上 下
596 / 651
第三十三章

服と肉体

しおりを挟む
「何か深い理由でもあるんですか?」
 俺は諦めてゴブゾウさんに質問をした。やはりスポーツ興行とメディアは持ちつ持たれつだ、少しばかり意に添わない瞬間があってもおつき合いしておくに限る。
「それがですねー。なんとあの衣装! デザイナーであるニャンガ監督の息子さんが作った服なんですねー!」
 たかだがそれだけの事をゴブリンは何度も手元のメモを確認しながら言った。しかも途切れ途切れなので、『デザイナーである』という修飾がニャンガ監督にかかっているかのように聞こえ、
「え!? ニャンガ監督って服飾業もやってんの!?」
と少し驚いてしまった。違うね、デザイナーなのはニャンガ監督の息子さんだね!
「へえ。そうなんですね。息子さん想いのお母さんだ」
 続いてゴブゾウさんが言ったその息子さんのブランド名を、俺は全く聞き覚えがなかった。まああの配色で想像はついたが人気メーカーという訳ではないようだ。
「そうなんです! 息子さんを有名にするために、敢えて着ているんですね~」
 そう続ける小鬼の声にはあからさまに侮蔑する色があったが、俺は軽くスルーする。実際、俺だって代表公式スーツを売る為に自ら着たり選手に着せたりしているし。それに母親が息子にかける愛って特別だって言うやん? 知らんけど。
「順調に勝っている時は良いですが不調だったり万が一、負けたりすると服装のせいだって言われるかもですね~」
 俺の反応がイマイチだったからか、ゴブゾウさんは更に下世話なエピソードを追加してきた。だがまあハッキリ言って余計なお世話である。俺は鼻息を強く吹いて沈黙した。
 監督というのは常に難癖をつけられるものだ。ジャージを着たら服に気を使えと言われる。スーツを着たら服にばかり気がいって集中してないと言われる。つまり何をしていても避難の材料になるのだ。
 もちろん俺は監督同士の心理戦を好む方だし、相手の服装をイジる事で優位に立てるなら躊躇い無くそうするだろう。自分がするのは良いがマスコミがするのには不快感を覚えるのか? とタブスタを指摘されればその通りと答えるしかない。
 だが俺はそうする時は堂々と相手の前に立ち、反撃を受け止める。より酷い言葉で罵られる事になっても泣き言を言ったりはしない。大きな権力の傘に隠れ匿名で攻撃するような輩と一緒にはして欲しくないのだ。
 あと追加して言えば……家族の事をネタにするのはやはり違うと思う。ほら、マフィア同士の抗争でも家族には手を出さない的な? いやちょっと違うか。
「どうしました?」
「いえ。でもそろそろ公開の時間が終わりますね。出ましょう」
 俺の不機嫌をゴブゾウさんも気づいた様で、そちらも不機嫌に問いかけてきた。しかし俺は時間を理由に返答せず、挨拶もそこそこにその場を去った。
 後に、この対応が酷い事態を招くことを、その時の俺は知る由もなかった……。


 練習が非公開になっている間はスタジアム外のカフェテラスで食事をとって時間を潰す事にしていた。アローズの前日練習は午後からで、皆は昼食をとってから来る。一方の俺とナリンさんは宿舎へ帰って飯を詰め込んでまたスタジアムへ……では流石に忙しないので、ここにステイするのだ。
「GKについては、予想よりも落ちているであります」
 カウンターで俺と自分の分の昼食――魚のフリッターを冷ましてパンで挟んだモノと冷たいお茶だ。猫族はやはり猫舌らしい――を買ってきてくれたエルフは、それらをテーブルに並べながら言った。
「そうなんですか。まだ代わらず……」
「ええ、ジーニャではありますが」
 俺の問いにコーチはフェリダエチームの正GKの名を揚げて答える。ジーニャ選手とは誰あろう、例の『ニャイアミの奇跡』で世紀の大失態を犯してしまった選手の片方側である。
 彼女の身長は2mに少しだけ届かないくらい。長身だが動きは滑らかで不器用さはなく、跳躍力も抜群。見た目も動きも黒豹の様……というか黒毛のフェリダエ族なのでそのまんま、黒豹だ。
 度胸も抜群で、あのシーズンはルーキーながら開幕戦に出場しゴルルグ族戦まで堂々たるプレイをみせていた。ただニャウダイール選手との追突後はやはり精彩を欠き、頭部を打ったという事もあり次の試合からはベンチ外へ降格。結局、そのシーズンのゴルルグ族戦以降は出番が無かった。 
 だがシーズンオフにきっちりとコンディションを戻し、翌シーズンからはまずベンチに復帰。リーグ戦半ば頃にスタメンを取り返し、以後数年間ずっと王者のチームの正GKである。
 大チョンボをやらかした選手がそのまま表舞台から姿を消してしまう事は競技を問わずある。しかしジーニャ選手は立派にカムバックし今も選手を続けているのである。その陰に腕の良いコーチの奮闘があった事は想像に難くないだろう。
 もっとも、いまはその『腕の良いコーチ』ことニャイアーコーチ、アローズにいるんですけどね……。

「フィジカル、フィジカル、フィジカルです」
 ナリンさんは苦笑しながらそう言った後、勢いのままガブリと昼食に噛みついた。
「あーやっぱそうなりますか」
 俺は練習の様を表現するかのようなナリンさんの食べっぷりにつられて笑う。そうそう、しょっちゅう
「異世界の種族、だいたい俺より目が良い」
ってグチっているけど、何気に歯や胃も強いんだよな。
「GKの育成理論がない国とか学校も、そんな感じらしいです」
 彼女の口の中に食べ物がある間はこちらが喋るターンだろう。俺は地球にいた時に聞いた話を思い出して続ける。
「技術が教えられない場合は、とにかく身体能力にモノを言わせてボールに飛びつくしかないですからね。あと足下も無いのでスローイングが大事になりますし」
 例えば学校の球技大会などで、GKをやらされたバスケ部やハンドボール部の子が意外な活躍をする、というシーンがあったりするが、理屈はそれである。身体能力が高くて良いボールを投げれるのは、地味にアドバンテージなのだ。
「じゃあ普通のGKとしての質は落ちているかもしれませんが、そっちの面は要注意ってことですね」
 俺がそう言うとナリンさんは咀嚼していた最後の塊を飲み込んで頷いた。そして
「ショーキチ殿の方はどうでありましたか? 見慣れぬ御仁と話し込まれていたようですが?」
と聞いてきた。うん、やっぱり目が良いな!
「お気づきでしたか。実はですねー。これ、言うと炎上しちゃうかなー」 
 俺はゴブゾウさんの真似で口火をきりつつ、先ほどあった出来事を説明し始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

処理中です...