563 / 651
第三十二章
早く話を姉弟
しおりを挟む
試合終了のホイッスルが鳴った後のリーブズスタジアムは、勝った時の様な盛り上がりだった。選手の健闘を称える声は一向に止まず、試合後の挨拶の周回をする彼女らには惜しみない拍手が贈られた。
1名少ない状態で勝ち越しを許し残り時間僅か……というところで追いついたのだ。そんな気分になって当然というものだろう。しかも数的不利なチームが最後まで走り続けられたのは間違いなくサポーターの声による後押しがあったからであり、自分たちも共に闘った! という気分がいつもより強く残ったのだ。
また記者会見では両チームの監督とも――て他人事みたいだが片方は俺である――口を揃えて
「勝ちに等しい引き分けになった」
と感想を述べた。
ノートリアスにしては不調な選手が多い中、アウェイでエルフ代表と引き分けたのであるし、我々アローズにとっては前述の通り1名少なくビハインドの状態からドローへ持ち込んだのだ。決して強がりや駆け引きでそう口にしたのではない筈だ。
そうそう駆け引きと言えば! 今回は若手が多かったとは言え、アローズをその駆け引きとパス捌きで翻弄したモーネ選手、リュウコーチとの会談が試合後に予定されていたのだった。
場所は試合後のアローズ側ロッカールームだ。俺は事情を知るステフへの伝言をレイさんにお願いし、他の選手やコーチを先に帰らせて一人で待つことにした……。
「失礼します」
意外と礼儀正しい挨拶の声と共にモーネ選手、ついでリュウさんが更衣室へ入ってきた。
「あ、どうぞ。迷いませんでしたか?」
彼女らを待つ間に並べておいた椅子や机を指しながら俺は言う。意外と早かったなあ。準備、できたところだぞ?
「ありがとうございます。勝手知ったるホームでしたから」
リュウさんはそう言いながら俺の右手に座る。正方形のテーブルを挟んで真正面の方はモーネ選手が選んだ。
「あ、そっか。スタジアムの方は、まだ手を入れてないですからね。クラブハウスの方は変わりましたよ~」
俺は照れ隠しとアイスブレイクにそんな事を口にした。そりゃそうだよな。元エルフ代表選手たちなんだし、スタジアムについては俺より詳しいくらいだろう。
「お噂はかねがね聞いております! 最先端の分析装置に多面コートに、全てショーキチ監督の立案なんですよね!?」
「ええ、まあそうと言えばそうですね……」
予想外のリュウさんの熱量と、自分の立案というには大げさだという思いで少し腰が引けながら俺は答える。
「立案と言えば最後のFKの壁! アレも監督の差し金でしょう?」
「はい!? ああ、バレてましたか」
これもリュウさんからの質問だ。なぜ会談を言い出した姉ではなく弟さんとばかり話しているんだろう? と思いつつも俺は言葉を続けた。
「ユイノさんはGKとして経験が浅くて、有効な壁を作る技術が足りていませんでした。なので逆の発想としてGKではなくFKを蹴る選手が主体となって、蹴り難い壁を作ってみてはどうか? と思いまして」
俺達が語っているのは最後のプレー、ノートリアスのFKからの攻撃が失敗に終わり、アローズのカウンターの起点となった部分の話だ。
「残念ながらポリンちゃ……選手は下がってましたが、幸いアローズにはFKの名手が複数名いました。あとFKの場所が直接だけでなく味方に合わせる事もできる位置だった事、こちらがカウンターの為に選手を前へ残したので、一見するとマークの数が足りて無さそうだった事も布石でした」
他にもポイントはあったが、俺はとりあえず3点だけまとめて説明する。おそらくそれだけでも十分足りるだろう。実際、エオンさんの指示で作った壁はなかなかに強固で直接ゴールを狙うには手強く、より得点する可能性が高いパスを選ぶのは必然だった。
「なるほど……。姉さんも監督の手のひらで踊らされたか」
「いやいや、こちらこそ若い選手たちを翻弄して下さって……勉強になりました」
俺はエルエル退場の経緯を暗に示唆し、モーネさんの方を見る。はてさて彼女はどんな顔をするか? と思ったら、姉エルフは意外にも目があった途端、はにかみ笑いをした。
今更ではあるが、モーネさんはチームジャージでもなく軍服でもなく、ふわっとした感じの白いワンピースを着ている。その服装と相まって全体的にいかにも自分の可愛さに自信がある、ちょうどエオンさんと似た様な印象を俺は受けた。
「ふうん、口が上手いじゃん……」
モーネさんは更にそう言いながら髪を触った。いや、褒めたのではなく遠回しに皮肉を言ったつもりなんだが? この姉弟、どちらも微妙にコミュニケーションが難しいな。
「それはそうと、本日はどのような用件だったのでしょうか? コーチ同士で感想戦をしたくて、ではないですよね?」
この難しさはどこから来るのだろう? と思いつつも俺は話を本題へ進めようとする。
「あ! そ、そうよね」
「すみません、ショーキチ監督の話が楽しくてつい」
一方、俺の言葉を聞いた姉弟も少し話し難そうだった。こちらは明確に俺のせいではなく、話の中身の問題の様だ。
「ええと、ショーキチ監督は地球って所からやってきたのよね?」
「お若いにも関わらず、多方面の知識が豊富だとか」
そんな中でもモーネさんは絶えずこちらの関心を引くような話し方をし、リュウさんは俺はおだてるような言い方だ。
「はあ。地球云々はともかく、知識が豊富とはとても……」
俺は謙遜ではなく本心からそう応える。と同時にどこからそんな情報を得ているんだ!? との疑問が沸く。
おそらくだが……まだ連絡を取り合っている縁者がいるのだろう。デイエルフの方々は情が深く、絆が強い。別れた経緯があんな感じ立ったとは言え関係は切れてなかったのかもしれない。
エルフという種族のこういう部分、機密保持や安全では良くない面だ。俺の誘拐を手引きしたパリスさんの件みたいな事もあるし。だがチームの一体感や助け合いの精神という意味では助かっている。やはり何事にもメリットデメリットがあるもんだな。
「それでね……。『複雑な性のあり方』なんかにも詳しいのかな? って」
「宜しければ、その辺りの相談をしてみたいなと」
と、別の事を考えていた俺に姉弟は全く予想外の言葉を投げかけてきた。
「はあ。もしかしてお知り合いのどなたかが性自認でお悩みとかなんですか?」
エルフにもそういうのあるんだ……と驚きながらも、俺は最初に浮かんだ質問を口にする。
「ちょっと違うかな……」
「知り合いじゃなくて、僕たちなんです!」
そんな俺に、モーネさんは髪を捻りながら、リュウさんは身を乗り出しながら言う。
「え!? つまり……どういう話で?」
「つまり、えっと、ね……」
全く分からない俺がそう訊ねると、姉弟は目を合わせ何かを決意した様だった。
「つまり……僕たち……」
「私たち……」
はっ!? もしかしてこの感じは!?
「「入れ換わっているんです!!」」
1名少ない状態で勝ち越しを許し残り時間僅か……というところで追いついたのだ。そんな気分になって当然というものだろう。しかも数的不利なチームが最後まで走り続けられたのは間違いなくサポーターの声による後押しがあったからであり、自分たちも共に闘った! という気分がいつもより強く残ったのだ。
また記者会見では両チームの監督とも――て他人事みたいだが片方は俺である――口を揃えて
「勝ちに等しい引き分けになった」
と感想を述べた。
ノートリアスにしては不調な選手が多い中、アウェイでエルフ代表と引き分けたのであるし、我々アローズにとっては前述の通り1名少なくビハインドの状態からドローへ持ち込んだのだ。決して強がりや駆け引きでそう口にしたのではない筈だ。
そうそう駆け引きと言えば! 今回は若手が多かったとは言え、アローズをその駆け引きとパス捌きで翻弄したモーネ選手、リュウコーチとの会談が試合後に予定されていたのだった。
場所は試合後のアローズ側ロッカールームだ。俺は事情を知るステフへの伝言をレイさんにお願いし、他の選手やコーチを先に帰らせて一人で待つことにした……。
「失礼します」
意外と礼儀正しい挨拶の声と共にモーネ選手、ついでリュウさんが更衣室へ入ってきた。
「あ、どうぞ。迷いませんでしたか?」
彼女らを待つ間に並べておいた椅子や机を指しながら俺は言う。意外と早かったなあ。準備、できたところだぞ?
「ありがとうございます。勝手知ったるホームでしたから」
リュウさんはそう言いながら俺の右手に座る。正方形のテーブルを挟んで真正面の方はモーネ選手が選んだ。
「あ、そっか。スタジアムの方は、まだ手を入れてないですからね。クラブハウスの方は変わりましたよ~」
俺は照れ隠しとアイスブレイクにそんな事を口にした。そりゃそうだよな。元エルフ代表選手たちなんだし、スタジアムについては俺より詳しいくらいだろう。
「お噂はかねがね聞いております! 最先端の分析装置に多面コートに、全てショーキチ監督の立案なんですよね!?」
「ええ、まあそうと言えばそうですね……」
予想外のリュウさんの熱量と、自分の立案というには大げさだという思いで少し腰が引けながら俺は答える。
「立案と言えば最後のFKの壁! アレも監督の差し金でしょう?」
「はい!? ああ、バレてましたか」
これもリュウさんからの質問だ。なぜ会談を言い出した姉ではなく弟さんとばかり話しているんだろう? と思いつつも俺は言葉を続けた。
「ユイノさんはGKとして経験が浅くて、有効な壁を作る技術が足りていませんでした。なので逆の発想としてGKではなくFKを蹴る選手が主体となって、蹴り難い壁を作ってみてはどうか? と思いまして」
俺達が語っているのは最後のプレー、ノートリアスのFKからの攻撃が失敗に終わり、アローズのカウンターの起点となった部分の話だ。
「残念ながらポリンちゃ……選手は下がってましたが、幸いアローズにはFKの名手が複数名いました。あとFKの場所が直接だけでなく味方に合わせる事もできる位置だった事、こちらがカウンターの為に選手を前へ残したので、一見するとマークの数が足りて無さそうだった事も布石でした」
他にもポイントはあったが、俺はとりあえず3点だけまとめて説明する。おそらくそれだけでも十分足りるだろう。実際、エオンさんの指示で作った壁はなかなかに強固で直接ゴールを狙うには手強く、より得点する可能性が高いパスを選ぶのは必然だった。
「なるほど……。姉さんも監督の手のひらで踊らされたか」
「いやいや、こちらこそ若い選手たちを翻弄して下さって……勉強になりました」
俺はエルエル退場の経緯を暗に示唆し、モーネさんの方を見る。はてさて彼女はどんな顔をするか? と思ったら、姉エルフは意外にも目があった途端、はにかみ笑いをした。
今更ではあるが、モーネさんはチームジャージでもなく軍服でもなく、ふわっとした感じの白いワンピースを着ている。その服装と相まって全体的にいかにも自分の可愛さに自信がある、ちょうどエオンさんと似た様な印象を俺は受けた。
「ふうん、口が上手いじゃん……」
モーネさんは更にそう言いながら髪を触った。いや、褒めたのではなく遠回しに皮肉を言ったつもりなんだが? この姉弟、どちらも微妙にコミュニケーションが難しいな。
「それはそうと、本日はどのような用件だったのでしょうか? コーチ同士で感想戦をしたくて、ではないですよね?」
この難しさはどこから来るのだろう? と思いつつも俺は話を本題へ進めようとする。
「あ! そ、そうよね」
「すみません、ショーキチ監督の話が楽しくてつい」
一方、俺の言葉を聞いた姉弟も少し話し難そうだった。こちらは明確に俺のせいではなく、話の中身の問題の様だ。
「ええと、ショーキチ監督は地球って所からやってきたのよね?」
「お若いにも関わらず、多方面の知識が豊富だとか」
そんな中でもモーネさんは絶えずこちらの関心を引くような話し方をし、リュウさんは俺はおだてるような言い方だ。
「はあ。地球云々はともかく、知識が豊富とはとても……」
俺は謙遜ではなく本心からそう応える。と同時にどこからそんな情報を得ているんだ!? との疑問が沸く。
おそらくだが……まだ連絡を取り合っている縁者がいるのだろう。デイエルフの方々は情が深く、絆が強い。別れた経緯があんな感じ立ったとは言え関係は切れてなかったのかもしれない。
エルフという種族のこういう部分、機密保持や安全では良くない面だ。俺の誘拐を手引きしたパリスさんの件みたいな事もあるし。だがチームの一体感や助け合いの精神という意味では助かっている。やはり何事にもメリットデメリットがあるもんだな。
「それでね……。『複雑な性のあり方』なんかにも詳しいのかな? って」
「宜しければ、その辺りの相談をしてみたいなと」
と、別の事を考えていた俺に姉弟は全く予想外の言葉を投げかけてきた。
「はあ。もしかしてお知り合いのどなたかが性自認でお悩みとかなんですか?」
エルフにもそういうのあるんだ……と驚きながらも、俺は最初に浮かんだ質問を口にする。
「ちょっと違うかな……」
「知り合いじゃなくて、僕たちなんです!」
そんな俺に、モーネさんは髪を捻りながら、リュウさんは身を乗り出しながら言う。
「え!? つまり……どういう話で?」
「つまり、えっと、ね……」
全く分からない俺がそう訊ねると、姉弟は目を合わせ何かを決意した様だった。
「つまり……僕たち……」
「私たち……」
はっ!? もしかしてこの感じは!?
「「入れ換わっているんです!!」」
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる