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第三十二章
お願い姉弟
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「僕とモーネの秘密をノートリアスは知りません。それはそれで気軽ではあるし、軍務をこなしさえすれば認められる環境には救われてきました」
「でも、アローズでの最後の日々でさ。逃げる様に去ってった事に後悔を感じない日は無かったんだよね」
リュウさんの言葉には理解できる部分があった。地球でも大都市や大きな組織の方が個人的というか、他者の事情に踏み込まない傾向がある。悪く言えば無関心だが、その無関心さに救われる事があるのだ。
またモーネさんの言う事も頷ける所があった。致し方の無い事とは言え、チームに迷惑をかけて余所へ行くのは心苦しかっただろう。そもそも心の入れ換わりはアローズをもっと強くしようとしての考えから行われたものなのだ。仲間を思う気持ちはエルフ一倍、強かった筈だ。
だって、逆の性別の身体に心を入れるなんて……生半可な覚悟じゃできないよね?
「そんな時にショーキチ監督の就任を知って、更にチームを強化していく様子を聞いて、僕たちの心にも火がついたんです! もう一度、チームの役に立ちたいと!」
「もちろん、ショーキチ監督は地球って所の人で色々と詳しくて、私たちみいたいなケースも扱えるんじゃないか? って打算もあんだけどね」
リュウさんは熱い瞳で語り、モーネさんは自らの打算を自嘲的に打ち明けた。もうだいぶ話は見えているが俺は黙って聞き続ける。
「それでノートリアスにお願いして、アローズ戦に合わせてサッカードウへの復帰をお願いしたんです」
「ショーキチ監督の力量を実際に確認するのと、今の若い選手をちょっと揉んでやろうって事でね!」
姉弟はそこまで言うと再び視線を合わせて最後の一言を同時に言った。
「僕たち……」
「私たちを……」
「「アローズに加えてくれませんか!」」
と。
この時、選手登録自由ってやっぱりノートリアス羨ましいな、とかいや揉まれたのはちょっとどころではない――エルエルは退場したし危うく負けかけた――けどな、といった気持ちが先に脳裏に浮かんだが、もちろんそれは重要な話ではなかった。たぶん事態の重さからショックを和らげようと脳味噌がことさらにどうでもよいディティールに注目したのだろう。
「まずは先にお礼を。さきほど過分なお褒め言葉を頂きましたし、お二方からそう願われるくらいにアローズが愛されている、という事が分かって嬉しいです」
とりあえず、俺は姿勢と身だしなみを正してそう言った。何度も言う通り服装の乱れは心の乱れだ。幸い、今日は試合なのでスーツを着ているし椅子とテーブルもある。キッチリとした話をするのには好都合だ。
「ちょっと待ってやショーキチにいさん! なんやそれはあまりええこと言わへん時の前置きっぽいで!」
「裁判で死刑を言い渡す時は主文を後に回すって聞きました!」
しかし、傍聴者はそうではなかった。レイさんがさっそく口を挟み、アリスさんが意外な知識を披露する。死刑判決の際、主文という要は決定事項を後で言い、先に判決の理由を説明するのが通例……というやつだ。普通の人間は
「はい、あなた死刑に決まりましたよ」
と告げられたら気が動転して、後に言われた事を何も覚えられないので、先にその判決に至った理由を語るんだとか。裁判に関わった事がないのでしらんけど。
いや魔女裁判みたいなものには巻き込まれたな。レイさんのお母さんが潜んでいた村で。まああれは裁判すっ飛ばして焼かれそうになったのだが。
「早とちりしないで下さいよ。褒められたらちゃんとお礼を言いなさい、って教育を受けてるんですよ。俺は。でも不安にさせたらすみません」
エルフも人間と同じメンタルかもしれないので、俺はレイさんアリスさんの言葉を否定してモーネさんリュウサンに謝った。
「じゃあ入れてあげるん!? やったあ!」
「レイさん、気持ちは分かるけど落ち着いて!」
俺は飛び上がりそうになるレイさんを宥めて座らせる。素性を知らないどころか数十分前まで試合でやりやった相手に、彼女がこれほど入れ込むのには訳がある。このファンタジスタも迷惑をかけてチームを離れ、未練を抱いて燻っていた時期があるのだ。その理由が家庭関係という所も似ている。だからモーネさんたちを応援したいのだろう。
「で、結局はどうなんだ?」
レイさんと入れ替わりにステフが口を開いた。まあこいつは単純に話に飽きてきてるんだよな。でもそういう外部の感覚も必要だ。
「アローズの為に闘ってくれるなら、どんな種族でも受け入れる。俺は監督として契約を結ぶ際に、契約書にそんな感じの項目を入れて貰いました。そこには『心の中身が姉弟で入れ代わったエルフは例外とする』なんで文言は一言も書かれていません」
俺はあの日の事を思い出しながら言った。
「そして俺の監督としての仕事の殆どは、選手の重荷を少しでも楽にして最高の状態で試合へ送り込むことです」
「つまり……なんなんだよ!」
再びステフが口を挟む。しかし実は彼女にも分かっている。その証拠に頬が緩んでいた。
「つまり……喜んでお迎えします。貴方達の共に闘わせて下さい」
「「やったーーー!」」
レイさんとアリスさんが飛び上がって抱き合い、着地すると同時に今度は俺を両面から挟んできた。
「ちょっと、離れて!」
何せ胸のボリュームがかなりあるデイエルフとナイトエルフによるサンドイッチだ。いやバンズではなくパイズで挟んだハンバーガーかもしれない。圧力が凄いし視線も妨げられてモーネさんとリュウさんの姿が見えなかった。
「もうもう!」
「嬉しいくせにー!」
「いやお二方と話をさせてください!」
俺はそう抗議してレイさんとアリスさんを押しのけ、姉弟の方を見た。
モーネさんとリュウさんは……静かに涙していた。
「でも、アローズでの最後の日々でさ。逃げる様に去ってった事に後悔を感じない日は無かったんだよね」
リュウさんの言葉には理解できる部分があった。地球でも大都市や大きな組織の方が個人的というか、他者の事情に踏み込まない傾向がある。悪く言えば無関心だが、その無関心さに救われる事があるのだ。
またモーネさんの言う事も頷ける所があった。致し方の無い事とは言え、チームに迷惑をかけて余所へ行くのは心苦しかっただろう。そもそも心の入れ換わりはアローズをもっと強くしようとしての考えから行われたものなのだ。仲間を思う気持ちはエルフ一倍、強かった筈だ。
だって、逆の性別の身体に心を入れるなんて……生半可な覚悟じゃできないよね?
「そんな時にショーキチ監督の就任を知って、更にチームを強化していく様子を聞いて、僕たちの心にも火がついたんです! もう一度、チームの役に立ちたいと!」
「もちろん、ショーキチ監督は地球って所の人で色々と詳しくて、私たちみいたいなケースも扱えるんじゃないか? って打算もあんだけどね」
リュウさんは熱い瞳で語り、モーネさんは自らの打算を自嘲的に打ち明けた。もうだいぶ話は見えているが俺は黙って聞き続ける。
「それでノートリアスにお願いして、アローズ戦に合わせてサッカードウへの復帰をお願いしたんです」
「ショーキチ監督の力量を実際に確認するのと、今の若い選手をちょっと揉んでやろうって事でね!」
姉弟はそこまで言うと再び視線を合わせて最後の一言を同時に言った。
「僕たち……」
「私たちを……」
「「アローズに加えてくれませんか!」」
と。
この時、選手登録自由ってやっぱりノートリアス羨ましいな、とかいや揉まれたのはちょっとどころではない――エルエルは退場したし危うく負けかけた――けどな、といった気持ちが先に脳裏に浮かんだが、もちろんそれは重要な話ではなかった。たぶん事態の重さからショックを和らげようと脳味噌がことさらにどうでもよいディティールに注目したのだろう。
「まずは先にお礼を。さきほど過分なお褒め言葉を頂きましたし、お二方からそう願われるくらいにアローズが愛されている、という事が分かって嬉しいです」
とりあえず、俺は姿勢と身だしなみを正してそう言った。何度も言う通り服装の乱れは心の乱れだ。幸い、今日は試合なのでスーツを着ているし椅子とテーブルもある。キッチリとした話をするのには好都合だ。
「ちょっと待ってやショーキチにいさん! なんやそれはあまりええこと言わへん時の前置きっぽいで!」
「裁判で死刑を言い渡す時は主文を後に回すって聞きました!」
しかし、傍聴者はそうではなかった。レイさんがさっそく口を挟み、アリスさんが意外な知識を披露する。死刑判決の際、主文という要は決定事項を後で言い、先に判決の理由を説明するのが通例……というやつだ。普通の人間は
「はい、あなた死刑に決まりましたよ」
と告げられたら気が動転して、後に言われた事を何も覚えられないので、先にその判決に至った理由を語るんだとか。裁判に関わった事がないのでしらんけど。
いや魔女裁判みたいなものには巻き込まれたな。レイさんのお母さんが潜んでいた村で。まああれは裁判すっ飛ばして焼かれそうになったのだが。
「早とちりしないで下さいよ。褒められたらちゃんとお礼を言いなさい、って教育を受けてるんですよ。俺は。でも不安にさせたらすみません」
エルフも人間と同じメンタルかもしれないので、俺はレイさんアリスさんの言葉を否定してモーネさんリュウサンに謝った。
「じゃあ入れてあげるん!? やったあ!」
「レイさん、気持ちは分かるけど落ち着いて!」
俺は飛び上がりそうになるレイさんを宥めて座らせる。素性を知らないどころか数十分前まで試合でやりやった相手に、彼女がこれほど入れ込むのには訳がある。このファンタジスタも迷惑をかけてチームを離れ、未練を抱いて燻っていた時期があるのだ。その理由が家庭関係という所も似ている。だからモーネさんたちを応援したいのだろう。
「で、結局はどうなんだ?」
レイさんと入れ替わりにステフが口を開いた。まあこいつは単純に話に飽きてきてるんだよな。でもそういう外部の感覚も必要だ。
「アローズの為に闘ってくれるなら、どんな種族でも受け入れる。俺は監督として契約を結ぶ際に、契約書にそんな感じの項目を入れて貰いました。そこには『心の中身が姉弟で入れ代わったエルフは例外とする』なんで文言は一言も書かれていません」
俺はあの日の事を思い出しながら言った。
「そして俺の監督としての仕事の殆どは、選手の重荷を少しでも楽にして最高の状態で試合へ送り込むことです」
「つまり……なんなんだよ!」
再びステフが口を挟む。しかし実は彼女にも分かっている。その証拠に頬が緩んでいた。
「つまり……喜んでお迎えします。貴方達の共に闘わせて下さい」
「「やったーーー!」」
レイさんとアリスさんが飛び上がって抱き合い、着地すると同時に今度は俺を両面から挟んできた。
「ちょっと、離れて!」
何せ胸のボリュームがかなりあるデイエルフとナイトエルフによるサンドイッチだ。いやバンズではなくパイズで挟んだハンバーガーかもしれない。圧力が凄いし視線も妨げられてモーネさんとリュウさんの姿が見えなかった。
「もうもう!」
「嬉しいくせにー!」
「いやお二方と話をさせてください!」
俺はそう抗議してレイさんとアリスさんを押しのけ、姉弟の方を見た。
モーネさんとリュウさんは……静かに涙していた。
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