584 / 651
第三十三章
どこもこども扱い
しおりを挟む
店長ディノさんと話はついている。俺は真っ直ぐ、前回で目をつけていた店の奥の個室へ向かった。
「わー聞いてたけどお洒落なお店! あ、ショーキチ先生、待って!」
一方のアリスさんは興味深げに店内を見渡して出遅れていた。確かに間接照明と気の利いたインテリアが並ぶ店内は観ているだけで楽しい。しかし反応がいちいち大きいと言うか初々しいと言うか……。本当に彼氏持ちの成年女性か?
「アリス先生、どうぞ」
俺は個室のドアを開き、押さえたまま彼女を呼んだ。それを見てわぉ、と声を上げ頭を下げつつアリスさんは中へ入る。本当に子供っぽいエルフだ。偏見だが日本の学校の先生って大学から社会人を経験せずそのまま先生になる事が多いので世間知らずな面があったりする。それでいて何時も児童の相手をしてるので、咄嗟にこちらを子供みたいに扱ってくるとか。
彼女にも少し、そんな所を感じる。それを不快と思うよりは、懐かしさを覚えている俺がいた。
「食事と飲み物もある程度、頼んでありますので。もし足りなかったら、勉強の合間にでも追加して下さい」
「ありがとうございます!」
席につき鞄から教材を出していたアリスさんはそれを聞いて一層、顔を明るくした。ぬか喜びさせて悪いが『飲み物』にアルコールは含まれていない。まあ彼女が注文してしまったら仕方ないが。
「あ、俺も本を出さなきゃ」
俺もそう言いながら、借りてきた例の本を取り出す。さあ、勉強会の開始だ!
「デイエルフの文学とドーンエルフの文学における最大の差異は一人称です。前期デイエルフ文学に『私たち』という言葉はありますが『私』という呼称は存在しません。『己』という意味で使われる『エルフ』という呼称が示すものを別表にまとめていますが……」
小一時間後。アリスさんの講義が最高に乗ってきた所で、俺は流石に口を挟んだ。
「アリス先生! ちょっとタイム!」
「はい? 何ですか? 控えを投入します?」
肉付きの良いドーンエルフはそう言いながらメニューを開いた。彼女の言う『控え』とは追加のメニューである。アリスさんは授業をしつつも俺が先にオーダーしていた料理をバクバクと平らげ、なるほどこの食欲で豊かな身体と教師業を行う体力を維持しているのだなあ、と俺を感心させていたのだ。
「いえ、そっちはアリス先生のご自由にして頂いて……。ちょっと講義の内容がですね」
俺は彼女が開いて見せたメニュー表を押し返し、代わりに授業のテキストの方を見せた。
「内容が?」
「ちょっと高度すぎるかな~と」
俺は負けを認めるようでシャクに思いつつも、正直な気持ちを述べた。
「高度、ですか?」
「ええ」
勉強会の出だしは、まだマシだった。予想通りエルフの建国神話――森で原始的な生活をしていたエルフが夜空の月を弓矢で居抜き、降り注いだ破片を浴びて知恵や魔法を会得したとかどうとか――から始まり、様々な氏族に別れていく昔話を紹介していく流れだったからだ。
だが途中から文化比較論や表現の移り変わりの話が入るようになり、やがて内容はより高度に、複雑になっていった。アリスさんの話を止める寸前に至っては、文化論の試験を受ける生徒の様な気分になっていたのだ。
「そこまで詳細じゃなくて良いんですよ。なんかこう、それぞれの時代の代表的な作品の表面的な部分を紹介していく、みたいな形で十分です」
俺は店に入った時に彼女を子供っぽい、と内心で評した事を恥じていた。いや、性格そのものの評価は変わらない。だが軽薄に見えてもアリスさんもやはり教師で、その分野の訓練を受けた専門家なのだ。
「あっ、そうでしたね! すみません、ついつい熱が入って」
アリスさんはそう言いながら廊下へ身を乗り出し、店員さんを呼ぶと身体を戻してこちらを見た。
「でもショーキチ先生も侮っていたでしょ? 子供相手の授業だろう、って?」
いつもはクリクリした大きな目をしているエルフは、目を細め睨むような顔でそう言った。くそ、見抜かれていたか。そしてもしかすると、それを見越して俺が凹むような内容にしていたのか。
「えと……はい。認めます、有罪です」
「ふふん、素直に認めてよろしい!」
アリスさんはその言葉を聞くと俺の頭をワシワシと撫でた。彼女に子供扱いされるとはなんたる屈辱……!
「じゃあショーキチ先生のリクエスト通りにレベルを下げますかー。そのテキストは返して貰って」
「いや、これはこれで」
俺はアリスさんが伸ばした手からブツを遠ざけて言う。
「個人で読み込んで、次までには理解できるようになってきます」
「ほっほう~。男の子だなあ」
そんな俺を見て彼女は嬉しそうに笑った。
「でも私はオトナの女なので、お酒を頼みますね!」
「……はい」
彼女がどんなに勝ち誇ろうと好き放題しようと仕方ない。今の俺は一本、取られた身だ。
「お待たせしました」
「あ、追加注文お願いしまーす!」
そこに店員さんが来て、アリスさんが嬉々としてお酒を頼む。それが届いたら今度は俺が彼女に授業する番だ。
何とか一本、取り返してやるぞ!
「わー聞いてたけどお洒落なお店! あ、ショーキチ先生、待って!」
一方のアリスさんは興味深げに店内を見渡して出遅れていた。確かに間接照明と気の利いたインテリアが並ぶ店内は観ているだけで楽しい。しかし反応がいちいち大きいと言うか初々しいと言うか……。本当に彼氏持ちの成年女性か?
「アリス先生、どうぞ」
俺は個室のドアを開き、押さえたまま彼女を呼んだ。それを見てわぉ、と声を上げ頭を下げつつアリスさんは中へ入る。本当に子供っぽいエルフだ。偏見だが日本の学校の先生って大学から社会人を経験せずそのまま先生になる事が多いので世間知らずな面があったりする。それでいて何時も児童の相手をしてるので、咄嗟にこちらを子供みたいに扱ってくるとか。
彼女にも少し、そんな所を感じる。それを不快と思うよりは、懐かしさを覚えている俺がいた。
「食事と飲み物もある程度、頼んでありますので。もし足りなかったら、勉強の合間にでも追加して下さい」
「ありがとうございます!」
席につき鞄から教材を出していたアリスさんはそれを聞いて一層、顔を明るくした。ぬか喜びさせて悪いが『飲み物』にアルコールは含まれていない。まあ彼女が注文してしまったら仕方ないが。
「あ、俺も本を出さなきゃ」
俺もそう言いながら、借りてきた例の本を取り出す。さあ、勉強会の開始だ!
「デイエルフの文学とドーンエルフの文学における最大の差異は一人称です。前期デイエルフ文学に『私たち』という言葉はありますが『私』という呼称は存在しません。『己』という意味で使われる『エルフ』という呼称が示すものを別表にまとめていますが……」
小一時間後。アリスさんの講義が最高に乗ってきた所で、俺は流石に口を挟んだ。
「アリス先生! ちょっとタイム!」
「はい? 何ですか? 控えを投入します?」
肉付きの良いドーンエルフはそう言いながらメニューを開いた。彼女の言う『控え』とは追加のメニューである。アリスさんは授業をしつつも俺が先にオーダーしていた料理をバクバクと平らげ、なるほどこの食欲で豊かな身体と教師業を行う体力を維持しているのだなあ、と俺を感心させていたのだ。
「いえ、そっちはアリス先生のご自由にして頂いて……。ちょっと講義の内容がですね」
俺は彼女が開いて見せたメニュー表を押し返し、代わりに授業のテキストの方を見せた。
「内容が?」
「ちょっと高度すぎるかな~と」
俺は負けを認めるようでシャクに思いつつも、正直な気持ちを述べた。
「高度、ですか?」
「ええ」
勉強会の出だしは、まだマシだった。予想通りエルフの建国神話――森で原始的な生活をしていたエルフが夜空の月を弓矢で居抜き、降り注いだ破片を浴びて知恵や魔法を会得したとかどうとか――から始まり、様々な氏族に別れていく昔話を紹介していく流れだったからだ。
だが途中から文化比較論や表現の移り変わりの話が入るようになり、やがて内容はより高度に、複雑になっていった。アリスさんの話を止める寸前に至っては、文化論の試験を受ける生徒の様な気分になっていたのだ。
「そこまで詳細じゃなくて良いんですよ。なんかこう、それぞれの時代の代表的な作品の表面的な部分を紹介していく、みたいな形で十分です」
俺は店に入った時に彼女を子供っぽい、と内心で評した事を恥じていた。いや、性格そのものの評価は変わらない。だが軽薄に見えてもアリスさんもやはり教師で、その分野の訓練を受けた専門家なのだ。
「あっ、そうでしたね! すみません、ついつい熱が入って」
アリスさんはそう言いながら廊下へ身を乗り出し、店員さんを呼ぶと身体を戻してこちらを見た。
「でもショーキチ先生も侮っていたでしょ? 子供相手の授業だろう、って?」
いつもはクリクリした大きな目をしているエルフは、目を細め睨むような顔でそう言った。くそ、見抜かれていたか。そしてもしかすると、それを見越して俺が凹むような内容にしていたのか。
「えと……はい。認めます、有罪です」
「ふふん、素直に認めてよろしい!」
アリスさんはその言葉を聞くと俺の頭をワシワシと撫でた。彼女に子供扱いされるとはなんたる屈辱……!
「じゃあショーキチ先生のリクエスト通りにレベルを下げますかー。そのテキストは返して貰って」
「いや、これはこれで」
俺はアリスさんが伸ばした手からブツを遠ざけて言う。
「個人で読み込んで、次までには理解できるようになってきます」
「ほっほう~。男の子だなあ」
そんな俺を見て彼女は嬉しそうに笑った。
「でも私はオトナの女なので、お酒を頼みますね!」
「……はい」
彼女がどんなに勝ち誇ろうと好き放題しようと仕方ない。今の俺は一本、取られた身だ。
「お待たせしました」
「あ、追加注文お願いしまーす!」
そこに店員さんが来て、アリスさんが嬉々としてお酒を頼む。それが届いたら今度は俺が彼女に授業する番だ。
何とか一本、取り返してやるぞ!
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜
mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!?
※スカトロ表現多数あり
※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります
ちょっとエッチな執事の体調管理
mm
ファンタジー
私は小川優。大学生になり上京して来て1ヶ月。今はバイトをしながら一人暮らしをしている。
住んでいるのはそこらへんのマンション。
変わりばえない生活に飽き飽きしている今日この頃である。
「はぁ…疲れた」
連勤のバイトを終え、独り言を呟きながらいつものようにマンションへ向かった。
(エレベーターのあるマンションに引っ越したい)
そう思いながらやっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の方へ目を向けると、そこには見知らぬ男がいた。
「優様、おかえりなさいませ。本日付けで雇われた、優様の執事でございます。」
「はい?どちら様で…?」
「私、優様の執事の佐川と申します。この度はお嬢様体験プランご当選おめでとうございます」
(あぁ…!)
今の今まで忘れていたが、2ヶ月ほど前に「お嬢様体験プラン」というのに応募していた。それは無料で自分だけの執事がつき、身の回りの世話をしてくれるという画期的なプランだった。執事を雇用する会社はまだ新米の執事に実際にお嬢様をつけ、3ヶ月無料でご奉仕しながら執事業を学ばせるのが目的のようだった。
「え、私当たったの?この私が?」
「さようでございます。本日から3ヶ月間よろしくお願い致します。」
尿・便表現あり
アダルトな表現あり
名前を書くとお漏らしさせることが出来るノートを拾ったのでイジメてくる女子に復讐します。ついでにアイドルとかも漏らさせてやりたい放題します
カルラ アンジェリ
ファンタジー
平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。
そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。
それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。
これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。
更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。
ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。
しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い……
これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる