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第三十四章

クレー真似ー

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「ザックコーチ、リーシャさんの負傷の確認を! ボナザさんとアカリさんはダリオさんへデータを! あとルーナさん、PKスポットを守って!」 
 俺は椅子から立ち上がり前へ進みながら矢継ぎ早に指示を送った。日本語が分かるルーナさん以外はナリンさんが素早く翻訳して伝える。
「それで俺は、と」
 ジノリコーチ――PKが決まった場合の事を想定して早くもボードを睨み考え込んでいる――を除く全員が指示に従い動くのを横目に見つつ、俺は副審さんの方へ走った。
「何すかアレ! レッドでしょ!」
 走る間に気持ちを切り替え、冷静な指揮官から頭に血が上ったクレーマーモードに変身する。
『まあまあ』
「レッドだよね!? 後ろから完全に行ってるもんね!?」
 言葉は通じなくてもこういう時の主張とジェスチャーは万国共通で異世界でも同じだ。俺は胸ポケットからカードを出す仕草と足払いをする様なモーションを繰り返す。
『落ち着いて! 彼も主審もちゃんと見てますから』
 副審のリザードマンさんに加え第4審判さんも出てきた。実際、ドラゴンさんは件のDFにイエローカードを提示している。
 俺の願望とは異なるが、まあ妥当な線だろう。1発レッド、出場停止、PKを与える、だと罪が重すぎる。それに数的不利になったフェリダエが闇雲に攻めに出てきた方が怖い。
 そこで俺は矛先を変えてフェリダエベンチの方へ叫ぶ。
「ちょっと危ないよさっきの! 必要ないじゃん!」
 俺の声に、ニャンガ監督以下フェリダエチームのコーチ達もばつが悪そうな顔だ。激昂して反論などはしてこない。ここまで、格下であるエルフ代表チーム相手に攻めに攻めて得点はゼロ。その上PKまで取られたのだ。怒るというより決まりが悪い、といった感じなのだろう。
『お、落ち着いてショーキチ監督! それ以上、暴れると警告の対象ですよ?』
 第4審判のリザードマンさんが俺に何か言い、副審さんが旗と尻尾を振ってドラゴンの主審さんの方へ何か合図を送った。潮時だろう。
「はい」
 俺はスッと表情の無い顔に戻り、ジノリコーチの方へ歩き出す。
『うわぁ……いきなり落ち着くなあ!』
 ライン際で2匹の蜥蜴人間がまた何か言っているが、恐らくもう注意はされない筈だ。俺も目的――抗議が実りレッドカードが出る、という所までは行かなくても、審判陣とフェリダエベンチにプレッシャーを与える――は達成されたので、満足して帰る事ができる。
「で、みんなの方は、と」
 ベンチ前へ戻った俺は、まだ熟考しているジノリコーチをそっと放置しつつピッチへ視線を戻した。
 ザックコーチは大きく丸の合図を送っているのでリーシャさんの負傷は大した事がない模様だ。単に後ろから蹴られた時の軽い打撲程度なのだろう。
 ペナルティ・スポット付近ではルーナさんとティアさんの両WBコンビが睨みを利かせてフェリダエの選手を遠ざけている。例の、スポット付近の芝を荒らしてPKの失敗を誘う行為を止める為だ。もっともフェリダエ族はそういうダーティーな小細工をしない方のチームだが。それをやってくるゴルルグ族相手の時は防衛策ができなくて、やってこない猫人相手に出来ているとは皮肉なもんだね。でもまあ対策施策なんてそんなもんだよね?
「『ダリオは必ず決めるよ』だそうです」
 方々へ通訳伝達と走り回ってくれていたナリンさんが俺の隣へ立ち、そう告げた。ニャイアーコーチからダリオさんへのアドバイスも滞りなく行われた様だ。
「ありがとうございます。じゃあ俺はカリーしてきます」
 そう言って俺は、アローズゴール裏の方へ歩き出した。

 PKを蹴るのはダリオさん。ゴールを守るのはジーニャ選手。エルフ王家と代表チームの象徴的選手と、世紀の大チョンボから復活し不運の汚名を返上した黒猫。見応え十分の対決だ。
 スタジアム中の色とりどりの光彩を放つ目と美しい切れ目がそれを見守る中、アーモンドの目をした人物だけがそれに背を向けエルフの観衆たちを見上げていた。
 うん、俺の事だけど。アーモンドを横に倒したみたいな中央が膨らんだ目、アジア人に多いんだよね。平均的日本人の俺もまさにそれだった。
「ピ!」
 ドラゴンの審判さんが笛を吹き、ダリオさんが助走に入った……のだと思う。アローズサポーターが息を呑むのが見えた。俺は拳を握り、右腕を頭上に上げた。
『『うぉおおお!』』
 直後、ゴール裏の大勢のエルフ達が歓声を上げ、コアサポーターが大きなフラッグを振り上げる。中央ではためくのは
「姫しか勝たん!」
と書かれているらしい、ダリオさん親衛隊――ただしサポーターの方。軍隊には本物の王家護衛用親衛隊がいるのでややこしいね!――の旗だ。
「よし!」
 俺はその様子を見て、上げていた右腕を何度も降ろしたり上げたりして空中を殴る。シュートを放つ前から決まる事を確信しセレブレーションをしてしまう、NBAのステファン・カリー選手などが行うヤツの真似だ。前からやってみたかったんだよね!
「ショーキチ殿! 早くこちらへ!」
 してやったりで微笑み振り向いた俺にナリンさんが声をかける。見ると、ベンチ前まで走ってきたダリオさんを祝福する輪ができている。俺は、はいはいと頷きながらそちらへ歩き出した。
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