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第三十二章
それぞれのモチベーション
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『センシャ』の儀式……。クラマさん――俺より先にこの世界へ来た日本人――によってもたらされた様々な事象の中で、もっともやっかいなモノがそれであった。
サッカードウに負けたチームが水着姿になり、勝ったチームの馬車を洗う罰ゲーム。本来であればサッカーとは何の関係もない行為ではあるが、ガールズ&パンツァーという戦車アニメが大好きなクラマさんが戦車と洗車をかけた一世一代のジョークであり、そもそもサッカーを『女の子だけがプレイするもの』として普及させた事も前述のガルパン――と略すものなのである――絡みのジョークなのだ。
いやその意味が通じているのは恐らくこの世界で俺一人なのだが。何の為にクラマさんがそんな事を頑張ったのか意味不明なのだが。
それはともかく。センシャの儀式は目下のところ負けたチームの義務であり、次の試合で負ける事がほぼ決まっているアローズにとっては必至の行事なのであった……。
「心構えと言ってもオークので既に観ていますし、水着は普段から用意されているんですよね?」
吹き出してしまった水を二人で丁寧に拭いた後、俺はそう言った。
「ええ。ですがトロール戦は……ご不在でしたし、ゴルルグ族の時はキャンセルになりましたし。ちゃんとご覧頂くのは初めてでは?」
少し鼻声になりながらナリンさんが答える。
「言われてみればそうですが。ナリンさん、声大丈夫です?」
「はい、ちょっと水が鼻に入っただけで」
あわわ、それはすみません!
「もしセンシャを行うとなったら、今度こそしっかり観て頂こう! と選手たちも気合いを入れるかと」
俺が謝罪する前にナリンさんはそんな事を言う。
「どんな気合いですか!」
「今はシーズン半ばで身も締まっている時期ですし、見せて恥ずかしくない身体で良かった! とか?」
ナリンさんはそう言いながら右腕で力こぶを作る。くそ、可愛かったら許されると思うな! うん、許す!
「そ、それは良かったですね~。まあ俺は先に帰ってその次のドワーフ戦の準備をするので引率、お願いします」
許す以上、俺は撤退戦術に走るしかなかった。特に関係ない書類を集めながら、計画を練るフリをする。
「いや、そこは必ずショーキチ殿に観て頂かないと!」
「別にそんな決まりはないんじゃないですか?」
「しかしチームの指揮に関わります! 選手のメンタルを損なうような真似を、ショーキチ殿はしませんよね?」
ナリンさんはそう言って微笑む。しまった、一本取られた! フェリダエ戦を捨て試合にすると言った時に使った論法を逆手に取られた訳だ。
「……はい。本当に選手たちが観て欲しいと言うなら」
「ふふ。ではみんなに聞いておきます!」
見事なカウンターを見せたナリンさんは更に表情を明るくした。それで二人の密談はお開きとなった。
しかし流石エルフ。本当に上手い逆襲だったな……。
「リストさんかクエンさん、います~?」
ナリンさんと別れた俺はその足で食堂へ向かい、そう言いながら中を覗き込んだ。
「あら、監督様! どちらとモウ、揃ってますよ」
俺と最初に目が合ったラビンさんがそう言って窓際の席を指す。その先の大きめなテーブルではナイトエルフのコンビが何冊かの書物を広げ、何かを議論している様であった。
「ありがとうございます。……すみませんね、オフの日に」
「いいえ! 気分転換にモウなりますから!」
ザックコーチの奥さんはそう言って微笑み両手に持った料理の皿を掲げる。彼女はクラブハウス食堂のコック長ではあるが、寮長やヨガ教室の講師でもある。その方面の部下も増え今やちょっとしたお偉いさんなのだ。
そんな彼女が食堂の最前線で働いているのは今日がオフの日だからだ。選手の大半が遊びに行ったり実家へ帰ったりしているので、ほぼ開店休業状態。従業員にも休みを取らせていて、それでラビンさん直々に……という事らしい。
「あ、それ運びますよ」
俺はそう言って彼女が持つ皿の片方を受け取る。ビュッフェ形式用の大皿にミッチリと身の詰まったミートパイの様なモノが並べられており、重そうだ。ラビンさんは大げさに目を見開いて礼を言いながら俺にそれを渡した。
その際、彼女の胸がプルンと揺れて俺はある風景を思い出す。そう、ミノタウロス代表選手としてラビンさんもセンシャの儀式に参加してたんだよな。アレは凄まじい風景だったが、負ければエルフの皆も……。
「ごくり」
「あら? 監督様モウ、お腹好いてますのね! どうぞ」
共に大テーブルに皿を並べたラビンさんは俺の生唾を誤解し、小皿に何点か料理を取って俺に渡す。
「あ、ありがとうございます。では」
その優しさに気まずさを覚えて、俺は受け取った食事と共に彼女の前を去り目当ての連中の方へ向かった。
「ショタがイニシアチブを奪い返すのは良くないでござる! ましてや誘拐されてきた立場で仲間を呼ぶなど! まあテクニシャンなのはやむなしとして……」
「あのっすね、リストパイセンはお兄さん主導が鉄則と言うっすけど、それこそ自分たちの身勝手な幻想っすよ! 性に熟知したショタがお兄さんを翻弄する、お友達を呼んで楽しむ、それは自然の流れっす!」
近づくにつれ、リストさんとクエンさんのそんな議論が聞こえて俺の気まずさは一気に消えた。と言うか別種の気まずさが溢れてきた。
「俺、本当に君たちが目当てだったのかな……」
「なっ!?」
「やば!」
自分の目標に疑問を覚えた俺が思わず心境を漏らしてしまうと、ナイトエルフの2名は驚いて咄嗟にテーブルの上に身を投げた。
正確にはテーブルの上に広げられた、いかがわしそうな本の上に、ではあったが……。
サッカードウに負けたチームが水着姿になり、勝ったチームの馬車を洗う罰ゲーム。本来であればサッカーとは何の関係もない行為ではあるが、ガールズ&パンツァーという戦車アニメが大好きなクラマさんが戦車と洗車をかけた一世一代のジョークであり、そもそもサッカーを『女の子だけがプレイするもの』として普及させた事も前述のガルパン――と略すものなのである――絡みのジョークなのだ。
いやその意味が通じているのは恐らくこの世界で俺一人なのだが。何の為にクラマさんがそんな事を頑張ったのか意味不明なのだが。
それはともかく。センシャの儀式は目下のところ負けたチームの義務であり、次の試合で負ける事がほぼ決まっているアローズにとっては必至の行事なのであった……。
「心構えと言ってもオークので既に観ていますし、水着は普段から用意されているんですよね?」
吹き出してしまった水を二人で丁寧に拭いた後、俺はそう言った。
「ええ。ですがトロール戦は……ご不在でしたし、ゴルルグ族の時はキャンセルになりましたし。ちゃんとご覧頂くのは初めてでは?」
少し鼻声になりながらナリンさんが答える。
「言われてみればそうですが。ナリンさん、声大丈夫です?」
「はい、ちょっと水が鼻に入っただけで」
あわわ、それはすみません!
「もしセンシャを行うとなったら、今度こそしっかり観て頂こう! と選手たちも気合いを入れるかと」
俺が謝罪する前にナリンさんはそんな事を言う。
「どんな気合いですか!」
「今はシーズン半ばで身も締まっている時期ですし、見せて恥ずかしくない身体で良かった! とか?」
ナリンさんはそう言いながら右腕で力こぶを作る。くそ、可愛かったら許されると思うな! うん、許す!
「そ、それは良かったですね~。まあ俺は先に帰ってその次のドワーフ戦の準備をするので引率、お願いします」
許す以上、俺は撤退戦術に走るしかなかった。特に関係ない書類を集めながら、計画を練るフリをする。
「いや、そこは必ずショーキチ殿に観て頂かないと!」
「別にそんな決まりはないんじゃないですか?」
「しかしチームの指揮に関わります! 選手のメンタルを損なうような真似を、ショーキチ殿はしませんよね?」
ナリンさんはそう言って微笑む。しまった、一本取られた! フェリダエ戦を捨て試合にすると言った時に使った論法を逆手に取られた訳だ。
「……はい。本当に選手たちが観て欲しいと言うなら」
「ふふ。ではみんなに聞いておきます!」
見事なカウンターを見せたナリンさんは更に表情を明るくした。それで二人の密談はお開きとなった。
しかし流石エルフ。本当に上手い逆襲だったな……。
「リストさんかクエンさん、います~?」
ナリンさんと別れた俺はその足で食堂へ向かい、そう言いながら中を覗き込んだ。
「あら、監督様! どちらとモウ、揃ってますよ」
俺と最初に目が合ったラビンさんがそう言って窓際の席を指す。その先の大きめなテーブルではナイトエルフのコンビが何冊かの書物を広げ、何かを議論している様であった。
「ありがとうございます。……すみませんね、オフの日に」
「いいえ! 気分転換にモウなりますから!」
ザックコーチの奥さんはそう言って微笑み両手に持った料理の皿を掲げる。彼女はクラブハウス食堂のコック長ではあるが、寮長やヨガ教室の講師でもある。その方面の部下も増え今やちょっとしたお偉いさんなのだ。
そんな彼女が食堂の最前線で働いているのは今日がオフの日だからだ。選手の大半が遊びに行ったり実家へ帰ったりしているので、ほぼ開店休業状態。従業員にも休みを取らせていて、それでラビンさん直々に……という事らしい。
「あ、それ運びますよ」
俺はそう言って彼女が持つ皿の片方を受け取る。ビュッフェ形式用の大皿にミッチリと身の詰まったミートパイの様なモノが並べられており、重そうだ。ラビンさんは大げさに目を見開いて礼を言いながら俺にそれを渡した。
その際、彼女の胸がプルンと揺れて俺はある風景を思い出す。そう、ミノタウロス代表選手としてラビンさんもセンシャの儀式に参加してたんだよな。アレは凄まじい風景だったが、負ければエルフの皆も……。
「ごくり」
「あら? 監督様モウ、お腹好いてますのね! どうぞ」
共に大テーブルに皿を並べたラビンさんは俺の生唾を誤解し、小皿に何点か料理を取って俺に渡す。
「あ、ありがとうございます。では」
その優しさに気まずさを覚えて、俺は受け取った食事と共に彼女の前を去り目当ての連中の方へ向かった。
「ショタがイニシアチブを奪い返すのは良くないでござる! ましてや誘拐されてきた立場で仲間を呼ぶなど! まあテクニシャンなのはやむなしとして……」
「あのっすね、リストパイセンはお兄さん主導が鉄則と言うっすけど、それこそ自分たちの身勝手な幻想っすよ! 性に熟知したショタがお兄さんを翻弄する、お友達を呼んで楽しむ、それは自然の流れっす!」
近づくにつれ、リストさんとクエンさんのそんな議論が聞こえて俺の気まずさは一気に消えた。と言うか別種の気まずさが溢れてきた。
「俺、本当に君たちが目当てだったのかな……」
「なっ!?」
「やば!」
自分の目標に疑問を覚えた俺が思わず心境を漏らしてしまうと、ナイトエルフの2名は驚いて咄嗟にテーブルの上に身を投げた。
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