608 / 691
第三十四章
いちばーん野蛮
しおりを挟む
ハルク・ホーガン。昔のアメリカの伝説的なプロレスラーで、その人気はプロレスの枠に止まらないほどの人物だ。得意技はアックスボンバーやレックドロップだが他にもシングネーチャームーブ、自身の代名詞となるような動作が幾つかある。
その一つが手をくるっと回してから耳に添え客の歓声を聞くというか煽るもので、これはサッカーでもゴールセレブレーションに良く使われる。そもそもプロレスのポージングとサッカーはなかなか相性が良いものでもあるのだ。
しかし、この時ツンカさんが行ったのはそれではない。もっと危険なモノだった。
『おういぇあ!』
俺が止める間も無く、アメリカンテイストのギャルエルフは自分のユニフォームに手をかけ叫び、力を込めて引き裂いた。それこそ、アメリカンプロレスの王者の様に。
「ちょっ! こんな公衆の面前で!」
言葉が通じないなりに彼女を止めるか、何かで身体を隠してあげるか俺は迷い、とりあえず目を背けスーツの上を脱いで彼女へ差し出す。しかしその一瞬で彼女の下着姿はバッチリと視界の隅に収めてしまった。
そう、つまりこの『自分の服を腕力で引きちぎってしまう』という動きも、ハルク・ホーガンの有名なパフォーマンスなのだ。
力強さやワイルドさ、そして服の下から現れる肉体美を見せつける意味がある……のだと思う。実際の所、素材や状態によっては意外と簡単に出来てしまう事なので力の誇示としてはどうなんだ? という見解もなくはないのだが。ハルク・ホーガンがよく破いたTシャツには切れ目が入っていたし。
そして今、ツンカさんが破いて脱ぎ捨てたユニフォームにもバッチリ裂け目が入っていた。フェリダエ族の爪によって。あと下から現れたグレーの下着に包まれた豊かな胸と引き締まった腹筋も、肉体美と言って差し支えないものだった。
差し支えあるのは、それを俺含む野郎どもがじっくり見ることなのだ。
『ショーどうしたの? これ、バーバリアン・クラインだから見せてもオッケーなヤツなんだけど?』
一方、ツンカさんは何が俺に言いながらゴソゴソとしていた。
「いや、そうかもしれませんけど!」
言葉は分からないが単語と僅かな視覚情報でなんとなく、彼女の伝えたい意味が理解できた気がして言い返す。おそらく何とか聞き取れた単語の『バーバリアン・クライン』とはこの世界の下着メーカーの名前だろう。
元は暑い地方に住む薄着の蛮族、バーバリアンが着用していた伝統衣装であったが、その機能性と格好良さで世界中に広まったという。見た目はほぼ下着なのだが灰色の――クラインという特殊なネズミの皮の色だ。薄くて軽くても丈夫らしい――カラーとデザインがシャープなイメージを見た相手に与えるので『敢えて見える様に着用する下着』としてダンサー等に人気なのだ。何を隠そう、バード天国の参加者にも見えるように着ていた女性がいたくらいだ。
チェックはしているんですよ。言わないだけで!
『ショーちゃん、まだ下着姿見るのに抵抗あるんだ……』
『監督! じゃあ私が目隠ししてあげるよ!』
背後でシャマーさんとユイノさんの声がして、俺の顔上半分が何かに覆われた。
「あー見えなくなった! ユイノさんですか? 助かります……おぇ!」
大きさと感触で、俺の目を含む顔面の大半がGKのグローブで隠されたのに気づき礼を言う……と同時にうめき声を漏らす。
『どうしたの監督!?』
「ユイノさん、やっぱ放して!」
俺は彼女の手袋から立ち上る臭いに吐き気をもよおし、必死でそこから逃れた。
『ショー!? やっぱり見たいの?』
『でも時間がないよねー』
ツンカさんとシャマーさんがなにやら心配そうに話しているのが聞こえたが、俺は呼吸を整えるのに必死だった。これが使い込まれたGKグローブの臭いか……想像以上だな!
「大丈夫、ちょっと驚いて喉が詰まっただけで」
人前で脱げるギャルや監督誘惑慣れしているキャプテンと違い、ユイノさんは乙女回路を持っている。正直に臭かった、とは言えないだろう。言っても通じないけど。
「ツンカさん……も着替え終わってますね。ナリンさん!」
俺はツンカさんが新しいユニフォームに袖を通し終わったのを確認し、アシスタントコーチを呼んだ。
「審判さんに合図して復帰の許可を貰いましょう。で、ポジションですけど……」
「あっ!」
俺に駆け寄り作戦ボードを渡そうとしたナリンさんが、急に足を止めピッチの方を向いた。つられて俺もそちらを見る。
「うわ、まずい!」
フィールド上では今でもフェリダエ族の猛攻が続いており、アローズは全員が自陣に釘付け状態であった。ただそれだけなら良いのだが……。ツンカさんがピッチ外にいる間は、リーシャさんがその穴埋めに走っていた。
その帰結として、本来であればリーシャさんをマークするDFの選手――先制点のPKを取られた選手から、今はニャアゴ選手に変わっていた――もアローズ陣の深くまで上がっていた。FWが下がって守備をする事の負の側面、相手も連れてきてしまうという現象が起きていた訳だ。
そしてパス回しの中で、そのニャアゴ選手へパスが渡った。熟練のFWほど滑らかではないが大きなキックフェイントに何名かのエルフが姿勢を崩す。それを見て、フェリダエのCBは力強く右足を振った。
『ボナザさん!』
ユイノさんが思わず先輩GKの名を叫ぶ。ニャアゴ選手のシュートは何名もの選手の足をすり抜け、地を這いゴール隅へ転がる。
「あーくそ!」
俺はほんの少し未来を予測して悪態をつく。恐らくボナザさんからはブラインドになってシュートがほぼ見えなかったのだろう。ユイノさんの祈りも空しく、アローズのベテランGKはそのシュートに全く反応できなかった。
「「ゴーーール!」」
再びフェリダエ族のスタジアムアナウンスが絶叫する。前半のアディショナルタイム、ニャアゴ選手のシュートが決まって2-1! 俺たちは逆転されてしまった……。
その一つが手をくるっと回してから耳に添え客の歓声を聞くというか煽るもので、これはサッカーでもゴールセレブレーションに良く使われる。そもそもプロレスのポージングとサッカーはなかなか相性が良いものでもあるのだ。
しかし、この時ツンカさんが行ったのはそれではない。もっと危険なモノだった。
『おういぇあ!』
俺が止める間も無く、アメリカンテイストのギャルエルフは自分のユニフォームに手をかけ叫び、力を込めて引き裂いた。それこそ、アメリカンプロレスの王者の様に。
「ちょっ! こんな公衆の面前で!」
言葉が通じないなりに彼女を止めるか、何かで身体を隠してあげるか俺は迷い、とりあえず目を背けスーツの上を脱いで彼女へ差し出す。しかしその一瞬で彼女の下着姿はバッチリと視界の隅に収めてしまった。
そう、つまりこの『自分の服を腕力で引きちぎってしまう』という動きも、ハルク・ホーガンの有名なパフォーマンスなのだ。
力強さやワイルドさ、そして服の下から現れる肉体美を見せつける意味がある……のだと思う。実際の所、素材や状態によっては意外と簡単に出来てしまう事なので力の誇示としてはどうなんだ? という見解もなくはないのだが。ハルク・ホーガンがよく破いたTシャツには切れ目が入っていたし。
そして今、ツンカさんが破いて脱ぎ捨てたユニフォームにもバッチリ裂け目が入っていた。フェリダエ族の爪によって。あと下から現れたグレーの下着に包まれた豊かな胸と引き締まった腹筋も、肉体美と言って差し支えないものだった。
差し支えあるのは、それを俺含む野郎どもがじっくり見ることなのだ。
『ショーどうしたの? これ、バーバリアン・クラインだから見せてもオッケーなヤツなんだけど?』
一方、ツンカさんは何が俺に言いながらゴソゴソとしていた。
「いや、そうかもしれませんけど!」
言葉は分からないが単語と僅かな視覚情報でなんとなく、彼女の伝えたい意味が理解できた気がして言い返す。おそらく何とか聞き取れた単語の『バーバリアン・クライン』とはこの世界の下着メーカーの名前だろう。
元は暑い地方に住む薄着の蛮族、バーバリアンが着用していた伝統衣装であったが、その機能性と格好良さで世界中に広まったという。見た目はほぼ下着なのだが灰色の――クラインという特殊なネズミの皮の色だ。薄くて軽くても丈夫らしい――カラーとデザインがシャープなイメージを見た相手に与えるので『敢えて見える様に着用する下着』としてダンサー等に人気なのだ。何を隠そう、バード天国の参加者にも見えるように着ていた女性がいたくらいだ。
チェックはしているんですよ。言わないだけで!
『ショーちゃん、まだ下着姿見るのに抵抗あるんだ……』
『監督! じゃあ私が目隠ししてあげるよ!』
背後でシャマーさんとユイノさんの声がして、俺の顔上半分が何かに覆われた。
「あー見えなくなった! ユイノさんですか? 助かります……おぇ!」
大きさと感触で、俺の目を含む顔面の大半がGKのグローブで隠されたのに気づき礼を言う……と同時にうめき声を漏らす。
『どうしたの監督!?』
「ユイノさん、やっぱ放して!」
俺は彼女の手袋から立ち上る臭いに吐き気をもよおし、必死でそこから逃れた。
『ショー!? やっぱり見たいの?』
『でも時間がないよねー』
ツンカさんとシャマーさんがなにやら心配そうに話しているのが聞こえたが、俺は呼吸を整えるのに必死だった。これが使い込まれたGKグローブの臭いか……想像以上だな!
「大丈夫、ちょっと驚いて喉が詰まっただけで」
人前で脱げるギャルや監督誘惑慣れしているキャプテンと違い、ユイノさんは乙女回路を持っている。正直に臭かった、とは言えないだろう。言っても通じないけど。
「ツンカさん……も着替え終わってますね。ナリンさん!」
俺はツンカさんが新しいユニフォームに袖を通し終わったのを確認し、アシスタントコーチを呼んだ。
「審判さんに合図して復帰の許可を貰いましょう。で、ポジションですけど……」
「あっ!」
俺に駆け寄り作戦ボードを渡そうとしたナリンさんが、急に足を止めピッチの方を向いた。つられて俺もそちらを見る。
「うわ、まずい!」
フィールド上では今でもフェリダエ族の猛攻が続いており、アローズは全員が自陣に釘付け状態であった。ただそれだけなら良いのだが……。ツンカさんがピッチ外にいる間は、リーシャさんがその穴埋めに走っていた。
その帰結として、本来であればリーシャさんをマークするDFの選手――先制点のPKを取られた選手から、今はニャアゴ選手に変わっていた――もアローズ陣の深くまで上がっていた。FWが下がって守備をする事の負の側面、相手も連れてきてしまうという現象が起きていた訳だ。
そしてパス回しの中で、そのニャアゴ選手へパスが渡った。熟練のFWほど滑らかではないが大きなキックフェイントに何名かのエルフが姿勢を崩す。それを見て、フェリダエのCBは力強く右足を振った。
『ボナザさん!』
ユイノさんが思わず先輩GKの名を叫ぶ。ニャアゴ選手のシュートは何名もの選手の足をすり抜け、地を這いゴール隅へ転がる。
「あーくそ!」
俺はほんの少し未来を予測して悪態をつく。恐らくボナザさんからはブラインドになってシュートがほぼ見えなかったのだろう。ユイノさんの祈りも空しく、アローズのベテランGKはそのシュートに全く反応できなかった。
「「ゴーーール!」」
再びフェリダエ族のスタジアムアナウンスが絶叫する。前半のアディショナルタイム、ニャアゴ選手のシュートが決まって2-1! 俺たちは逆転されてしまった……。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ヴァイオリン辺境伯の優雅で怠惰なスローライフ〜悪役令息として追放された魔境でヴァイオリン練習し
西園寺わかば🌱
ファンタジー
「お前を追放する——!」
乙女のゲーム世界に転生したオーウェン。成績優秀で伯爵貴族だった彼は、ヒロインの行動を咎めまったせいで、悪者にされ、辺境へ追放されてしまう。
隣は魔物の森と恐れられ、冒険者が多い土地——リオンシュタットに飛ばされてしまった彼だが、戦いを労うために、冒険者や、騎士などを森に集め、ヴァイオリンのコンサートをする事にした。
「もうその発想がぶっ飛んでるんですが——!というか、いつの間に、コンサート会場なんて作ったのですか!?」
規格外な彼に戸惑ったのは彼らだけではなく、森に住む住民達も同じようで……。
「なんだ、この音色!透き通ってて美味え!」「ほんとほんと!」
◯カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました。
◯この話はフィクションです。
◯未成年飲酒する場面がありますが、未成年飲酒を容認・推奨するものでは、ありません。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる