575 / 651
第三十二章
誰の店へ行く?
しおりを挟む
「ティアさんかツンカさんなら、邪魔が入らない個室居酒屋とか知ってるかも!?」
まずそう助言してくれたのはユイノさんだった。以前に言及した通りアローズの中には複数の派閥があり、この大らかなGKが所属するのは若手グループである。一方、ティアさんツンカはそれと別の『少しお姉さん』という集団の所属になるが、若手との交流は盛んな方であった。
ベテランに聞くには真面目さに欠けるが自分たちの知識では及ばない範囲、まあぶっちゃけ少し大人のお店とか恋愛について聞く対象として、彼女らはまあまあ適任だと言えよう。
で、ユイノさんの推薦を聞いた俺はごく自然にティアさんを除外し――ノートリアスの件で立証済みな通り、彼女が得意とするのはバカ騒ぎ向けの店であり今回にはふさわしくない――ツンカさんに聞いてみる事にしたのだ。そして彼女を探してトレーニングルームで見つけ訊ねてみて……と。いやここまでは良かった。問題はその後だ。
そこから話がトントン拍子に進み、
「それならこれからスワッグに乗ってその店の下見へ行こう!」
という話になってしまったのだ。
別に急ぐ案件でもないし店の情報だけ聞いて、後日おれ一人で船に乗って見に行けば済む話である。しかしツンカさんが嬉しそうにシャワールームへ消え、俺には呼び止める隙も外から話しかける度胸もなかった。
「ショーキチ。ツンカはもうその気ぴよ? ここで辞めたら男がすたるぴい! たしか『据え膳喰わぬは男のゲオルゲ』だぴい?」
そしてスワッグもそう行って追撃してきた。もちろん俺は
「それを言うなら『男の恥』だよ! 何で東欧のマラドーナ、ゲオルゲ・ハジ選手のファーストネーム知ってんだよ!」
と突っ込んだが、そのせいで話の流れを止めるタイミングを失ってしまった。まあ実際、ツンカさんとは健全なデートをする約束もあったし、それを果たす事になるか……という諦めもあった。
しかし、こんな怖い思いをするなら、やっぱり無理矢理にでも後日という事にするべきだったな……。
スワッグが美しい旋回でもって着陸を行い、恐怖のフライトは終わりを告げた。降りたのは運河のほとりで、等間隔に並んで座るカップルの間の良い感じのポイントだった。
「うわ、鴨川と一緒だ……」
「鴨!? どこだぴよ? 俺には見当たらないぴい!」
鳥の事にはウルサいスワッグが俺の言葉を誤解して騒ぐ。ムードを壊しやがって迷惑な奴らだな! という視線がこちらへ集まり、俺は慌ててグリフォンの嘴を塞いだ。
「しーっ、スワッグ! 俺が言ったのは川の名前! 京都市にある鴨川の河原では、カップルがこんな風に間を開けて座るので有名なんだ!」
俺は余所では知らないが関西では割と有名な逸話を添えて説明する。何せ実験のテーマになったり歌のタイトルにもなっているくらいだ。二人の世界に浸りつつ寂しくならない絶妙な距離感を自然と選んでいるとかなんとか? しらんけど!
「そうなのかぴよ?」
「じゃあ、ショー? 私たちは……あの辺りにシッダウンする?」
俺たちの話を聞いたツンカさんが俺の腕を胸に挟み、端のカップルから距離を置いた付近を指さす。ちなみに今はトレーニング中に着ていたのと同じ形の服の上に、黒いキャミソール風のドレスをつけている。もしこの黒キャミだけなら凄い露出度だが、下のトレーニングウェアがなんとかそれを和らげスポーティーに見せている。
「(うわ、エロ……)」
それでもやはり色気は凄く、何組かのカップルの男性はパートナーに白い目を向けられるのも気にせずツンカさんを目で追っていた。いや君ら、後で怖いぞ?
「いや、ツンカさん近いですって!」
俺はそう言って彼女の胸から俺の腕を救出した。ちなみに近いとは隣の組との距離ではなく、俺と彼女の意味だ。
「あと座ってる暇もありません! 例のお店の偵察をしないと」
そして腕時計を叩くジェスチャーをしかけて辞める。もちろん、通じないからだ。代わりに空を指さして、日がかなり暮れているのを伝えた。
「それもそうね! じゃあスワッグ、シーユー!」
それを見たツンカさんは俺に倣うように空を指し、スワッグに言った。
「え? いや、スワッグには待ってて貰わないと……」
「今日の帰りはメイビー遅くなるかも……ううん、遅くなる」
「了解だぴい!」
スワッグはツンカさんの言葉に頷くと、ゆっくりと羽ばたきを始めた。
「ちょっとスワッグ! 帰りの足というか羽根がないと困るよ!」
俺は慌てて彼の首に腕を回し引き留める。この動きはテイクダウンからの脱出で散々、練習したぞ! レイさんとの備品倉庫の件、参照な!
「羽根がなければ泊まればよいぴよ? 5番街の宿がおすすめぴい!」
「『パンがなければケーキを食べれば良い』じゃないんだよ! どこのマリーだ? はっ!? さては『5番街のマリー』って言いたいのか!?」
スワッグがペドロ&カプリシャスの名曲にかけているのに気づき、俺は思わず突っ込んだ。ちなみにペドロ&カプリシャスとはそういう名前のサッカー選手のコンビではなく、昔の日本のバンド名である。
「行ったのなら後で聞かせて欲しいぴいー!」
そんな突っ込みで産まれた隙を突いて、スワッグはテイクオフしてしまった。もちろん俺にしがみ続ける度胸は無く、まだ受け身をとれる間に腕を放す。
「大丈夫、ショー?」
「え? あ、ええ……」
着地した俺にツンカさんが心配そうに問い、俺は呆然と空を見上げながら答えた。
「じゃあ、行こうか! お店、ニアなようでファーだから……」
それを聞いたデイエルフは再び腕を抱えて歩き出す。俺はそれ以上、抵抗する気力もなく、やや不穏な空気になっている何組かのカップルの横を通ってその場を去った……。
まずそう助言してくれたのはユイノさんだった。以前に言及した通りアローズの中には複数の派閥があり、この大らかなGKが所属するのは若手グループである。一方、ティアさんツンカはそれと別の『少しお姉さん』という集団の所属になるが、若手との交流は盛んな方であった。
ベテランに聞くには真面目さに欠けるが自分たちの知識では及ばない範囲、まあぶっちゃけ少し大人のお店とか恋愛について聞く対象として、彼女らはまあまあ適任だと言えよう。
で、ユイノさんの推薦を聞いた俺はごく自然にティアさんを除外し――ノートリアスの件で立証済みな通り、彼女が得意とするのはバカ騒ぎ向けの店であり今回にはふさわしくない――ツンカさんに聞いてみる事にしたのだ。そして彼女を探してトレーニングルームで見つけ訊ねてみて……と。いやここまでは良かった。問題はその後だ。
そこから話がトントン拍子に進み、
「それならこれからスワッグに乗ってその店の下見へ行こう!」
という話になってしまったのだ。
別に急ぐ案件でもないし店の情報だけ聞いて、後日おれ一人で船に乗って見に行けば済む話である。しかしツンカさんが嬉しそうにシャワールームへ消え、俺には呼び止める隙も外から話しかける度胸もなかった。
「ショーキチ。ツンカはもうその気ぴよ? ここで辞めたら男がすたるぴい! たしか『据え膳喰わぬは男のゲオルゲ』だぴい?」
そしてスワッグもそう行って追撃してきた。もちろん俺は
「それを言うなら『男の恥』だよ! 何で東欧のマラドーナ、ゲオルゲ・ハジ選手のファーストネーム知ってんだよ!」
と突っ込んだが、そのせいで話の流れを止めるタイミングを失ってしまった。まあ実際、ツンカさんとは健全なデートをする約束もあったし、それを果たす事になるか……という諦めもあった。
しかし、こんな怖い思いをするなら、やっぱり無理矢理にでも後日という事にするべきだったな……。
スワッグが美しい旋回でもって着陸を行い、恐怖のフライトは終わりを告げた。降りたのは運河のほとりで、等間隔に並んで座るカップルの間の良い感じのポイントだった。
「うわ、鴨川と一緒だ……」
「鴨!? どこだぴよ? 俺には見当たらないぴい!」
鳥の事にはウルサいスワッグが俺の言葉を誤解して騒ぐ。ムードを壊しやがって迷惑な奴らだな! という視線がこちらへ集まり、俺は慌ててグリフォンの嘴を塞いだ。
「しーっ、スワッグ! 俺が言ったのは川の名前! 京都市にある鴨川の河原では、カップルがこんな風に間を開けて座るので有名なんだ!」
俺は余所では知らないが関西では割と有名な逸話を添えて説明する。何せ実験のテーマになったり歌のタイトルにもなっているくらいだ。二人の世界に浸りつつ寂しくならない絶妙な距離感を自然と選んでいるとかなんとか? しらんけど!
「そうなのかぴよ?」
「じゃあ、ショー? 私たちは……あの辺りにシッダウンする?」
俺たちの話を聞いたツンカさんが俺の腕を胸に挟み、端のカップルから距離を置いた付近を指さす。ちなみに今はトレーニング中に着ていたのと同じ形の服の上に、黒いキャミソール風のドレスをつけている。もしこの黒キャミだけなら凄い露出度だが、下のトレーニングウェアがなんとかそれを和らげスポーティーに見せている。
「(うわ、エロ……)」
それでもやはり色気は凄く、何組かのカップルの男性はパートナーに白い目を向けられるのも気にせずツンカさんを目で追っていた。いや君ら、後で怖いぞ?
「いや、ツンカさん近いですって!」
俺はそう言って彼女の胸から俺の腕を救出した。ちなみに近いとは隣の組との距離ではなく、俺と彼女の意味だ。
「あと座ってる暇もありません! 例のお店の偵察をしないと」
そして腕時計を叩くジェスチャーをしかけて辞める。もちろん、通じないからだ。代わりに空を指さして、日がかなり暮れているのを伝えた。
「それもそうね! じゃあスワッグ、シーユー!」
それを見たツンカさんは俺に倣うように空を指し、スワッグに言った。
「え? いや、スワッグには待ってて貰わないと……」
「今日の帰りはメイビー遅くなるかも……ううん、遅くなる」
「了解だぴい!」
スワッグはツンカさんの言葉に頷くと、ゆっくりと羽ばたきを始めた。
「ちょっとスワッグ! 帰りの足というか羽根がないと困るよ!」
俺は慌てて彼の首に腕を回し引き留める。この動きはテイクダウンからの脱出で散々、練習したぞ! レイさんとの備品倉庫の件、参照な!
「羽根がなければ泊まればよいぴよ? 5番街の宿がおすすめぴい!」
「『パンがなければケーキを食べれば良い』じゃないんだよ! どこのマリーだ? はっ!? さては『5番街のマリー』って言いたいのか!?」
スワッグがペドロ&カプリシャスの名曲にかけているのに気づき、俺は思わず突っ込んだ。ちなみにペドロ&カプリシャスとはそういう名前のサッカー選手のコンビではなく、昔の日本のバンド名である。
「行ったのなら後で聞かせて欲しいぴいー!」
そんな突っ込みで産まれた隙を突いて、スワッグはテイクオフしてしまった。もちろん俺にしがみ続ける度胸は無く、まだ受け身をとれる間に腕を放す。
「大丈夫、ショー?」
「え? あ、ええ……」
着地した俺にツンカさんが心配そうに問い、俺は呆然と空を見上げながら答えた。
「じゃあ、行こうか! お店、ニアなようでファーだから……」
それを聞いたデイエルフは再び腕を抱えて歩き出す。俺はそれ以上、抵抗する気力もなく、やや不穏な空気になっている何組かのカップルの横を通ってその場を去った……。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる