していたが、まさか試合後の会見に潜り込んでくるとは。どういうツテでパスを手に入れたんだか。
「すみません、まだ監督のお話の途中ニャので……」
そこへ記者会見を仕切るフェリダエ族のお姉さんが口を挟み、やんわりと注意を送った。そうだ、まだまだ途中だ! 俺はあの位の中身の無い話なら、あと5分でも10分でも続けられるぞ?
「えーでもでもですねー!」
しかしゴブゾウ氏はその注意に抗う様子だ。もうこの段階で俺の当初の計画である、総評をダラダラと引き延ばしアローズ側に割り当てられた記者会見の時間を殆ど使い切ってしまうというのは投げ捨てるしかないな。
ちなみにこのダラダラと無駄話で時間を費やすのもコールセンターで養った技術の一つだ。一般的に言えば話は簡潔に行い、一対応にかかる時間を減らし多くテア・シュテーゲン、じゃなかった受電するのが良いオペレーターである。一方で激怒してしまってなかなか話が通じないクレーマー等に対し、感情を廃した機械の様な声でひたすら同じ説明を繰り返し根負けするのを狙うという手法もある。かなりの禁じ手ではあるけどね。
「今回に限り、一つだけなら良いんじゃないですか? 見たところあまりサッカードウに詳しい記者さんじゃなさそうだし、裾野を広げる為と思って」
俺は司会さんにそう言って優しく微笑んだ。ゴブゾウ氏への当て擦りでもあるし、フェリダエ族のお姉さんもなかなか美人であるし、これは割と心からの笑顔である。
「まあ! ショーキチ監督は心が広いのにゃぁ……。では、一つだけにゃら」
種族は違えど真心は伝わるものだ。司会のお姉さんは俺の助け船に乗り、微笑み返して軽く会釈すると、ゴブゾウ氏の方を向いた。
「どうもー! ありがとうございます、イノウエゴブゾウと申します。あのー、ショーキチ監督? 本国の方でパートナーが他にいるエルフ女性と深い仲だと噂になっていますが、そこのところはどうなんでしょー? その騒動が試合に影響して負けたなんてことはー?」
緑のゴブリンは一瞬だけ恐縮したものの、すぐに容赦なく質問を飛ばしてきた。ここまで言葉は間延びしつつも一息である。どこでブレスしてんだ?
「すみません、質問は一つの筈では?」
と、俺が口を開くよりも先に、月光の様に冷たく鋭い声が小鬼へ質問を返した。ナリンさんだ。
「え? いや、その……」
それにはゴブゾウ氏もたじたじである。いや実は俺も。ナリンさん、こんな声も出るんだ!?
「そもそも貴殿は既に一つルール違反を犯しておられます。それを温情で許されたのに、更に求めようとは」
ナリンさんは更に追い打ちの台詞を放つ。まるで故郷の森を侵犯してきたゴブリンの足下へ矢を射るエルフのレンジャーの様に。でもまあ確かにそうだ。息継ぎ無しで言い切ったとはいえ、ゴブゾウ氏の質問はつまり
「女性との仲は?」
と
「その報道の影響はあったか?」
との二つが含まれていたのだから。約束破りだよな?
「お答えしますと答えは『ノー』です」
しかしナリンさんが追撃している間にこちらの心と回答は定まっていた。俺は頼もしいアシスタントコーチを手で制しながら、言葉を続ける。
「俺に関する報道で動揺するようなヤワな選手は、アローズにはいません。その報道が嘘であれねつ造であれね。そして試合に負けたのは俺達が弱く、フェリダエチームが強く偉大なチームだからです。逆に聞きますが、もしその報道が無ければエルフが勝ちフェリダエの方が負けた、と思いますか?」
今度は俺がノーブレスで言い切る。しかも前半は無視し後半の質問に答えつつ、質問で質問を返す形で、だ。自分で言うのも何だが、まあまあ悪辣な言い方である。
「いやーショーキチ監督、私はですねー」
すぐさまゴブゾウ氏は口を開きかけたが……
「おい、答えろよ!」
「俺達のセレソンは相手スキャンダルのおかげで勝てたのか?」
と両脇のフェリダエ族が圧力をかけたので口を閉じた。因みにゴブリンの右が虎っぽいフェリダエ族で左はライオンである。俺は期せずして『虎の威を刈る狐』になってしまった。
「いや、そうとは言ってないんですが……」
「後半、我々も手を打って展開を変えようとしました。でもすべて先を行かれ後を追う形になりました。猫の尾は長いですが……届きもしなかったです。我々としては研鑽を続けて、いつか爪先でもかかるようにしたいと思います」
だが俺は狐になるのも上等だ。『フォックス・イン・ボックス』とはボックス、つまりペナルティエリア内でフォックス、狐のように狡猾に動くFWを形容して言う言葉だが、監督だってベンチというボックスの中でどこまでも狡賢くならないといけない生物なのだ。
「うむ、流石は地球から来た監督!」
「再戦、楽しみにしているぞ!」
フェリダエ族の記者さん達からそんな声と拍手が起こった。それがアローズ側記者会見終了の合図となった……。
しかし今回は違った。
「入りは悪くなかったが圧力を受けて徐々に受け身に回ってしまって云々……」
といった本心も目論見も明かさない空虚な語りを3分ほど続けた所で、
「すみません! ショーキチ監督にちょっとお聞きしたい事が、あるんですねー!」
と手を上げた記者が後方にいたのである。
「誰だ?」
「非常識な……」
当然、前方に座るスポーツ畑の記者さんたちもざわめく。監督自身による総評を遮るのも異例なら、ベテランスポーツ記者――たいてい記者列の最前列に鎮座し、静かにメモを取っている。サッカードウ界ではレキッブウというオークの巨漢が有名だ――以外の部外者が最初に質問するのも異常であった。
「(あ、イノウエゴブゾウ氏であります……!)」
ナリンさんが日本語でそっと囁く。こちらは向けられている照明で目が眩み、多数の記者さんの中から個体を識別するなんてとてもできない状況だ。エルフの目はやはり凄い。
「(ありがとうございます。来ちゃいましたか……)」
俺も小声の日本語でそっと返す。しかしあのゴシップ専門芸能記者ゴブリンか……。スタジアムからの帰路で襲撃されるのは予測していたが、まさか試合後の会見に潜り込んでくるとは。どういうツテでパスを手に入れたんだか。
「すみません、まだ監督のお話の途中ニャので……」
そこへ記者会見を仕切るフェリダエ族のお姉さんが口を挟み、やんわりと注意を送った。そうだ、まだまだ途中だ! 俺はあの位の中身の無い話なら、あと5分でも10分でも続けられるぞ?
「えーでもでもですねー!」
しかしゴブゾウ氏はその注意に抗う様子だ。もうこの段階で俺の当初の計画である、総評をダラダラと引き延ばしアローズ側に割り当てられた記者会見の時間を殆ど使い切ってしまうというのは投げ捨てるしかないな。
ちなみにこのダラダラと無駄話で時間を費やすのもコールセンターで養った技術の一つだ。一般的に言えば話は簡潔に行い、一対応にかかる時間を減らし多くテア・シュテーゲン、じゃなかった受電するのが良いオペレーターである。一方で激怒してしまってなかなか話が通じないクレーマー等に対し、感情を廃した機械の様な声でひたすら同じ説明を繰り返し根負けするのを狙うという手法もある。かなりの禁じ手ではあるけどね。
「今回に限り、一つだけなら良いんじゃないですか? 見たところあまりサッカードウに詳しい記者さんじゃなさそうだし、裾野を広げる為と思って」
俺は司会さんにそう言って優しく微笑んだ。ゴブゾウ氏への当て擦りでもあるし、フェリダエ族のお姉さんもなかなか美人であるし、これは割と心からの笑顔である。
「まあ! ショーキチ監督は心が広いのにゃぁ……。では、一つだけにゃら」
種族は違えど真心は伝わるものだ。司会のお姉さんは俺の助け船に乗り、微笑み返して軽く会釈すると、ゴブゾウ氏の方を向いた。
「どうもー! ありがとうございます、イノウエゴブゾウと申します。あのー、ショーキチ監督? 本国の方でパートナーが他にいるエルフ女性と深い仲だと噂になっていますが、そこのところはどうなんでしょー? その騒動が試合に影響して負けたなんてことはー?」
緑のゴブリンは一瞬だけ恐縮したものの、すぐに容赦なく質問を飛ばしてきた。ここまで言葉は間延びしつつも一息である。どこでブレスしてんだ?
「すみません、質問は一つの筈では?」
と、俺が口を開くよりも先に、月光の様に冷たく鋭い声が小鬼へ質問を返した。ナリンさんだ。
「え? いや、その……」
それにはゴブゾウ氏もたじたじである。いや実は俺も。ナリンさん、こんな声も出るんだ!?
「そもそも貴殿は既に一つルール違反を犯しておられます。それを温情で許されたのに、更に求めようとは」
ナリンさんは更に追い打ちの台詞を放つ。まるで故郷の森を侵犯してきたゴブリンの足下へ矢を射るエルフのレンジャーの様に。でもまあ確かにそうだ。息継ぎ無しで言い切ったとはいえ、ゴブゾウ氏の質問はつまり
「女性との仲は?」
と
「その報道の影響はあったか?」
との二つが含まれていたのだから。約束破りだよな?
「お答えしますと答えは『ノー』です」
しかしナリンさんが追撃している間にこちらの心と回答は定まっていた。俺は頼もしいアシスタントコーチを手で制しながら、言葉を続ける。
「俺に関する報道で動揺するようなヤワな選手は、アローズにはいません。その報道が嘘であれねつ造であれね。そして試合に負けたのは俺達が弱く、フェリダエチームが強く偉大なチームだからです。逆に聞きますが、もしその報道が無ければエルフが勝ちフェリダエの方が負けた、と思いますか?」
今度は俺がノーブレスで言い切る。しかも前半は無視し後半の質問に答えつつ、質問で質問を返す形で、だ。自分で言うのも何だが、まあまあ悪辣な言い方である。
「いやーショーキチ監督、私はですねー」
すぐさまゴブゾウ氏は口を開きかけたが……
「おい、答えろよ!」
「俺達のセレソンは相手スキャンダルのおかげで勝てたのか?」
と両脇のフェリダエ族が圧力をかけたので口を閉じた。因みにゴブリンの右が虎っぽいフェリダエ族で左はライオンである。俺は期せずして『虎の威を刈る狐』になってしまった。
「いや、そうとは言ってないんですが……」
「後半、我々も手を打って展開を変えようとしました。でもすべて先を行かれ後を追う形になりました。猫の尾は長いですが……届きもしなかったです。我々としては研鑽を続けて、いつか爪先でもかかるようにしたいと思います」
だが俺は狐になるのも上等だ。『フォックス・イン・ボックス』とはボックス、つまりペナルティエリア内でフォックス、狐のように狡猾に動くFWを形容して言う言葉だが、監督だってベンチというボックスの中でどこまでも狡賢くならないといけない生物なのだ。
「うむ、流石は地球から来た監督!」
「再戦、楽しみにしているぞ!」
フェリダエ族の記者さん達からそんな声と拍手が起こった。それがアローズ側記者会見終了の合図となった……。
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