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第三十二章
善戦と先生の準備
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翌日。今日はコンディション調整の日だ。ノートリアス戦に出た選手と出なかった選手によって体調はもちろん違い、課される練習のメニューも違う。とは言え軍隊チームとの試合はホームで出場選手も若手が多い。それほど差のないトレーニングを、皆が順調にこなしていった。
「あまり上げ過ぎず、かといって落ち着かせない、か」
俺のオーダーを聞いたザックコーチが、練習する選手たちを見ながら苦笑いをした。
「すみません、無茶を言って」
「いや、分かるさ。ミノタウロス戦とドワーフ戦はそれだけハードだからな」
元監督はそう言って顔を掻く。フェリダエ戦を捨てる、と言うのをナリンさん以外のコーチへ説明するにあたって俺はそういう方向で話を進めていた。
「そう」とはつまり前所属チーム、ザックコーチにとってのミノタウロスチーム、ジノリコーチにとってのドワーフチームとの対戦を重視したい、その為ならフェリダエ戦の扱いが軽くなっても構わない、という意味だ。
彼と彼女にとって古巣との対戦は思い入れが強く、その反動としてフェリダエ戦への意気込みは弱い。その弱い、というのが『負けても良い』までではないとしても、結果としてはたぶん同じだろう。それでも『最初から負けるつもりでいきましょう』と言うのと『後の2戦を最優先で行きましょう』と言うのではそれぞれ飲み込み易さが違う。両者は俺の提案をすんなりと受け入れた。
ちなみに後の2名あるいは3名、ニャイアーコーチとアカリさんサオリさんにはそんな気遣いは不要だった。フェリダエ代表チームの元GKコーチは今でも猫人族の強さに誇りを持っており、分析担当のゴルルグ族にとって彼我の戦力差は自明の理であった。逆に彼女らにはその類の事は言わなかった。
ただ一言
「ボナザさんを最高の状態にしておいて下さい」
とだけ伝えた。フェリダエ戦は確実に、GKが大忙しになりそうだからだ。
「へーポリンちゃんとビーン君、一緒に委員会の仕事してんだ」
その日の夕方。俺は全体トレーニングとは別に居残りでFK練習をしていたポリンさん、ボナザさん、ユイノさんの会話に加わっていた。
「うん、優しく色々と教えてくれるよ! それに腕力もあって、力仕事も率先してやってくれるし!」
今は休憩時間であり俺たちは直接、芝生に座って世間話をしている。用事で中座したニャイアーコーチが帰って来るまでの暇つぶしだ。ちなみに会話に出てきたビーン君とはボナザさんの息子さんである。ユイノさんがGKへ転向した事を、俺から母親へのダメ出しだと勘違いして憤っていた例のあの子だ。
「アイツで良かったらなんなりと使ってやってくれよ」
ボナザさんはその精悍な顔の表情を緩めて言う。ビーン君の母親譲りの長身と身体能力を考えれば、そりゃ確かに頼りになるだろうな。
「ねえねえ、ビーン君ってポリンちゃんより少し先輩だよね? 結構トキメクものがあるんじゃない?」
そこへラブコメの気配を感じてユイノさんが割り込んできた。この居残り特訓でもポリンさんにFKをバシバシと決められているが、少しもへこんでいない。良い根性だ。
「えっ!? ううん、ビーン君は格好良くてモテるけど私あまりそういう方面に興味は……」
一方、FKの名手はその言葉に赤面し言葉を濁した。今は完全に攻守が逆である。
「こらこらユイノ! 今のはポリンに言わせた感じだぞ! 確かにウチの息子は私から見てもイケてる方だと思うが、ポリンにはポリンの好みがあるからな」
それを見てボナザさんが助け船を出す。うーん、優しい世界だ。これが関西のオカンだと
「はあ? ウチのボンクラに惚れるトコなんかあるかいな」
とかみたいなノリになるところだ。まあアレはアレで愛だけど。
「あわわ、ごめーん! それに好みで言えば、ポリンちゃんは……ね?」
ユイノさんはそう言って謝りながら、チラチラと俺の方を見る。なんだ? 俺からも謝って欲しいのか? まあ選手のミスで試合に負けても、監督は
「自分の責任だ」
って言わないといけないポジションだしなあ。
「ごめんね、ポリンさん。でも選手と選手が家族ぐるみで仲良くしてくれていると、俺も嬉しくはなるよ」
「うん! これからも節度をもって仲良くするよ! ……ところでショーキチお兄ちゃん、アリス先生に何か用事があるんだよね?」
俺の言葉を聞いたポリンさんは明るく頷き、ふと思い出したように言った。
「あ、そうだ! アリス先生と約束した相互学習の準備ができたんだけど、何時やりましょう? って伝言してくれるかい?」
俺は恋愛脳のユイノさんに邪推されないよう、学習を強調して言った。
「りょーかい! あと場所はどうするつもりなの?」
「え? 場所? あ、そっか。ちゃんとは決めてなかったな」
前に考えたのは俺の船、ディードリット号の上だった。それぞれの活動拠点は学院やクラブハウスではあるが、そこを私用で使用するのもあまり良くない気がするし、かと言ってどちらかの家というのも問題あるし。
「えーっと、俺の船の上の予定だけど」
「そうなの? でもアリス先生、船酔いするタイプだよ?」
俺の返答を聞いたポリンさんが心配そうに告げる。おっと、それは貴重な新情報だ。
「マジかー。しまったそうなると手札がない。誰か勉強に使えるような施設、知りませんか?」
悲しいかなこちらの行動範囲はクラブハウス、湖、王城だ。俺は助けを求めるように彼女らを見渡したが、普通に考えて主婦と学生と恋愛に憧れるが行動はしていないエルフに頼れる訳もなかった。
「施設……そう言えば!」
しかし、最後にはユイノさんが声を上げた。それから彼女が出した提案は、意外な事にかなり有用に思えるものだった。
「あまり上げ過ぎず、かといって落ち着かせない、か」
俺のオーダーを聞いたザックコーチが、練習する選手たちを見ながら苦笑いをした。
「すみません、無茶を言って」
「いや、分かるさ。ミノタウロス戦とドワーフ戦はそれだけハードだからな」
元監督はそう言って顔を掻く。フェリダエ戦を捨てる、と言うのをナリンさん以外のコーチへ説明するにあたって俺はそういう方向で話を進めていた。
「そう」とはつまり前所属チーム、ザックコーチにとってのミノタウロスチーム、ジノリコーチにとってのドワーフチームとの対戦を重視したい、その為ならフェリダエ戦の扱いが軽くなっても構わない、という意味だ。
彼と彼女にとって古巣との対戦は思い入れが強く、その反動としてフェリダエ戦への意気込みは弱い。その弱い、というのが『負けても良い』までではないとしても、結果としてはたぶん同じだろう。それでも『最初から負けるつもりでいきましょう』と言うのと『後の2戦を最優先で行きましょう』と言うのではそれぞれ飲み込み易さが違う。両者は俺の提案をすんなりと受け入れた。
ちなみに後の2名あるいは3名、ニャイアーコーチとアカリさんサオリさんにはそんな気遣いは不要だった。フェリダエ代表チームの元GKコーチは今でも猫人族の強さに誇りを持っており、分析担当のゴルルグ族にとって彼我の戦力差は自明の理であった。逆に彼女らにはその類の事は言わなかった。
ただ一言
「ボナザさんを最高の状態にしておいて下さい」
とだけ伝えた。フェリダエ戦は確実に、GKが大忙しになりそうだからだ。
「へーポリンちゃんとビーン君、一緒に委員会の仕事してんだ」
その日の夕方。俺は全体トレーニングとは別に居残りでFK練習をしていたポリンさん、ボナザさん、ユイノさんの会話に加わっていた。
「うん、優しく色々と教えてくれるよ! それに腕力もあって、力仕事も率先してやってくれるし!」
今は休憩時間であり俺たちは直接、芝生に座って世間話をしている。用事で中座したニャイアーコーチが帰って来るまでの暇つぶしだ。ちなみに会話に出てきたビーン君とはボナザさんの息子さんである。ユイノさんがGKへ転向した事を、俺から母親へのダメ出しだと勘違いして憤っていた例のあの子だ。
「アイツで良かったらなんなりと使ってやってくれよ」
ボナザさんはその精悍な顔の表情を緩めて言う。ビーン君の母親譲りの長身と身体能力を考えれば、そりゃ確かに頼りになるだろうな。
「ねえねえ、ビーン君ってポリンちゃんより少し先輩だよね? 結構トキメクものがあるんじゃない?」
そこへラブコメの気配を感じてユイノさんが割り込んできた。この居残り特訓でもポリンさんにFKをバシバシと決められているが、少しもへこんでいない。良い根性だ。
「えっ!? ううん、ビーン君は格好良くてモテるけど私あまりそういう方面に興味は……」
一方、FKの名手はその言葉に赤面し言葉を濁した。今は完全に攻守が逆である。
「こらこらユイノ! 今のはポリンに言わせた感じだぞ! 確かにウチの息子は私から見てもイケてる方だと思うが、ポリンにはポリンの好みがあるからな」
それを見てボナザさんが助け船を出す。うーん、優しい世界だ。これが関西のオカンだと
「はあ? ウチのボンクラに惚れるトコなんかあるかいな」
とかみたいなノリになるところだ。まあアレはアレで愛だけど。
「あわわ、ごめーん! それに好みで言えば、ポリンちゃんは……ね?」
ユイノさんはそう言って謝りながら、チラチラと俺の方を見る。なんだ? 俺からも謝って欲しいのか? まあ選手のミスで試合に負けても、監督は
「自分の責任だ」
って言わないといけないポジションだしなあ。
「ごめんね、ポリンさん。でも選手と選手が家族ぐるみで仲良くしてくれていると、俺も嬉しくはなるよ」
「うん! これからも節度をもって仲良くするよ! ……ところでショーキチお兄ちゃん、アリス先生に何か用事があるんだよね?」
俺の言葉を聞いたポリンさんは明るく頷き、ふと思い出したように言った。
「あ、そうだ! アリス先生と約束した相互学習の準備ができたんだけど、何時やりましょう? って伝言してくれるかい?」
俺は恋愛脳のユイノさんに邪推されないよう、学習を強調して言った。
「りょーかい! あと場所はどうするつもりなの?」
「え? 場所? あ、そっか。ちゃんとは決めてなかったな」
前に考えたのは俺の船、ディードリット号の上だった。それぞれの活動拠点は学院やクラブハウスではあるが、そこを私用で使用するのもあまり良くない気がするし、かと言ってどちらかの家というのも問題あるし。
「えーっと、俺の船の上の予定だけど」
「そうなの? でもアリス先生、船酔いするタイプだよ?」
俺の返答を聞いたポリンさんが心配そうに告げる。おっと、それは貴重な新情報だ。
「マジかー。しまったそうなると手札がない。誰か勉強に使えるような施設、知りませんか?」
悲しいかなこちらの行動範囲はクラブハウス、湖、王城だ。俺は助けを求めるように彼女らを見渡したが、普通に考えて主婦と学生と恋愛に憧れるが行動はしていないエルフに頼れる訳もなかった。
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