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第三十一章
もー寝てられない
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リストさんの動きが落ち着く共に、試合展開もかなり落ち着いたものとなった。アローズの前線にはそのリストさんとヨンさんというハイタワーが2本そびえ立つ事となり、ノートリアスはオークのCBコンビに加えて常に近い側のSBをカバー要員として常に1枚残して対抗した。
そうなると中盤以降の選手数では両チームとも同数となる。むしろ、我々ほど連携が構築されていない寄せ集め軍人チームは、必要ない部分に選手が多かったり逆の場所に少なかったりして、場合によってはまるで自分達が数的不利の様な苦境にはまった。
『何をやってんだ! もっと走れー!』
業を煮やしたライリー監督がテクニカルエリアから叫ぶ。
「なんて言ってます?」
「『走り回れ』くらいっすねー」
その様子を見て俺が訊ねると、アカリさんこそっと教えてくれた。今日のノートリアスはCBとボランチのモーネさん以外の全員がガンス族である。彼女らは運動量と団結力が売りの狼人間たちであり、出せるカード言えばそれしかないだろう。
「でもまあ、無理無理やばーい、って感じす」
そんな事を考えてた俺にアカリさんは楽しそうに付け足す。一般的に監督が
「落ち着けー!」
と叫んでいる時はチームがパニックになってどうしようもない時。
「もっと走れ!」
と怒鳴っている時は選手は足に疲労が貯まって動けない時である。
ガンス族の選手たちは……まったく持ち味を出せないでいた。それはもちろん、ティアさんが王都の素敵な夜のお店を紹介し、彼女らがナイトライフを楽しみまくった結果である。あとルーナさんが砂かぶり席にいる時期というので察しがつくだろうが、月の様子も狼人間にとって良くはなかった。
例外として、CBのオークさんたちは良く持ちこたえていた。それほど走り回るポジションではないとは言え、あまりコンディションの悪さが見えない。オーク族の性格的に夜遊びへ参加していないとは思えないので、これはもう彼女らの強さと言うしかないかもしれない。
先のオーク戦後、彼女らのコーチも
「試合後なんてキツイ酒飲んで交尾して寝るだけブヒ!」
とか言ってたからね……。
与太話はともかく試合の方だが、こちらも眠り続けた状態だった。クエン、ポリン、レイの3名がその能力を駆使し、リストさんが縦横無尽に走り回っても、である。それほどに退場者を出して数的不利になるのは難しいのだ。
「なんとかこのままでハーフタイムまで逃げ切りたいですね」
「そうでありますね。ただ不気味なのはモーネでありますが……」
ナリンさんはアカサオから記録ボードを借りて目を通しながら言った。
「どうしました?」
「やはりであります! プレースタイルが変わった後でもあの子はもう少しドリブルを使うタイプでありました。しかし……」
コーチはある項目を指さしながら俺に見せた。空白、つまりゼロである。
「ミドルサード越えのドリブルは無し、ですか」
魔法の眼鏡が無いので文字は読めないが、その位置が何の記録であるか俺は覚えていた。ミドルサード、つまりピッチ中央付近でのドリブルが一度も無かったのだ。
「まあ今日のポジションがボランチだから仕方ないという面もあるでしょうが……」
ボランチとは舵取り、つまり攻撃やボールの行き先を決めるポジションだ。人間の身体で言えば臍に当たる位置に陣取り、主にパスで味方を操りリズムを作る。プレー変化後のモーネさんに相応しい仕事だと言える。
なのでパスばかりして、相手を抜き去るようなドリブルをしていないのは間違いではない。とは言えシチュエーションによってはプレスにきた選手をドリブルでかわしたり、ボールを持ち上がって相手DFを釣り出しパスコースを作ったりくらいはする。
それなのにゼロとは……確かにおかしい。
「ナリンさん? 聞き難い話ですが、リュウさんの様子って見てました?」
「いえ、特には……」
そう言いながら、俺たちは同時にノートリアス側のベンチを見た。そこにエルフのコーチはいなかった。
「あ、あっちであります!」
先にナリンさんが気づく。リュウさんは、テクニカルエリアにいた。腕を上に上げてモーネさんの方を見ている。
「いまなのか!?」
俺は叫んだが、果たしてその通りだった。俺の言葉が終わらない間にモーネさんがCBからボールを受け取り、パスを出すフリをしてターン一発でヨンさんの裏を取り前進した。
それから……スピードを上げてドリブルを開始した。
『ごめん、ポリン!』
慌ててヨンさんが追走するが、足の早さとスムーズさは如何ともし難い。モーネさんは中盤へ差し掛かり、急ぎチェックに来たポリンさんを腕で牽制しながらドリブルを続ける。
「すげえ……」
モーネさんがボールに細かくタッチしつつ何度かパスを出すフェイントを行い、シャマーさんがその度にラインを下げる。しかし遂にクエンさんがアタックに入り、キャプテンはオフサイドトラップを諦めラインを一気に押し上げた。この距離だともう心配はスルーパスではなくミドルシュートなのだ。
『え? あれ?』
しかしモーネさんの選択はパスでもシュートでもなかった。そこで急ストップして右腕でポリンさんの腰を押して彼女の体勢を崩し、クエンさんの方向へ押しやる。
『危ないっす!』
結果、倒れそうになるポリンさんをクエンさんが抱き留めるような形になった。その残り足に自身の左足をかけながら、モーネさんは前進を続けようとした。
『痛っぁ!』
「ピピー!」
当然、モーネさんは転倒し笛が即座に鳴る。アローズの面々が呆然となる中、PAのすぐ外でノートリアスに直接FKが与えられる事となった……。
そうなると中盤以降の選手数では両チームとも同数となる。むしろ、我々ほど連携が構築されていない寄せ集め軍人チームは、必要ない部分に選手が多かったり逆の場所に少なかったりして、場合によってはまるで自分達が数的不利の様な苦境にはまった。
『何をやってんだ! もっと走れー!』
業を煮やしたライリー監督がテクニカルエリアから叫ぶ。
「なんて言ってます?」
「『走り回れ』くらいっすねー」
その様子を見て俺が訊ねると、アカリさんこそっと教えてくれた。今日のノートリアスはCBとボランチのモーネさん以外の全員がガンス族である。彼女らは運動量と団結力が売りの狼人間たちであり、出せるカード言えばそれしかないだろう。
「でもまあ、無理無理やばーい、って感じす」
そんな事を考えてた俺にアカリさんは楽しそうに付け足す。一般的に監督が
「落ち着けー!」
と叫んでいる時はチームがパニックになってどうしようもない時。
「もっと走れ!」
と怒鳴っている時は選手は足に疲労が貯まって動けない時である。
ガンス族の選手たちは……まったく持ち味を出せないでいた。それはもちろん、ティアさんが王都の素敵な夜のお店を紹介し、彼女らがナイトライフを楽しみまくった結果である。あとルーナさんが砂かぶり席にいる時期というので察しがつくだろうが、月の様子も狼人間にとって良くはなかった。
例外として、CBのオークさんたちは良く持ちこたえていた。それほど走り回るポジションではないとは言え、あまりコンディションの悪さが見えない。オーク族の性格的に夜遊びへ参加していないとは思えないので、これはもう彼女らの強さと言うしかないかもしれない。
先のオーク戦後、彼女らのコーチも
「試合後なんてキツイ酒飲んで交尾して寝るだけブヒ!」
とか言ってたからね……。
与太話はともかく試合の方だが、こちらも眠り続けた状態だった。クエン、ポリン、レイの3名がその能力を駆使し、リストさんが縦横無尽に走り回っても、である。それほどに退場者を出して数的不利になるのは難しいのだ。
「なんとかこのままでハーフタイムまで逃げ切りたいですね」
「そうでありますね。ただ不気味なのはモーネでありますが……」
ナリンさんはアカサオから記録ボードを借りて目を通しながら言った。
「どうしました?」
「やはりであります! プレースタイルが変わった後でもあの子はもう少しドリブルを使うタイプでありました。しかし……」
コーチはある項目を指さしながら俺に見せた。空白、つまりゼロである。
「ミドルサード越えのドリブルは無し、ですか」
魔法の眼鏡が無いので文字は読めないが、その位置が何の記録であるか俺は覚えていた。ミドルサード、つまりピッチ中央付近でのドリブルが一度も無かったのだ。
「まあ今日のポジションがボランチだから仕方ないという面もあるでしょうが……」
ボランチとは舵取り、つまり攻撃やボールの行き先を決めるポジションだ。人間の身体で言えば臍に当たる位置に陣取り、主にパスで味方を操りリズムを作る。プレー変化後のモーネさんに相応しい仕事だと言える。
なのでパスばかりして、相手を抜き去るようなドリブルをしていないのは間違いではない。とは言えシチュエーションによってはプレスにきた選手をドリブルでかわしたり、ボールを持ち上がって相手DFを釣り出しパスコースを作ったりくらいはする。
それなのにゼロとは……確かにおかしい。
「ナリンさん? 聞き難い話ですが、リュウさんの様子って見てました?」
「いえ、特には……」
そう言いながら、俺たちは同時にノートリアス側のベンチを見た。そこにエルフのコーチはいなかった。
「あ、あっちであります!」
先にナリンさんが気づく。リュウさんは、テクニカルエリアにいた。腕を上に上げてモーネさんの方を見ている。
「いまなのか!?」
俺は叫んだが、果たしてその通りだった。俺の言葉が終わらない間にモーネさんがCBからボールを受け取り、パスを出すフリをしてターン一発でヨンさんの裏を取り前進した。
それから……スピードを上げてドリブルを開始した。
『ごめん、ポリン!』
慌ててヨンさんが追走するが、足の早さとスムーズさは如何ともし難い。モーネさんは中盤へ差し掛かり、急ぎチェックに来たポリンさんを腕で牽制しながらドリブルを続ける。
「すげえ……」
モーネさんがボールに細かくタッチしつつ何度かパスを出すフェイントを行い、シャマーさんがその度にラインを下げる。しかし遂にクエンさんがアタックに入り、キャプテンはオフサイドトラップを諦めラインを一気に押し上げた。この距離だともう心配はスルーパスではなくミドルシュートなのだ。
『え? あれ?』
しかしモーネさんの選択はパスでもシュートでもなかった。そこで急ストップして右腕でポリンさんの腰を押して彼女の体勢を崩し、クエンさんの方向へ押しやる。
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結果、倒れそうになるポリンさんをクエンさんが抱き留めるような形になった。その残り足に自身の左足をかけながら、モーネさんは前進を続けようとした。
『痛っぁ!』
「ピピー!」
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