569 / 651
第三十二章
旗だった
しおりを挟む
相手を背後からホールドしながら身体をコントロールする時、もっとも注意すべきはバランスだ。自分の両足で腰を固めつつ、両腕を脇の下に差したり首を抱えたりして上下左右、穴のないように掴み続けなければならない。
しかしレイさんは俺の股間という絶好の餌――冷静に考えるととんでもない事を言っているが今は冷静になる時じゃない!――におびき寄せられ、あろうことか両手とも下半身へ向けてしまった。
「ダメですレイさん! ……なんてね!」
俺は一瞬、形だけ彼女の手を掴んで抵抗するフリをしてすぐ左腕を大きく後ろに回し、まず脇の下に彼女の頭を抱えた。
「えっ!?」
次に驚くレイさんの頭頂部を右手で抑え、自分の身体を回転させつつ下へ押しやる。
「大きな動物の首に手をかけテー、よいっしょって登る時のイメージダヨー」
と教えてくれたのはタッキさんだ。
「はい、残念~」
こうして俺はレイさんの拘束を逃れ、むしろ逆に上から押さえ込むような形になった。いま彼女の顔は俺の大胸筋付近にあり、首の後ろに回して腕で俺に押しつければ例のマザーズ・ミルクという窒息技になるのだが、もちろん俺はそこまでしない。
「えっ!? ショーキチにいさん、なんか堅いもんが……」
「いつまでも女性陣に寝技を喰らう俺じゃないんだよね! さあ、おふざけはこれくらいにしよう」
俺はそう言いながらレイさんの肩を叩いた。
「(脱出法を教えてくれたタッキさんと、練習につきあってくれたスワッグに感謝だな)」
そして心の中でそう呟きながら立ち上がる。ゴルルグ族戦の後、シャマーさんツンカさんと立て続けに引き倒され押し倒された俺は、ちゃんと暇な時間にタッキさんに教わって技術を修得していたのである。
あとタッキさんの言う『大きな動物の首』に手頃なものが無かったので、そこはあのグリフォンに協力頂いた。彼にもお礼を言わなければ。
「(さっき当たってた堅くて太いもんって……ショキチにいさんの!?)」
「あれ? なんだこりゃ?」
と、立ち上がった俺の足下に何かが落ちた。流石に目が暗闇に慣れてきたので、さっと拾い上げる。
「あ、副審さんが使う旗か」
それは間違いなく旗だった。半分くらいの所に布を巻き付けてある木の棒だ。思ったよりも太く重い。
「あーリザードマンって手が大きくて水掻きもあるからかな? んでボタンは無い……と」
俺はその物体を軽く調べる。地球では樹脂とステンレスパイプ等で作られ、プロ用なら主審さんに信号を送る装置とボタンまでついていたりするのだが、もちろんこの異世界にそんな素材は無い。あくまでも普通の木材と布の様だ。
「もみ合いの時に棚から落ちたか? 踏んだら危ないし片づけよう」
「(昔、カイをお風呂に入れてやった時に見たことあるけど、あんなに大きなかった……。アレを受け入れるには、準備が要るわ……)」
俺がそれを棚へ戻し振り向くと、レイさんもいつの間にか立ち上がり、ジャケットのベント――ポルトガルの監督名ではない。背中側の中央の一番下のことだ――を掴んでこちらを見上げていた。
「どうしました?」
「ショーキチにいさんって……」
「はい?」
「実は男らしかったんやぁ……」
「はぁ」
暗い備品倉庫にいるナイトエルフの表情はよく分からないが、そう言うレイさんは少しショックを受けている様だった。もしかしたら力ずくで脱出した俺の身体捌きに、何かマッチョなものを感じたのかもしれない。
「あ、今のは状況的にちょっと荒々しくなっただけで、普段の俺はもうちょっとスマートですよ?」
高校や大学の同級生にいた友人の運動部マッチョどもは、だいたい女子から評判が悪かった。基本的には
「うるせえ女の為に筋肉つけてるんじゃねえよ!」
という野郎たちの肩を持ちたいが、一方で怖がる女子たちの気持ちも想像できなくもない。
なので
「でも……怖がらせたならごめんなさい。気をつけます」
と頭を下げる。
「ううん、謝らんでええよ。ウチも徐々になれてくから、また見せてな!」
レイさんはそう言って、明らかに分かるほど元気を出して言った。また見せる? なんだろう、彼女も柔術や格闘技に興味があるのかな?
「まあ、タイミングが合えば。じゃあ、出ましょうか」
「うんよろしゅう」
そう言って俺たちは備品倉庫を出た。この時の約束が後に大きな意味をもつようになるのだが、その時点の俺には知る由もなかった……。
その後、レイさんもクールダウン終わりの他の選手達とさりげなく合流し、チームは特に問題なくスタジアムを後にした。
例によって明日は丸一日オフであるし、ここはホームだ。船に乗って一緒にクラブハウスまで帰る選手もいるが、このまま王都へ繰り出し遊んだり実家や友人宅へ向かう選手も多い。
「しっかり休んで! 明後日の練習には遅刻しないように!」
俺は関係者出入り口でそう声をかけ、何名かの選手達とはそこで別れ、何名かの選手と一緒にエルヴィレッジへ向かう事にした。
選手には先ほどのように言ったが、俺は今この時点から次の試合へ向けて頭がいっぱいだった。
何せ次節の対戦相手はサッカードウ最強チーム、猫人族フェリダエだ。しかもアウェイ。俺には考える事が山積みであった。
しかしレイさんは俺の股間という絶好の餌――冷静に考えるととんでもない事を言っているが今は冷静になる時じゃない!――におびき寄せられ、あろうことか両手とも下半身へ向けてしまった。
「ダメですレイさん! ……なんてね!」
俺は一瞬、形だけ彼女の手を掴んで抵抗するフリをしてすぐ左腕を大きく後ろに回し、まず脇の下に彼女の頭を抱えた。
「えっ!?」
次に驚くレイさんの頭頂部を右手で抑え、自分の身体を回転させつつ下へ押しやる。
「大きな動物の首に手をかけテー、よいっしょって登る時のイメージダヨー」
と教えてくれたのはタッキさんだ。
「はい、残念~」
こうして俺はレイさんの拘束を逃れ、むしろ逆に上から押さえ込むような形になった。いま彼女の顔は俺の大胸筋付近にあり、首の後ろに回して腕で俺に押しつければ例のマザーズ・ミルクという窒息技になるのだが、もちろん俺はそこまでしない。
「えっ!? ショーキチにいさん、なんか堅いもんが……」
「いつまでも女性陣に寝技を喰らう俺じゃないんだよね! さあ、おふざけはこれくらいにしよう」
俺はそう言いながらレイさんの肩を叩いた。
「(脱出法を教えてくれたタッキさんと、練習につきあってくれたスワッグに感謝だな)」
そして心の中でそう呟きながら立ち上がる。ゴルルグ族戦の後、シャマーさんツンカさんと立て続けに引き倒され押し倒された俺は、ちゃんと暇な時間にタッキさんに教わって技術を修得していたのである。
あとタッキさんの言う『大きな動物の首』に手頃なものが無かったので、そこはあのグリフォンに協力頂いた。彼にもお礼を言わなければ。
「(さっき当たってた堅くて太いもんって……ショキチにいさんの!?)」
「あれ? なんだこりゃ?」
と、立ち上がった俺の足下に何かが落ちた。流石に目が暗闇に慣れてきたので、さっと拾い上げる。
「あ、副審さんが使う旗か」
それは間違いなく旗だった。半分くらいの所に布を巻き付けてある木の棒だ。思ったよりも太く重い。
「あーリザードマンって手が大きくて水掻きもあるからかな? んでボタンは無い……と」
俺はその物体を軽く調べる。地球では樹脂とステンレスパイプ等で作られ、プロ用なら主審さんに信号を送る装置とボタンまでついていたりするのだが、もちろんこの異世界にそんな素材は無い。あくまでも普通の木材と布の様だ。
「もみ合いの時に棚から落ちたか? 踏んだら危ないし片づけよう」
「(昔、カイをお風呂に入れてやった時に見たことあるけど、あんなに大きなかった……。アレを受け入れるには、準備が要るわ……)」
俺がそれを棚へ戻し振り向くと、レイさんもいつの間にか立ち上がり、ジャケットのベント――ポルトガルの監督名ではない。背中側の中央の一番下のことだ――を掴んでこちらを見上げていた。
「どうしました?」
「ショーキチにいさんって……」
「はい?」
「実は男らしかったんやぁ……」
「はぁ」
暗い備品倉庫にいるナイトエルフの表情はよく分からないが、そう言うレイさんは少しショックを受けている様だった。もしかしたら力ずくで脱出した俺の身体捌きに、何かマッチョなものを感じたのかもしれない。
「あ、今のは状況的にちょっと荒々しくなっただけで、普段の俺はもうちょっとスマートですよ?」
高校や大学の同級生にいた友人の運動部マッチョどもは、だいたい女子から評判が悪かった。基本的には
「うるせえ女の為に筋肉つけてるんじゃねえよ!」
という野郎たちの肩を持ちたいが、一方で怖がる女子たちの気持ちも想像できなくもない。
なので
「でも……怖がらせたならごめんなさい。気をつけます」
と頭を下げる。
「ううん、謝らんでええよ。ウチも徐々になれてくから、また見せてな!」
レイさんはそう言って、明らかに分かるほど元気を出して言った。また見せる? なんだろう、彼女も柔術や格闘技に興味があるのかな?
「まあ、タイミングが合えば。じゃあ、出ましょうか」
「うんよろしゅう」
そう言って俺たちは備品倉庫を出た。この時の約束が後に大きな意味をもつようになるのだが、その時点の俺には知る由もなかった……。
その後、レイさんもクールダウン終わりの他の選手達とさりげなく合流し、チームは特に問題なくスタジアムを後にした。
例によって明日は丸一日オフであるし、ここはホームだ。船に乗って一緒にクラブハウスまで帰る選手もいるが、このまま王都へ繰り出し遊んだり実家や友人宅へ向かう選手も多い。
「しっかり休んで! 明後日の練習には遅刻しないように!」
俺は関係者出入り口でそう声をかけ、何名かの選手達とはそこで別れ、何名かの選手と一緒にエルヴィレッジへ向かう事にした。
選手には先ほどのように言ったが、俺は今この時点から次の試合へ向けて頭がいっぱいだった。
何せ次節の対戦相手はサッカードウ最強チーム、猫人族フェリダエだ。しかもアウェイ。俺には考える事が山積みであった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜
mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!?
※スカトロ表現多数あり
※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります
ちょっとエッチな執事の体調管理
mm
ファンタジー
私は小川優。大学生になり上京して来て1ヶ月。今はバイトをしながら一人暮らしをしている。
住んでいるのはそこらへんのマンション。
変わりばえない生活に飽き飽きしている今日この頃である。
「はぁ…疲れた」
連勤のバイトを終え、独り言を呟きながらいつものようにマンションへ向かった。
(エレベーターのあるマンションに引っ越したい)
そう思いながらやっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の方へ目を向けると、そこには見知らぬ男がいた。
「優様、おかえりなさいませ。本日付けで雇われた、優様の執事でございます。」
「はい?どちら様で…?」
「私、優様の執事の佐川と申します。この度はお嬢様体験プランご当選おめでとうございます」
(あぁ…!)
今の今まで忘れていたが、2ヶ月ほど前に「お嬢様体験プラン」というのに応募していた。それは無料で自分だけの執事がつき、身の回りの世話をしてくれるという画期的なプランだった。執事を雇用する会社はまだ新米の執事に実際にお嬢様をつけ、3ヶ月無料でご奉仕しながら執事業を学ばせるのが目的のようだった。
「え、私当たったの?この私が?」
「さようでございます。本日から3ヶ月間よろしくお願い致します。」
尿・便表現あり
アダルトな表現あり
俺のセフレが義妹になった。そのあと毎日めちゃくちゃシた。
ねんごろ
恋愛
主人公のセフレがどういうわけか義妹になって家にやってきた。
その日を境に彼らの関係性はより深く親密になっていって……
毎日にエロがある、そんな時間を二人は過ごしていく。
※他サイトで連載していた作品です
お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?
さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。
私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。
見た目は、まあ正直、好みなんだけど……
「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」
そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。
「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」
はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。
こんなんじゃ絶対にフラれる!
仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの!
実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる