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第三十三章

ぶんや!

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 俺の話を聞いてすぐナリンさんは驚いた顔をしたが、やがてその両頬は徐々に赤くなっていった。
「ナリンさん、大丈夫ですか? お茶、飲みます!?」
 ひょっとして食事を喉に詰まらせたのか!? 例の解剖の詳細なレポートは帰国後には読める筈だが、それが必要なのは今かもしれない! 俺は急いで椅子から立ち上がってナリンさんにお茶を渡そうとした。
「いえ、結構であります。ただ、自分はショーキチ殿に残念な事を告白しないといけないであります……」
 しかしナリンさんは首を横に振り目を伏せた。これはもしかして……恥じらいの表情か? いったいどんな事を告白しようというのだ!?
「何でしょう?」
 いつもクールなナリンさんのこんな様子、ご褒美でしかないが話の内容によってはシリアスなモノになる。俺は自分の方が喉を詰まらせないように、慎重に唾を飲み込んだ。
「実は……この世界には『芸能ゴシップ』という後ろ暗い娯楽があるであります」
「はあ」
 しかし、美貌のコーチが口にしたのは少し予想と違う内容だった。
「俳優さんや歌手さんの、誰と誰が付き合っているとか別れたとか、どこでどんなデートをしたとかそういう噂を楽しむといいますか……」
 ナリンさんはそう言いながらお茶の入ったコップの縁を指でなぞる。
「パーティで元カレと元カノが再会して恋が再燃するとかしないとか、そういうニュースを元に相関図を考えてみたり……」
 そう語る彼女の表情は、よく見ると恥ずかし気ではあるが少し楽しそうでもあった。これはもしや『この世界』というのはデカくした主語で、実は自分もやっているな?
「ナリンさん」
「はい!?」
「大丈夫ですよ。芸能ゴシップは日本にもありましたから」
 止めるべきが泳がせるべきか悩んだものの、俺は口を挟んで彼女を安心させる事を選んだ。
「そ、そうでありましたか!」
 一方のナリンさんはホッとした様な残念な様な表情だ。何と言うか恥ずかしい趣味について語る時ってみんなこんな感じだよな。
「どんな豪邸を買ったとかペットの名前は何ちゃんか? とかね。で、それが今の話とどういう関係があるんですか?」
 そう、ナリンさんの密かな趣味に興味は大いにあるが、俺たちは別の話をしていた筈だった。
「そ、それでありますね。あの、ショーキチ殿と話されていたイノウエゴブゾウ氏は、実は伝説的なスクープを何本も上げた凄腕ゴシップ記者なのであります!」
「そうなんですか!」
 なんと! まあサッカードウの記者ではなさそうだというのは薄々、気づいてはいたが。
「ええ! 最近ですと海鮮食堂での密会をすっぱ抜いた『下足不倫』が有名で、あれで人気タレントのバッキィさんはすっかり……」
 ナリンさんはそこから再び火がついたようにスクープの詳細を語り出す。意外と言えば意外だが、確か熱烈サポーターであるジャックスさんのお父さんが国民的俳優でどうのこうの、との情報をくれたのも彼女だったな。この真面目なコーチ、実はかなりの芸能ウォッチャーなのかもしれない。
「そんなパパラッチが周辺を嗅ぎ回っているなんて、フェリダエチームも大変ですね。有名税とも言いますが」
 俺がそう言うとナリンさんはパタリと語りを止め、こちらの顔を数秒ほど眺めた。あ、パパラッチが通用してないか? イタリアの名DF――マテラッツィの事だ。ジダンの頭突き事件で有名だね!――と似た響きだが選手ではない。有名サッカー選手やセレブなどを追い回し、写真を撮ったり何か記事にしたりするあまり品の良くない記者の事なのだ。
「或いは……アローズ近辺のゴシップを狙っているのかもしれませんね」 
 違った。言葉は通じていて、チームの事を心配してくれているのだ。やはりナリンさんは真面目だ。
「なるほど、その危険はあるか。ちょっと選手達に注意喚起しておきましょう!」
 俺がそう言うと同時に、ちょうど選手達を乗せた像車の姿が道の遠くに見えた。と言うことはそろそろこちらの前日練習の時間だな。
「お、みんな来ちゃったか」
 実は喋りに夢中でせっかくナリンさんが持ってきてくれたモノを殆ど食べていない。俺は食事を手に取りながら立ち上がった。これは中へ行きながら喰う事にしよう。
「標的はショーキチ殿かもしれないでありますが……」
「行きますよナリンさん……って何か言いました?」
「いえ、何でもないであります」
 声をかけ歩き出した俺にナリンさんが何かポツリと呟く。しかし確認しようとすると彼女は首を横に振り、テーブルのゴミを片づけ歩き出した。仕方なく、俺もパンにかじり付きながら移動を再会する。
「はあ……って美味いなこれ!」
 少々、気になる事があったがフリッターの美味しさがそれを吹き飛ばした。俺は出来る範囲で味わいながら彼女の後を追った……。

 その後の前日練習は恙なく行われた。記者さん達はアローズのトレーニングにはそれほど興味が無い様――それだけフェリダエの勝利を確信しているのだろう――で、ウォーミングアップで汗を流す美しい姿を取材したら、あっさりと帰っていった。また懸念のイノウエゴブゾウ氏の姿も最初から無かった。
「ほほう、やっぱそういう評価ですか」
 俺はグランドを去る取材陣の背中を見ながらそう呟いた。再確認だが、もともと明日は大敗しない事が目標ではある。
 しかしここ数日の諸々の出来事が俺の気持ちを少し変えていた。最終的には負けるかもしれないが、一矢報いるくらいは出来るかもしれない。  
 と言うかエルフだしね。一矢報いるという表現がこれほど似合うチームもいないだろう。
「明日は目にモノみせてやるか」
 練習を眺めつつ、声に出して頷く。そうする事で自分の中でもモチベーションが上がるのを感じた。
 目の前の選手たちはかなり良い感じに仕上がってきている。コーチ達も良い準備をしてくれている。となると?

 後は俺次第だ。

第三十三章:完
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