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第三十三章

規律のある猫と無い小鬼

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 GK及びDFのチェックをナリンさんに任せた俺は、攻撃陣の方へ目をやった。いくら相手の隙をつき数少ないチャンスで得点をあげたとしても、あの豪華FW陣の猛攻に耐えなければ奪った以上に奪われるだけである。
「キャットを放置するとキャットストロフィーが待ってるしな……なんてね」
 俺は誰に聞かれるでもない自虐的なジョークを口にする。キャットストロフィー――日本人的にはカタストロフィーと発音する方が馴染みがあるだろう――とは破局や破滅という意味だ。実はアルファベットの綴りだと猫も破局も頭の三文字がCATだったりするのでよりジョークとしてスマートなんだけどね!
 それはともかく。フェリダエチームに気持ちよく攻撃させた場合の末路を俺は何度も生で見ている。昨シーズンカップ戦準決勝のドワーフ、今シーズン開幕戦のゴブリン。どちらも序盤こそ各々の策で猫族の攻撃を停滞させたが、一度その守備が決壊してしまったあとは『蹂躙される』という表現が相応しい状態だった。
 そしてそうなった時、猫族は猫らしさを全快にしてプレイした。既に抜き去れる筈なのに更にフェイントを繰り返し対面のDFに尻餅をつかせる、普通に蹴る事ができる体勢からラボーナでクロスを上げる、GKをあざ笑うかのようなパネンカ――PKの際、軽く優しく浮かすチップキックでゴール中央にシュート撃つ事を言う。もしGKが動かなければ簡単にキャッチされてしまうので非常に度胸がいるシュートだ――を決める。フェリダエ族のサッカードウは常に意外性と楽しみと、そして相手チームの屈辱で溢れていた。
 俗に『猫は獲物に容易にとどめを刺さずいたぶる』と知られている。実際には狩りの練習の為とも言われるが、フェリダエ族が試合でみせる態度がまさにそれであった。
 一歩間違えばアローズもそんな目に遭う。俺はそんな明日を想像して少し重い気分になっていた。


「どうです、ショーキチ監督? フェリダエチームの仕上がり、どー思いますか?」
 ふと、そんな声が腰の辺りから聞こえた。そちらへ視線をやると眼鏡をかけメモを手にした、いかにも記者といった感じのゴブリンの男性がこちらを見上げていた。
「あー攻撃陣は変わらず好調みたいですね。えーっと?」
 現在、俺達がいるのはメインスタンドの上部だ。両チームの関係者とメディア関係だけが入場できるエリアである。念の為に彼の胸元を確認すると、ちゃんとメディアパスがぶら下げられている。
「どーも。3Kニュースのイノウエゴブゾウです」
 その視線に気づいたか、ゴブリンさんはパスを持ち上げながら甲高い声で名乗った。
「あー、3Kさんの」
 彼の顔は初めて見るが、3Kニュースの名前は見聞きしている。『軽快、軽挙、軽率』をモットーとする――軽快はともかく後ろの二つはどうなんだ?――ゴブリンの新聞社的存在だ。モットーから窺い知れる通りかなり怪しいメディアではあるが、小鬼族の例に漏れずサッカードウについてはかなり真剣……な筈だ。
「ゴブゾウで結構です。フェリダエの攻撃は要注意って感じですー?」
「ええ、まあそうですね。でもそれだけじゃなくて、守備とのバランスも良い。ニャンガ監督がよく規律を守らせている」
 ゴブゾウさんがゴブリンの割に意外と当たり障りの無い事しか言わないので、俺は少しサッカードウの専門家らしいコメントを付け足す。
「守備的なMFを二枚並べて、SBも釣瓶の動きを厳守させている。フェリダエチームにアレをやらせてるのは凄いですよ」
 釣瓶の動き、とは右SBが攻撃参加したら逆サイドの左SBは下がって守備に備える、と言った基本的な動きだ。ロープと滑車で結ばれた井戸に降ろす二つの桶が、片方下がれば片方上がる様子から名付けられた。
 基本と言えば基本過ぎる中身だが同時に両SBが攻撃参加してしまうと攻めに良くてもカウンターを喰らい易いので、これを守るのは重要である。またこの名称だと動きがイメージし易いので指導する時にも便利だ。あと何と言っても、ファンタジー世界でもそのまま通用する説明なのが有り難い。
「へー! ツルベノウゴキってなんですか?」
 ゴブゾウさんはメモをとりながら問う。通用してなかったやんけ! 彼はもしかすると新米か、3Kニュースの別部門の記者なのかもしれない。仕方なく俺は今の説明を行った。
「なるほどー! でそれを厳しく躾ているのがニャンガ監督と」
「いや『躾』て! ディプシリンを植え付けている、としましょう」
 相手が猫だけに受け入れてしまいそうになるが、監督と選手の関係性としてそういうのはあまり好きでは無いので言葉の言い換えを提案する。
「ほうほう。『ニャンガ監督のプリプリ尻にショーキチ監督も敬服』と」
「プリプリ尻じゃありません! 『ディプシリン』です! 規律です!」 
 もっと不適切になった! 俺は再度、訂正を告げる。ちなみにニャンガ監督は元サッカードウ選手で、現役時代も厳しいカピトン――復習の時間です。カピトンってなんだっけ? そう、キャプテンだね!――だった。ただ監督となっても体型を維持されており、ド派手なズボンの下の臀部はまだ引き締まっていそうではある。
「まあ自分の服装だけは秩序が見えませんが」
 提案や訂正ばかりでも偉そう過ぎるので、俺は最後に少し冗談を交える。その冗談で言った通り、ピッチで練習に鋭い視線を飛ばす彼女の衣装は上下ともピンクのヒョウ柄なのだ。
 ってなぜ猫族がわざわざヒョウ柄の服を!? しかもピンク!?
「お、それ気づいちゃいましたか! あーどうしようかなー、これ言っちゃうと炎上しちゃうかな~!」
 そんな俺の言葉を聞いて、ゴブゾウさんは眼鏡を上げメモと俺の顔をチラチラと交互に見た。
 その顔は明らかに俺の質問を待っている顔だった……。
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