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第三十四章
興奮の種類
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後半に入っても展開はそう大きく変わらなかった。1点リードした程で攻撃の手を休めるフェリダエ族ではないし、戦術と心身の両面で調整を行ったエルフは簡単に崩れたりはしなかったからだ。
「良いな、戦えているぞ。流石ジノリコーチだ」
俺は戦況を見ながら改めてジノリコーチが構築したチームを眺めた。
前は1TOPのリーシャさんと2ショドーのダリオさんツンカさんが攻撃の起点であるボランチを牽制し、こちらのドイスボランチのマイラさんシノメさんが前の動きで空いてしまったスペースを埋める。両WBのルーナさんティアさんもスタートポジションを上げて中盤の攻防に参加し、守備の局面では間に合う事を祈りつつ必死に走って下がる。
非常にシンプルかつ俺があまり好きでない『根性』に頼った戦い方だ。一方でこのシステムだと前の3名の守備の始め方によって後ろ7名の動きが半自動的に決まってくるので、脳への負担が少ない。ある意味『頑張りさえすれば良い』という状況であるからトータルで見た疲労度や作戦遂行の難易度はそれほど高くないのだ。
そして今日は頑張れて身体能力でも負けないメンバーを中心に揃えてある。ボランチのマイラ、シノメ両名だけはやや高さ強さに劣るが、あの部分はどちらかと言うと頭脳と運動量が要求されるポジションだ。しかもマッチアップは長身だがヘディングは強くないMF、ニャバウド選手だし。
結果、後半の冒頭は完全な膠着状態で10分が過ぎようとしていた……。
「「ニャニャニャニャッ、ニャッ、ニャニャ!」」
観客席のフェリダエ族達から奇妙な声が聞こえた。スキャットの様でありDJプレイのスクラッチの様でもある。ツンカさんも服を引っかかれた――スクラッチされた――訳で何かと縁があるな、と思いながら俺はサポーター達を見上げた。
「これはフェリダエ族が感情が高ぶった時に出す声であります!」
そんな俺を見てナリンさんが教えてくれる。
「強いストレスや期待や興奮からこんな声になるとか」
「へー! ニャイアーコーチからは聞いた事が無かったですよね?」
感心しつつも、俺は素朴な疑問を口にした。
「ええ。個体差もありますが、やはり同族と連れだっている時の方が出易いとかどうとか……」
少しプライベートに関わる部分で口にし難かったのか、ナリンさんはやや赤面しつつ説明した。そうか、そんな習性が……。あ、確か地球の猫もそんな声を出しているのを「猫の癒し動画」等で見た事があるな。やはりフェリダエ族というのは多くの部分で猫と共通点がある様だ。
じゃあもしかしたら尻尾の付け根、2足歩行の生物的に言えば尾てい骨の辺りをトントンと叩けば性的に興奮したりするのだろうか? これまた動画で知った知識だが、猫はその付近に感じるモノがあるらしいし。サッカードウの試合中、さりげなく膝で押してみたら……。
「ショーキチ殿? どうしました、顔が赤いようですが?」
「いえ、何でもありません!」
性的に興奮、でさっきのシャマーさん――服をはだけ下着を見せつけながらキスをしてきた――を思い出し、俺は顔が火照ってしまっていた。あと冷静に考えれば試合中に相手を性的にどうかする作戦を指示し実行できるか? と言えば明確にノーだ。
「それよりもチャンスが来ているかもしれませんね」
俺は話を逸らすように、フィールドの方を向いて言った。
試合展開にストレスを感じているのはサポーターだけではなかった。フェリダエチームの何名かも焦りを感じ、ややプレイが雑になったり個猫プレイに走ったりし出したのだ。
中でも顕著なのはニャビド選手だった。リーシャさんを追いかけてPKを献上したあのCBである。ウチの若武者のマークを相方のニャアゴ選手に譲る事になったのみならず、その相方が得点まで上げたのだ。自分も何か爪痕を残したいと思っても当然だろう、彼女は何度も攻め上がり時にはペナルティエリアまで進入する事もあった。
逆転後もマークは引き続き相棒が担ってたので彼女は担当するマーカーがおらず余っている。つまり多少、攻撃参加しても問題ない状況ではある。
……多少なら。だが後半15分を越える頃になると、ニャビド選手はもはや『第3のFW』と言っても間違いではない存在になっていた。前線の中央に残ったままパスを呼び込み、左右や後方からの高いパスのターゲットとしてガニア選手――彼女もまた特定のマーカーを持たず余る立場であったが、今やニャビド選手専属となっている――と何度も競り合っていたのである。
それでも何かの成果、得点を上げるとかアシストを記録するなどあれば文句の付け所がなかったであろう。しかしフェリダエチームは未だ追加点をアローズゴールへ叩き込めず、むしろ守備への不安を感じさせる効果が目立つ様になっていた。
こちらの前線は変わらずリーシャさん独りである。彼女は残念ながらニャアゴ選手にマークされるようになってからは目立った動きができないでいた。それでもあの闘争心溢れるデイエルフは我慢して前線に居続けている。失点シーンを再現しないよう、前に残っているのだ。どうもHTの更衣室でナリンさんとジノリコーチから懇々と説明を受けたらしい。らしいって、そのナリンさんから直接聞いたのだが。
ともかく、リーシャさんが前線に居る事でニャアゴ選手までこちらの陣内に存在するという不利な状況は起きないでいた。それどころか一つのパスかクリアボールが運良く彼女に渡るだけで、リーシャさんvsニャアゴ選手という局面を迎えるようになっていた。
まだ彼女はフェリダエのDFリーダーに抑えられているが、何か一つ切っ掛けでもあれば……。
「よし、動きますか」
俺は作戦ボードを手に取りナリンさんに声をかける。
「はいであります! いえ、ショーキチ殿!」
元気よく答えたナリンさんは、しかし俺の腕を取りある方向を指さした。そちらではあまり俺にとって望ましくない出来事が起こりつつあった……。
「良いな、戦えているぞ。流石ジノリコーチだ」
俺は戦況を見ながら改めてジノリコーチが構築したチームを眺めた。
前は1TOPのリーシャさんと2ショドーのダリオさんツンカさんが攻撃の起点であるボランチを牽制し、こちらのドイスボランチのマイラさんシノメさんが前の動きで空いてしまったスペースを埋める。両WBのルーナさんティアさんもスタートポジションを上げて中盤の攻防に参加し、守備の局面では間に合う事を祈りつつ必死に走って下がる。
非常にシンプルかつ俺があまり好きでない『根性』に頼った戦い方だ。一方でこのシステムだと前の3名の守備の始め方によって後ろ7名の動きが半自動的に決まってくるので、脳への負担が少ない。ある意味『頑張りさえすれば良い』という状況であるからトータルで見た疲労度や作戦遂行の難易度はそれほど高くないのだ。
そして今日は頑張れて身体能力でも負けないメンバーを中心に揃えてある。ボランチのマイラ、シノメ両名だけはやや高さ強さに劣るが、あの部分はどちらかと言うと頭脳と運動量が要求されるポジションだ。しかもマッチアップは長身だがヘディングは強くないMF、ニャバウド選手だし。
結果、後半の冒頭は完全な膠着状態で10分が過ぎようとしていた……。
「「ニャニャニャニャッ、ニャッ、ニャニャ!」」
観客席のフェリダエ族達から奇妙な声が聞こえた。スキャットの様でありDJプレイのスクラッチの様でもある。ツンカさんも服を引っかかれた――スクラッチされた――訳で何かと縁があるな、と思いながら俺はサポーター達を見上げた。
「これはフェリダエ族が感情が高ぶった時に出す声であります!」
そんな俺を見てナリンさんが教えてくれる。
「強いストレスや期待や興奮からこんな声になるとか」
「へー! ニャイアーコーチからは聞いた事が無かったですよね?」
感心しつつも、俺は素朴な疑問を口にした。
「ええ。個体差もありますが、やはり同族と連れだっている時の方が出易いとかどうとか……」
少しプライベートに関わる部分で口にし難かったのか、ナリンさんはやや赤面しつつ説明した。そうか、そんな習性が……。あ、確か地球の猫もそんな声を出しているのを「猫の癒し動画」等で見た事があるな。やはりフェリダエ族というのは多くの部分で猫と共通点がある様だ。
じゃあもしかしたら尻尾の付け根、2足歩行の生物的に言えば尾てい骨の辺りをトントンと叩けば性的に興奮したりするのだろうか? これまた動画で知った知識だが、猫はその付近に感じるモノがあるらしいし。サッカードウの試合中、さりげなく膝で押してみたら……。
「ショーキチ殿? どうしました、顔が赤いようですが?」
「いえ、何でもありません!」
性的に興奮、でさっきのシャマーさん――服をはだけ下着を見せつけながらキスをしてきた――を思い出し、俺は顔が火照ってしまっていた。あと冷静に考えれば試合中に相手を性的にどうかする作戦を指示し実行できるか? と言えば明確にノーだ。
「それよりもチャンスが来ているかもしれませんね」
俺は話を逸らすように、フィールドの方を向いて言った。
試合展開にストレスを感じているのはサポーターだけではなかった。フェリダエチームの何名かも焦りを感じ、ややプレイが雑になったり個猫プレイに走ったりし出したのだ。
中でも顕著なのはニャビド選手だった。リーシャさんを追いかけてPKを献上したあのCBである。ウチの若武者のマークを相方のニャアゴ選手に譲る事になったのみならず、その相方が得点まで上げたのだ。自分も何か爪痕を残したいと思っても当然だろう、彼女は何度も攻め上がり時にはペナルティエリアまで進入する事もあった。
逆転後もマークは引き続き相棒が担ってたので彼女は担当するマーカーがおらず余っている。つまり多少、攻撃参加しても問題ない状況ではある。
……多少なら。だが後半15分を越える頃になると、ニャビド選手はもはや『第3のFW』と言っても間違いではない存在になっていた。前線の中央に残ったままパスを呼び込み、左右や後方からの高いパスのターゲットとしてガニア選手――彼女もまた特定のマーカーを持たず余る立場であったが、今やニャビド選手専属となっている――と何度も競り合っていたのである。
それでも何かの成果、得点を上げるとかアシストを記録するなどあれば文句の付け所がなかったであろう。しかしフェリダエチームは未だ追加点をアローズゴールへ叩き込めず、むしろ守備への不安を感じさせる効果が目立つ様になっていた。
こちらの前線は変わらずリーシャさん独りである。彼女は残念ながらニャアゴ選手にマークされるようになってからは目立った動きができないでいた。それでもあの闘争心溢れるデイエルフは我慢して前線に居続けている。失点シーンを再現しないよう、前に残っているのだ。どうもHTの更衣室でナリンさんとジノリコーチから懇々と説明を受けたらしい。らしいって、そのナリンさんから直接聞いたのだが。
ともかく、リーシャさんが前線に居る事でニャアゴ選手までこちらの陣内に存在するという不利な状況は起きないでいた。それどころか一つのパスかクリアボールが運良く彼女に渡るだけで、リーシャさんvsニャアゴ選手という局面を迎えるようになっていた。
まだ彼女はフェリダエのDFリーダーに抑えられているが、何か一つ切っ掛けでもあれば……。
「よし、動きますか」
俺は作戦ボードを手に取りナリンさんに声をかける。
「はいであります! いえ、ショーキチ殿!」
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