592 / 684
第三十三章
アップせんと!
しおりを挟む
宿舎としてあてがわれたのは巨大なゲル、騎馬民族が住むようなテントで、しかも有り難い事に男女別棟だった。だた俺とザックコーチだけでそのゲルを使用するのは申し訳ないのでお詫びとして雑多な荷物を預かる事になり、その搬入を終える頃には日はすっかりと落ちてしまった。
ここ、ニャルセロナはニャンダフル連邦共和国第二の都市で観光地として名高い。彼ら独特の建築もあればビーチもあり、見所はたくさんだ。だが今から出かける気持ちにもならず、俺とフィジカルコーチはルームサービスを頼み、それを食べながら他愛もない事を語らった後、すぐ床についた。
翌朝、朝食はこれまた専用のゲルに集まってみんなでとった。フェリダエ族の年頃の男女は離れて暮らし食事も別々になるが、もちろん異国からの観光客は別らしい。チームとしてオーダーした通りの食事がビュッフェ形式で並んでおり、コーチも選手も各自が選んだものを皿に取って適当なテーブルに分かれて食べた。宿泊所はゲルだが絨毯に直接座って、という訳ではない。この辺りもこちら側に合わせてくれた形だ。
ここまでフェリダエ側の歓待は素晴らしいものだ。宿舎も食事も申し分ないし、今日の前日練習も午後を譲ってくれた。完全に隔離してきたドワーフやゴルルグ族、もてなしてはくれているのだろうが感情が見えなかったインセクターとは全く違う。明らかな暖かみを感じる、と言っても過言ではないだろう。
ニャデムさんから聞いた通りエルフ全体への好意というのもあるだろう。だが俺はそれ以上に『王者の余裕』的なものを感じる。
「我々はサッカードウの頂点にいる。小細工など無用だ」
みたいな?
上等だ。こちらは小細工満載の残留ボーダーチームである。まあ小細工担当は主に監督の俺で、選手達は素直な子が多いが。ともかく、猫が余裕をみせているなら人間は抜け目なくそこへつけ込むだけだ。
「ああっとここでニャウダイール選手とジーニャ選手が接触!」
そんな事を考えていた俺の耳に、アナウンサーの大声が飛び込んできた。ただ大声、とは言え何度も聞き慣れた言葉なのでそれほど慌てず発生源の方へゆっくりと目をやる。
「ゴールは無人だ……ボールはヒラップス選手の前へ……ゴール!」
直前を越える絶叫が食事会場に備え付けられた魔法端末から響く。もちろん、その端末では映像――サッカードウ至上最大の番狂わせの一つと言われる、ゴルルグ族が絶好調のフェリダエ族を破った試合の得点シーンだ――も流れている。
これも俺がフェリダエ族へ出したオーダーの一つであり、小細工でもある。
「食事会場に大きなモニターを設置し、あの試合の映像をエンドレスで流したい」
とお願いしたのだ。
もちろん、そんな準備は自前でも簡単に出来る。だが俺はアウェイチームの権限として要求した。フェリダエ族の記憶の中で汚点として重くのし掛かる出来事を、彼女らに思い出させる為に。
いや別に選手や監督がこれを用意する訳じゃないけどね。ただ回り回って情報が伝われば、なんとなく嫌な感じになる筈だ。
そしてこれは逆に、自分達への良いメッセージにもなる。
「無敵に思えるフェリダエチームもこんな風に無様に失点し、負ける事がある」
という事をアローズ全体に意識させるのだ。
サッカーもサッカードウも、しっかり考えるのと同じくらいに
「考えなくても身体が動く」
という事が大事である。恐らく、今回の試合では攻撃のチャンスはあまりないだろうし、じっくり狙ってパスを出すという事も出来ないだろう。そんな数少ないチャンスに、咄嗟に浮かんで欲しいターゲットが映像と同じエリア、つまりCBとGKの間だ。
フェリダエ族は全体的に自信満々であり、それは守備の要のポジションでも変わりはない。協調してチームで守るというより自分が全て跳ね返す! という気持ちでいる。
それが悪い方向へ出たのが例のシーンだ。この場面でゴルルグ族の左SBが放ったクロスはふんわりとしたボールで、それほど鋭角でも正確でもなかった。セオリーで言えば手が使えるGKが前に出てしっかりキャッチすれば良い。
しかしフェリダエのニャウダイール選手は自分で処理しようとした。恐らく目論見としては自分がヘディングで軽くクリアしつつ迫り来るFWの逆を取り、素早く攻撃へ転じるつもりだったのだろう。背景情報を追加すると、このシーンは後半の13分。ゴルルグ族が意外な健闘をみせ、なんとここまで両チームともスコアレス。無得点であった。
自分チームの得点を期待していたサポーターはかなり焦れていたし、それ以上に選手が苛立っていた。
恐らくそれで彼女はああいうプレイを選択し、意志疎通を怠りGKのジーニャ選手と激突してしまった。そのこぼれ球がヒラップス選手の元へ転がったのは不運としか言いようがない。
とは言え、ここにもフェリダエチームとサッカードウ全体の問題点がある。まず一つにはGKの地位が低い。
「後ろの声は神の声」
という格言がサッカーにはあるが基本的に一番、後ろから見ているGKの方が全体を把握出来るので良い判断も出来る。だからあの様なシーンではGKからの指示および判断に従うべきだ。実際、アローズではその様に指導している。
また二つにはGKを組み込んだ攻撃の無さだ。仮に俺の推測通りすぐに反転攻勢に出たかったのだとしても、やはりそこはGKを使うべきだった。単純な人数の話、GKも使えれば11人で攻めることが出来るがFPだけだと10人しかいないのである。
まあGKに足下のテクニックがなければ難しいし、攻撃のトレーニングに組み込んでいなければいきなりは出来ないのだが。そしてこれも、アローズでは既に取り組んでいる。元FWのユイノさんだけでなくクラシックなタイプのボナザさんも、現段階でその面ではかなりのモノだ。
自慢かって? ええ、自慢ですよ! しかし王者フェリダエと明日には戦うのである。これくらいの自分上げは許して頂きたい……。
ここ、ニャルセロナはニャンダフル連邦共和国第二の都市で観光地として名高い。彼ら独特の建築もあればビーチもあり、見所はたくさんだ。だが今から出かける気持ちにもならず、俺とフィジカルコーチはルームサービスを頼み、それを食べながら他愛もない事を語らった後、すぐ床についた。
翌朝、朝食はこれまた専用のゲルに集まってみんなでとった。フェリダエ族の年頃の男女は離れて暮らし食事も別々になるが、もちろん異国からの観光客は別らしい。チームとしてオーダーした通りの食事がビュッフェ形式で並んでおり、コーチも選手も各自が選んだものを皿に取って適当なテーブルに分かれて食べた。宿泊所はゲルだが絨毯に直接座って、という訳ではない。この辺りもこちら側に合わせてくれた形だ。
ここまでフェリダエ側の歓待は素晴らしいものだ。宿舎も食事も申し分ないし、今日の前日練習も午後を譲ってくれた。完全に隔離してきたドワーフやゴルルグ族、もてなしてはくれているのだろうが感情が見えなかったインセクターとは全く違う。明らかな暖かみを感じる、と言っても過言ではないだろう。
ニャデムさんから聞いた通りエルフ全体への好意というのもあるだろう。だが俺はそれ以上に『王者の余裕』的なものを感じる。
「我々はサッカードウの頂点にいる。小細工など無用だ」
みたいな?
上等だ。こちらは小細工満載の残留ボーダーチームである。まあ小細工担当は主に監督の俺で、選手達は素直な子が多いが。ともかく、猫が余裕をみせているなら人間は抜け目なくそこへつけ込むだけだ。
「ああっとここでニャウダイール選手とジーニャ選手が接触!」
そんな事を考えていた俺の耳に、アナウンサーの大声が飛び込んできた。ただ大声、とは言え何度も聞き慣れた言葉なのでそれほど慌てず発生源の方へゆっくりと目をやる。
「ゴールは無人だ……ボールはヒラップス選手の前へ……ゴール!」
直前を越える絶叫が食事会場に備え付けられた魔法端末から響く。もちろん、その端末では映像――サッカードウ至上最大の番狂わせの一つと言われる、ゴルルグ族が絶好調のフェリダエ族を破った試合の得点シーンだ――も流れている。
これも俺がフェリダエ族へ出したオーダーの一つであり、小細工でもある。
「食事会場に大きなモニターを設置し、あの試合の映像をエンドレスで流したい」
とお願いしたのだ。
もちろん、そんな準備は自前でも簡単に出来る。だが俺はアウェイチームの権限として要求した。フェリダエ族の記憶の中で汚点として重くのし掛かる出来事を、彼女らに思い出させる為に。
いや別に選手や監督がこれを用意する訳じゃないけどね。ただ回り回って情報が伝われば、なんとなく嫌な感じになる筈だ。
そしてこれは逆に、自分達への良いメッセージにもなる。
「無敵に思えるフェリダエチームもこんな風に無様に失点し、負ける事がある」
という事をアローズ全体に意識させるのだ。
サッカーもサッカードウも、しっかり考えるのと同じくらいに
「考えなくても身体が動く」
という事が大事である。恐らく、今回の試合では攻撃のチャンスはあまりないだろうし、じっくり狙ってパスを出すという事も出来ないだろう。そんな数少ないチャンスに、咄嗟に浮かんで欲しいターゲットが映像と同じエリア、つまりCBとGKの間だ。
フェリダエ族は全体的に自信満々であり、それは守備の要のポジションでも変わりはない。協調してチームで守るというより自分が全て跳ね返す! という気持ちでいる。
それが悪い方向へ出たのが例のシーンだ。この場面でゴルルグ族の左SBが放ったクロスはふんわりとしたボールで、それほど鋭角でも正確でもなかった。セオリーで言えば手が使えるGKが前に出てしっかりキャッチすれば良い。
しかしフェリダエのニャウダイール選手は自分で処理しようとした。恐らく目論見としては自分がヘディングで軽くクリアしつつ迫り来るFWの逆を取り、素早く攻撃へ転じるつもりだったのだろう。背景情報を追加すると、このシーンは後半の13分。ゴルルグ族が意外な健闘をみせ、なんとここまで両チームともスコアレス。無得点であった。
自分チームの得点を期待していたサポーターはかなり焦れていたし、それ以上に選手が苛立っていた。
恐らくそれで彼女はああいうプレイを選択し、意志疎通を怠りGKのジーニャ選手と激突してしまった。そのこぼれ球がヒラップス選手の元へ転がったのは不運としか言いようがない。
とは言え、ここにもフェリダエチームとサッカードウ全体の問題点がある。まず一つにはGKの地位が低い。
「後ろの声は神の声」
という格言がサッカーにはあるが基本的に一番、後ろから見ているGKの方が全体を把握出来るので良い判断も出来る。だからあの様なシーンではGKからの指示および判断に従うべきだ。実際、アローズではその様に指導している。
また二つにはGKを組み込んだ攻撃の無さだ。仮に俺の推測通りすぐに反転攻勢に出たかったのだとしても、やはりそこはGKを使うべきだった。単純な人数の話、GKも使えれば11人で攻めることが出来るがFPだけだと10人しかいないのである。
まあGKに足下のテクニックがなければ難しいし、攻撃のトレーニングに組み込んでいなければいきなりは出来ないのだが。そしてこれも、アローズでは既に取り組んでいる。元FWのユイノさんだけでなくクラシックなタイプのボナザさんも、現段階でその面ではかなりのモノだ。
自慢かって? ええ、自慢ですよ! しかし王者フェリダエと明日には戦うのである。これくらいの自分上げは許して頂きたい……。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる