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第三十二章

あざとテクニック

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 俗に
「完全個室、飲み放題、肉寿司」
と挙げられるキーワードがある。他にも創作料理、無国籍、バルといった言葉もあるが、これらは一般的に言われる飲み会で使ってはイケナイ、地雷の居酒屋の特色だ。俺も大学生の時――もちろん学生生活の後半、20歳を過ぎてから……という事にしておく――や若手社員時代に忘年会の幹事をした事があり、その手の特色を打ち出している店を選ばないよう先輩にきつく厳命されていた。
 その夜、ツンカさんが俺を連れて行った店にはそういう要素がかなり含まれていた。まあ流石に肉寿司はない。しかし異世界であるここはバル、つまり西洋風居酒屋は標準装備であるし、国籍も不明だ。更にツンカさんが気前よく奢ると宣言した事によって事実上、飲み放題。そして個室なのはもともと俺の要望通りである。そういった店へ入るのは避けようのない運命だったのだ。酒だけにね!
 ……などと言っている場合ではない。が、そうでも言わないとやってられない場合でもあった。

「ショー、遠慮してる? もっとオーダーして!」
「いや、もう十分ですって! それにもともと監督が選手に酒をたかるのも、気が引けるって言うか……」
 俺はそう言いながら、コップの口を手で塞いでピッチャーからビール的なモノを注ごうとするツンカさんの攻撃を防いだ。
「ノープロブレム! ここはツンカの友達がやってる店だから、安くしてくれるし!」
 ツンカさんはそう微笑んで店の内部へ手をさっと振った。今いるここは俺のオーダー通り、あまり賑やか過ぎずテーブルも広い落ち着いた店である。もちろん個室で他者からの視線を遮る壁が――前述のいけてない地球の居酒屋だと個室と言いつつカーテンで仕切られただけだったりする――あり、穏やかな間接照明がセンスの良い内装を照らしている。
「あ、だからさっき店長らしき男性と話していたんですね」
 俺は先ほどの光景を思い出して言った。なにせ店に入るなりツンカさんは店員さんに手を振って奥へ入り、勝手にこのブースに座ったのだ。店員さんもそれを咎めるでもなく笑顔で会釈すると、やがて厨房から長髪をポニーテールにしてお洒落髭を生やしたエルフ男性が現れ――余談だが洒落た居酒屋やカフェの店長って浦和レッズにいた鈴木啓太選手風のイケメンが多いよな!――彼女とハグをした。それから何言か話し、特に注文した訳でもなさそうなのに酒と料理が運ばれてきた。
 という事を思い出せば、説明されるまでもなくツンカさんと店長は知り合いだと分かるだろう。そもそも彼女の実家はルーク聖林で食堂を営んでいたし、その関係で飲食業の知り合いが多いのも想像がつくところだ。
「イエス! ああ見えてディノは義理堅いから、見た事を言いふらしたりしないし」
 ツンカさんはそう言ってからディノさんについて楽しそうに語り出した。楽しそうに、という所がポイントその1。話す合間にチラチラとこちらの様子を伺っているのがポイントその2だ。
 何のポイントか? 簡単に言えば、こちらを嫉妬させようとしているのだ。
「ディノってああ見えて、ソフトマッチョなの! 前に上の服をオープンして見せてくれて……」
 続きを語る前にポイントその3、肉体的距離のアピールもきた。それで俺はほぼ確信する。落としたい男性の前で、敢えて他の男性と親しいアピールをして嫉妬をかきたて、自分への想いを強くさせる。あざとくも可愛い手段だ。遊び慣れしたツンカさんらしいとも言える。
 因みに女性経験の少ない俺が何故そんなテクニックを知っているかと言うと、職場の女性パートさんたちがそんな事を語っていたからである。元をただせばタレント田中みな実さん――因みにサッカー選手の方は田中美南さんで、こちらはたなかみな、と読む――のやってた手法らしいが。
 まあそれはどうでも良い。目下の問題はツンカさんがそんな手まで使って俺を狙っているということ、それとこのお店がアリス先生との勉強会の場所に相応しいか? ということである。
「なるほど! 良い男性みたいですね! そういう方なら俺も個人的に友人になって通いたいなあ。勉強メインだとあまり注文できないから良い客とは言えないし、別の機会にもまめに来て売り上げに貢献しないとだし」 
 彼女の話が途切れたタイミングで、俺はそう口にした。
「え? いや、ショーはそんなことケアしなくても……」
「いえいえ。ツンカさんの大事なお知り合いだし、無碍にはできないですよ。正直、勉強会の会場としても文句ないですから、もうここで即決して今からお願いに行こうかと」
 続けて言った事は本心である。今まで何度か強調してきた通り、選手の家族や交友関係を把握し自分もそれと良好な関係を保つ、というのは監督の重要な仕事の一つだ。これを切っ掛けにディノさんと昵懇の仲になっておくのも悪いことではないだろう。
 また勉強環境としても悪くない。店内はほの暗く、調度品も落ち着いて気が散らない。まあエルフならぬ人間の身にはやや文字が見えにくいかもしれないが、そこは手持ちのロウソクやランタンを用意しよう。
「そう……なんだ……。ううん、ショーとディノが仲良くなるのはハッピーだよ! じゃあ今度も一緒に来ようね!」
 俺の言葉を聞いて少し暗い顔になったツンカさんは、しかし努力して表情を明るくしてそう言った。自惚れでなければ俺があまりディノさんを妬まず、しかも会場探しが早々に終わってしまう事に落ち込んだのだろう。 何だか……ゴメンよ。
「ええ、是非とも一緒に来ましょう! でもその時はもう、空路はゴメンです。次は俺の船できましょう」
 俺は自慢のスーパーカーで女の子をひっかけるナンパ男の様に車の鍵を……見せびらかす事はできないので、親指を外へ向けた。別に、表に止めてあったりはしないけど。
「ショーのプライベートシップ? あのたくさんのガールを連れ込んだっていう曰く付きの!? ヤラシー!」
「連れ込んでないわ! それにやらしーことするスペースないし!」
 ツンカさんが嬉しそうにそうからかい、俺は思わず関西弁で突っ込む。良かった、ちょっと機嫌が直ったようだ。ありがとうディードリット号!
「じゃあ、ミッションはコンプリートだね!」
 と、いうことでそれからしばらく何気ないことを談笑し酒を飲んで、俺たちは店を後にすることにした。
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