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第三十三章

猫の業と人の業

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 まず少し意外な事実として、フェリダエ族の「ニャンダフル共和国」はこの大陸では最大の国土を持つ。もっともその大半はステップ――やや乾燥した大草原のことだ――であり、その所々に小規模な集落が点在しているだけで、ニャン口密度はとてつもなく低い。首都ニャドリードや今回、訪れるニャルセロニャといった大都市は例外中の例外だそうだ。
 そしてその小規模な集落において、フェリダエ族の雄と雌は基本的に離れて暮らす。彼らと彼女らが交わるのは特定の月のみ。その数ヶ月前から雄たちの間で激しい争いが行われ、頂点に立った雄が多くの雌を娶りハーレムを形成する事となる。そこでしばらく一緒に暮らし、子作りと子育てがなされる訳である。
 もっとも、あぶれた大量の雄とハーレムからはぐれた少数の雌が番になることも決して珍しくない。フェリダエ族は少数でも生きていく強さがありステップには無数の餌、つまり狩る対象がいる。
 そのハグレモノ同士の間に生まれた雄が強く育ち。やがて大きな集落のハーレムを収奪する、という事もよくあり、フェリダエ文学において好まれるエピソードの一つでもあるという……。

「主人公の少ニャンは実はハーレム出身で、自分の父親と知らずハーレムの主を殺し、自分の母親と知らず母親を娶ってしまう話もあるんですよ!」
 話の最後に、アリスさんは鼻息荒くそう語った。流石は文学の先生だ。エルフだけでなくフェリダエ族の逸話にも詳しいんだな。
「ふーん。そういう話もあるんですね」
 俺は彼女の博識っぷりと先生らしさに感心しつつ頷いた。
「ちょっとちょっとショーキチ先生!」
「はい?」
 しかしドーンエルフは俺の反応に不満の様だ。
「こんな業の深い話を聞いて、何ですかその反応は!? もっと『うひょー!』とか『えろい!』とかないんですか!?」
 彼女はそう言いながら憤懣やるかたない、といった感じに腕を組む。強いて言えば、その腕で押し上げられた胸とか、胸に引っ張られて更に露出したおへそ周りの方がうひょーでエロいんだが……。
「いや、まあ、『こっちでもそういう神話、あるんだなあ』と」
「はい!? その言い方だと日本にも!?」
 俺の言葉を聞いたアリスさんは興味津々といった感じで供述書、ではないノートを取り出した。
「ええ。まあ世界的に有名なのはギリシャって所の神話オイディプスで、エディプスコンプレックスって言葉の元になっているんですが」
「ほうほう」
 少し長い単語を吐いてしまったので、俺は彼女のメモの手が追いつくのを待ってから言葉を継いだ。
「実は! 今回お持ちしました源氏物語にも近い話があるんです!」
「ななにゃんと!」
 良かった。少々、脱線を挟んだがどうやら本来の目的へ帰れそうだ。俺は自分用のテキストを開きつつ想定していた講義を始めた。

 それから2時間ほど俺は源氏物語を、アリスさんは予定を変更してフェリダエ族の文化風俗を大いに語った。実のところ俺はここまでフェリダエ族についてあまり調べなかったが、聞けばなかなか興味深い話が多く密かに自分の姿勢を反省する事になった。
 いや実際、サッカードウの実力差が大きくて、ハーピィやドワーフの様に絡め手が効果あるとも思えず、習性を調べて何かをしかけようという気にならなかったのである。これまでは。
 しかしアリスさんの話によってフェリダエ族も一種の、リアリティのあるただの種族として捉える事が出来るようになった。例えば彼女らが犬族であるガンス族を苦手としているのは既知の知識だが、他にも水が苦手で雨の日は気持ちが上がらない――雨天の憂鬱に関する詩がたくさんあるらしい――とか、睡眠に異常な拘りがある――夢に関する物語や、寝室で語られるがあり良く寝ないと調子がでない――とか、参考になる話がたくさんあった。 
 それらの知識を直接、使えるか? というとそうではない。天候操作の魔法は存在するし、その効果はスタジアム外なので無効化フィールドの作用を受けないが、流石に大がかりすぎるし集客にも悪影響だ。宿舎の側で夜通し騒いで睡眠を阻害するのもあくどい。
 つまるところ繰り返しになるがフェリダエチームという存在を難攻不落の城塞ではなく、生身の生物と考えられるようになった、というのが一番大きい。今回はもう間に合わないが、次回以降の対戦では本気で勝ちに行く事も検討に入れよう。
 あと雨や安眠妨害もね。こっちも今回は間に合わないしそもそもアウェイだし。ただ実行しないとしても、頭の片隅に選択肢として置いておくことはしよう。
 うん、実行しない。たぶん実行しないと思う。実行しないんじゃないかな? まあ覚悟だけはしておけ……。

「あー楽しかった!」
 勉強会を終え店の外に出ると、アリスさんはそう言って背筋をぐぐーっと伸ばした。
「良かったです。俺も楽しかったです」
 先日はツンカさんと共に歩いた道を逆向きに進みながら応える。夜の帳が降りる中でもエルフの都は十分、歩けるほど明るく通行量も多い。しかも彼女の家はここからそう遠くないとあって、徒歩で帰っても大丈夫だそうだ。
 それでも半分くらいは送って下さい、と言われ俺は彼女と歩幅を揃えて運河の横を歩いていた。残りの半分は彼氏さんが迎えに来るんだろう。
「次の勉強会までには光源氏の末路、見届けてきますので!」
 魔法で光る舷灯をつけた船がニヒヒと笑う彼女の横顔を照らした。特にネタバレはしていないが、かのプレイボーイの末期については予測ができるのだろう。
「あ、俺も! 次までにテキスト読み込んで、アリス先生の出す問題に答えられるようにしてきます!」
 その顔に見とれた自分を誤魔化すように叫ぶ。いかんいかん、俺は相手がいる女性ばかり気になってしまう癖があるな。
「おー偉い! 解けたら何かご褒美要ります? あー! もしかしておっぱい揉ませろとか?」
「そんな要求しませんよ!」
 それは『おっぱいバレー』でサッカーじゃねえ! とのツッコミは心の中に収める。
「えー? ちょっと心が動いたでしょ? バレーバレーですよ!」
「だからバレーじゃ……」
 と反論しかけた俺の唇を、近寄ってきたアリスさんがさっと塞いだ。
「なっ!?」
「おっぱいはダメなので……これで! じゃあ!」
 唇が重なったのは一瞬だった。しかし俺の思考と身体は10秒以上、固まった。その隙にアリスさんは笑いながら手を振り角を曲がって去っていってしまった。
「え? 何で?」
 そんな前振り、あったっけ!? 今日の授業よりも更に難解な謎を突きつけられた俺は、しばらくそこに立ち尽くすしかなかった……。
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