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第三十二章
寄り道なき夜道
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「この後はどうする、ショー? 今回のオーダーとはまた違った感じのお店を、いくつか知ってるけど?」
ディノさんのバーを出ると、ツンカさんがさりげなくそう訪ねてきた。もともと店に入る前から想定されていた状況とはいえ、なかなかの難問であった。
「そうですね……」
ツンカさんはあくまでも好意で、俺を別の店へ誘っている。だがこれ以上の夜遊びを続けると明日の練習に差し障りがあるし、二人の関係性にだって悪影響を及ぼす。
かと言ってスワッグを帰らせてしまった以上、今からエルヴィレッジまで戻るのも困難だ。
「お申し出はありがたいですけど、夜更かしするのも良くないし。俺の知ってる宿へ向かってそこでさっさと寝ましょう」
「ええっ!?」
俺の言葉を聞いたツンカさんは大きく目を見開いて驚いた。その声が夜道に響く。というか夜の路上で出す声って、驚くほど広がるよね!
「ツンカさん、静かに! この先、高級住宅街ですから!」
「ソーリー! ちょっと急展開で……」
そんな会話をしながら、俺はその言葉に出した高級住宅街の方向へ彼女を誘う。
「(まさか、こんなに早くショーとベットインできるなんて……)」
「どうしました?」
「ドンウォリー! そこは遠いの?」
「いえ。少し歩きますけど、安心して寝られる事は保証します」
「ワォ。こんな所に……そんな場所が……」
ツンカさんは半信半疑、といった感じで周囲を見ながらついてきた。夜ではあるがドーンエルフの王都は魔法都市だ。魔力を込められた水晶が街路を照らし、歩くのにそれほど不安はない。すぐに貴族たちの居住区のど真ん中まで辿り着く。
「ツンカさんはこの方面にはあまり来ませんか?」
「うん。だってここ、セレブの住む所でしょ?」
彼女の返答に、俺は思わず微笑む。セレブかー確かにそうだよな。
「そうですね。ただセレブも同じ人間、じゃないやエルフですよ。付き合ってみれば割と普通だし」
それから俺は、この付近について知っている事を幾つかツンカさんへ教えた。と言っても住居探しや買い物で何度か訪れただけなんだが。
「そうか、ショーって偉いもんね。セレブのお嬢さんなんかとも付き合いあるんだ」
そう言われてみると悪い気はしない。一国の代表監督ともなれば一応、有名人で社会的ステータスもそこそこある。地球でも大使館のパーティーや文化人の集いに呼ばれたりするくらいだ。
余談だがトルシエ監督がフランスでそういう会に呼ばれた時、自分よりも通訳のフローラン・ダバディ氏が人気で臍を曲げてしまった、という噂がある。それもその筈、ダバディ氏の父は国民的作家で母は貴族の子孫。つまりセレブ達にとって彼は昔から知る、知人の息子さんなのだ。
「あらまあフローラン、大きくなって!」
みたいなものなのだ。仕方ないだろう。
まあ、自分はセレブのお嬢さんなんて殆ど知らないけどな!
「偉くはないですけど、多方面とのお付き合いは必須ですね」
しかし異世界に来てまだ一年足らず、ずっと誰かに案内される側だったのでする側になれるのは楽しい。俺は多少、見栄を張りながらそう言った。
「その、今から行く宿ってセレブの使う所でしょ? 何か作法ある?」
そんな俺を更に喜ばせる質問をツンカさんはしてきた。ギャルとセレブ階級の生活、確かにミスマッチだもんな。不安だろう。
「いや、別に。俺に任せてくれれば大丈夫ですよ」
「ショーがリードしてくれるんだ! 嬉しい!」
俺の回答を聞いて、ずっと不安げだったエルフが笑顔を見せる。良かった、緊張も解けたようだ。
「そこ、最近も使ったの? 誰かエスコートした?」
緊張が解けただけでなく、更に踏み込んできた。良い傾向だ。
「最近? エスコート?」
しかしそういう聞かれ方をすると悩む。何故なら……これから向かう先は王城なのだ。
「あ、でもそう言えば……」
俺たちが借りる予定の『宿』とは王城の来客用の部屋だ。最近で言えば死体解剖で気分が悪くなったナリンさんを休ませて貰った事がある。つまり……
「割と最近、ナリンさんがその部屋を使いました」
「ナリンと!?」
デイエルフは驚いて再び大声を出し、俺は慌てて
「(静かに!)」
とのジェスチャーを送った。
「ソーリー! でもサプライズで……」
「ええ、公表してませんから」
彼女が知らないのは当然だ。というか解剖及びその経緯はごく少数にしか伝わってない。あまり広まっても良くないので釘を刺しておこう。
「くれぐれも、秘密にしておいて下さいね! ツンカさんを信じていますから」
「分かった。でもショーって意外とバッドボーイなんだね」
期待通り、彼女は沈黙を約束してくれた。しかし予想と違う返事もしてきた。
「バッドボーイ!? 俺がですか?」
どの部分がバッドなんだ? 可能性があるとすればアレか、王城という公的施設を無料宿泊所みたいに使おうとしている所か?
「それは心外だなあ。元はと言えばダリオさんが用意してくれた部屋なんですが」
「ええっ!? ダリオ姫が!?」
三度、ツンカさんが大声を出した。
「(ツンカさん!)」
「ソーリー! ソーソーリ! でもビックサプライズで……」
彼女はその豊かな胸に手を当てて息を整える。そして
「メイビーだけど、ダリオ姫もそこで寝た事が……」
と訊ねてきた。
「そりゃありますよ」
ダリオさんにとってそこは自分の家? 城? なんだし。
「……ふう。オーケー。アンダスタンド」
流石にそこでツンカさんは叫ばなかった。何をアンダスタンド、理解したのかは知らんが。
「もう少しで着きます。そこでは静かに、ね?」
俺はそう言って歩みを早めた。
ディノさんのバーを出ると、ツンカさんがさりげなくそう訪ねてきた。もともと店に入る前から想定されていた状況とはいえ、なかなかの難問であった。
「そうですね……」
ツンカさんはあくまでも好意で、俺を別の店へ誘っている。だがこれ以上の夜遊びを続けると明日の練習に差し障りがあるし、二人の関係性にだって悪影響を及ぼす。
かと言ってスワッグを帰らせてしまった以上、今からエルヴィレッジまで戻るのも困難だ。
「お申し出はありがたいですけど、夜更かしするのも良くないし。俺の知ってる宿へ向かってそこでさっさと寝ましょう」
「ええっ!?」
俺の言葉を聞いたツンカさんは大きく目を見開いて驚いた。その声が夜道に響く。というか夜の路上で出す声って、驚くほど広がるよね!
「ツンカさん、静かに! この先、高級住宅街ですから!」
「ソーリー! ちょっと急展開で……」
そんな会話をしながら、俺はその言葉に出した高級住宅街の方向へ彼女を誘う。
「(まさか、こんなに早くショーとベットインできるなんて……)」
「どうしました?」
「ドンウォリー! そこは遠いの?」
「いえ。少し歩きますけど、安心して寝られる事は保証します」
「ワォ。こんな所に……そんな場所が……」
ツンカさんは半信半疑、といった感じで周囲を見ながらついてきた。夜ではあるがドーンエルフの王都は魔法都市だ。魔力を込められた水晶が街路を照らし、歩くのにそれほど不安はない。すぐに貴族たちの居住区のど真ん中まで辿り着く。
「ツンカさんはこの方面にはあまり来ませんか?」
「うん。だってここ、セレブの住む所でしょ?」
彼女の返答に、俺は思わず微笑む。セレブかー確かにそうだよな。
「そうですね。ただセレブも同じ人間、じゃないやエルフですよ。付き合ってみれば割と普通だし」
それから俺は、この付近について知っている事を幾つかツンカさんへ教えた。と言っても住居探しや買い物で何度か訪れただけなんだが。
「そうか、ショーって偉いもんね。セレブのお嬢さんなんかとも付き合いあるんだ」
そう言われてみると悪い気はしない。一国の代表監督ともなれば一応、有名人で社会的ステータスもそこそこある。地球でも大使館のパーティーや文化人の集いに呼ばれたりするくらいだ。
余談だがトルシエ監督がフランスでそういう会に呼ばれた時、自分よりも通訳のフローラン・ダバディ氏が人気で臍を曲げてしまった、という噂がある。それもその筈、ダバディ氏の父は国民的作家で母は貴族の子孫。つまりセレブ達にとって彼は昔から知る、知人の息子さんなのだ。
「あらまあフローラン、大きくなって!」
みたいなものなのだ。仕方ないだろう。
まあ、自分はセレブのお嬢さんなんて殆ど知らないけどな!
「偉くはないですけど、多方面とのお付き合いは必須ですね」
しかし異世界に来てまだ一年足らず、ずっと誰かに案内される側だったのでする側になれるのは楽しい。俺は多少、見栄を張りながらそう言った。
「その、今から行く宿ってセレブの使う所でしょ? 何か作法ある?」
そんな俺を更に喜ばせる質問をツンカさんはしてきた。ギャルとセレブ階級の生活、確かにミスマッチだもんな。不安だろう。
「いや、別に。俺に任せてくれれば大丈夫ですよ」
「ショーがリードしてくれるんだ! 嬉しい!」
俺の回答を聞いて、ずっと不安げだったエルフが笑顔を見せる。良かった、緊張も解けたようだ。
「そこ、最近も使ったの? 誰かエスコートした?」
緊張が解けただけでなく、更に踏み込んできた。良い傾向だ。
「最近? エスコート?」
しかしそういう聞かれ方をすると悩む。何故なら……これから向かう先は王城なのだ。
「あ、でもそう言えば……」
俺たちが借りる予定の『宿』とは王城の来客用の部屋だ。最近で言えば死体解剖で気分が悪くなったナリンさんを休ませて貰った事がある。つまり……
「割と最近、ナリンさんがその部屋を使いました」
「ナリンと!?」
デイエルフは驚いて再び大声を出し、俺は慌てて
「(静かに!)」
とのジェスチャーを送った。
「ソーリー! でもサプライズで……」
「ええ、公表してませんから」
彼女が知らないのは当然だ。というか解剖及びその経緯はごく少数にしか伝わってない。あまり広まっても良くないので釘を刺しておこう。
「くれぐれも、秘密にしておいて下さいね! ツンカさんを信じていますから」
「分かった。でもショーって意外とバッドボーイなんだね」
期待通り、彼女は沈黙を約束してくれた。しかし予想と違う返事もしてきた。
「バッドボーイ!? 俺がですか?」
どの部分がバッドなんだ? 可能性があるとすればアレか、王城という公的施設を無料宿泊所みたいに使おうとしている所か?
「それは心外だなあ。元はと言えばダリオさんが用意してくれた部屋なんですが」
「ええっ!? ダリオ姫が!?」
三度、ツンカさんが大声を出した。
「(ツンカさん!)」
「ソーリー! ソーソーリ! でもビックサプライズで……」
彼女はその豊かな胸に手を当てて息を整える。そして
「メイビーだけど、ダリオ姫もそこで寝た事が……」
と訊ねてきた。
「そりゃありますよ」
ダリオさんにとってそこは自分の家? 城? なんだし。
「……ふう。オーケー。アンダスタンド」
流石にそこでツンカさんは叫ばなかった。何をアンダスタンド、理解したのかは知らんが。
「もう少しで着きます。そこでは静かに、ね?」
俺はそう言って歩みを早めた。
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