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第三十一章
左右は問わない時のリストさん
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リストさんは縦横無尽の活躍をしていた。これは比喩ではなく、本当に縦横と動きを止めていなかったのだ。
FWを分類する場合、ざっくりと縦の動きが得意な選手と横の動きが得意な選手で分ける事がある。例えばリーシャさんは圧倒的に縦だ。足下でボールを受けてドリブルを開始するにせよDFラインの裏へ飛び出すにせよ、彼女は基本的に少しでも相手ゴール方面へ動こうとする。元がWGだから当然と言えば当然だ。
一方、ダリオさんやレイさんは横の動きが主だ。DF同士やDFとMFの間でボールを受けようと細かく動き直し、いったんボールを保持すれば多数の選択肢を持つ。相方のFWにパスを出すこともあれば、自分がシュートを狙う事もある。周囲の状況が良くなければバックパスをして組立をやり直すのも厭わない。
またそれと別の性質のFWいる。今日のリストさんの相棒ヨンさんはいわゆる点タイプだ。DFを背負いながらパスを受け奪われないようにキープし、自分より状態が良い、前を向ける選手へ返す。前線に基準点――ゲームにおけるフラグやセーブポイント、TV番組だと編集点に値するものだ――を作ってくれるFWだ。
しかしリストさんはそれのどれとも違った。或いはどれでもあると言うべきか? 彼女は縦も横も点も、全てを行っていた。
つまり縦に突破する、ポケットで受けて展開する、空中戦を挑む、守備をする……。そこには悩んでイジケて暗い部屋で趣味の世界へ逃避する内気なナイトエルフの姿は無かった。
「俺が間違っていたのかな?」
俺はゴルルグ族戦以降の自分の対応を振り返って呟く。PKを外し、『ゴルルグ族戦ならば特に活躍するだろう』という期待も裏切ってしまった! と落ち込んでいたリストさんを、俺たちは過保護に扱った。優しい言葉をかけ重荷を外し、じっくりと復調するのを待つ方向でいた。
だがそれでは彼女はなかなか元気を取り戻さなかった。なのに今、スクランブル状態でアップもそこそこに出場させられ、数的不利で走り回る必要があるのに、リストさんは輝いていた。
デイエルフの大半を凌駕する身体能力で飛び回り、ドーンエルフ顔負けの発想で相手の裏をかき、ナイトエルフ特有のトリッキーなテクニックでDFを翻弄する。その目はいつも通りスポーツ用サングラスで隠れているが、笑っているかのようだ。
『リストパイセン! ここまで戻らなくて良いっすから!』
あまりの張り切り過ぎに、同じナイトエルフのクエンさんが何か声を飛ばす。
「クエンさえも困っているでありますね」
「そっすね。もっと早くこうすれば良かった」
ナリンさんは苦笑気味にそう言ったが、俺は後悔しきりだった。スポーツの世界でもいまどき根性論なんて流行らないし、パワハラだって言語道断だ。しかもリストさんは――ああではあるが――女性だ。だが彼女に必要なのは強引にでも引っ張り出す事だったのかもしれない。
俺は極力、選手達に無茶をさせないよう、合理的かつ科学的に接してきた……つもりだ。いま俺がいるこの異世界は少し野蛮な世界で文明レベルも違うので、なおのこと意識していた面もある。だが大事にするのと過保護なのは違う。
俺たちがすべきだったのは腫れ物を扱うように接するのではなく、早く彼女に責任と仕事を与えて、
「俺たちは君を頼りにしているよ!」
と表明する事だったのだ。
「せめてペナルティエリアの幅にしますか?」
俺の様子を見たナリンさんが誤解して声をかけてきた。どうもリストさんの動き過ぎに良い顔をしていないと思ったらしい。彼女の動くエリアを少し制限してみては? との提案してくれたのだ。
これは今日のリストさんの様に走り回るFWに対してMFが要求する言葉としてはオーソドックスなもので、掻い摘んで言うと
「動いても良いがサイドに流れ過ぎないでくれ」
との意味だ。
何故かと言うとFWとはMFにとってパスのターゲットであり、そのターゲットにウロチョロされると探し難くて苦労するからだ。またサイドと言うのは比較的守備が緩くその分、ボールをキープし易いがゴールからは遠い。パスを通せても得点に直結し難いのだ。
やはりMFはアシストを記録してナンボ、というマインドがある。自分が完璧なラストパスを通しFWはそれを受けてシュートするだけ! という状況を好む選手が多い。点取り屋は大人しく前線で待っていて、こちらが良いパスを送るのを待っていろ、というのが本音なのだ。
一方でFWが献身的に汗をかいてくれるのはMFにとってもありがたい面がある。前線がボールを追い回せば、相手から苦し紛れのパスが出てインターセプトし易い。サイドでキープしてくれれば、自分が前へ行く時間がとれる。そしてアローズはゾーンプレスを行うチームでFWの守備参加は必須であり、しかも今は選手が1名退場して運動量で不利な状況だ。
つまり動き過ぎるのは迷惑だが、頑張ってくれるのは助かるという気持ちの板挟みがある。安易にどちらかを否定する事はできない。
そこで妥協の産物が『ペナルティエリアの幅』なのである。少なくともその範囲の中は決してサイドではないし、距離にもよるがシュートを狙えるだけの角度がある。それでいてまあまあの広さがあるので、その中しか動けないとしてもさほど不満はないだろう。
以上の事を踏まえると、ナリンさんの提案は極めて妥当なモノに思えた……。
FWを分類する場合、ざっくりと縦の動きが得意な選手と横の動きが得意な選手で分ける事がある。例えばリーシャさんは圧倒的に縦だ。足下でボールを受けてドリブルを開始するにせよDFラインの裏へ飛び出すにせよ、彼女は基本的に少しでも相手ゴール方面へ動こうとする。元がWGだから当然と言えば当然だ。
一方、ダリオさんやレイさんは横の動きが主だ。DF同士やDFとMFの間でボールを受けようと細かく動き直し、いったんボールを保持すれば多数の選択肢を持つ。相方のFWにパスを出すこともあれば、自分がシュートを狙う事もある。周囲の状況が良くなければバックパスをして組立をやり直すのも厭わない。
またそれと別の性質のFWいる。今日のリストさんの相棒ヨンさんはいわゆる点タイプだ。DFを背負いながらパスを受け奪われないようにキープし、自分より状態が良い、前を向ける選手へ返す。前線に基準点――ゲームにおけるフラグやセーブポイント、TV番組だと編集点に値するものだ――を作ってくれるFWだ。
しかしリストさんはそれのどれとも違った。或いはどれでもあると言うべきか? 彼女は縦も横も点も、全てを行っていた。
つまり縦に突破する、ポケットで受けて展開する、空中戦を挑む、守備をする……。そこには悩んでイジケて暗い部屋で趣味の世界へ逃避する内気なナイトエルフの姿は無かった。
「俺が間違っていたのかな?」
俺はゴルルグ族戦以降の自分の対応を振り返って呟く。PKを外し、『ゴルルグ族戦ならば特に活躍するだろう』という期待も裏切ってしまった! と落ち込んでいたリストさんを、俺たちは過保護に扱った。優しい言葉をかけ重荷を外し、じっくりと復調するのを待つ方向でいた。
だがそれでは彼女はなかなか元気を取り戻さなかった。なのに今、スクランブル状態でアップもそこそこに出場させられ、数的不利で走り回る必要があるのに、リストさんは輝いていた。
デイエルフの大半を凌駕する身体能力で飛び回り、ドーンエルフ顔負けの発想で相手の裏をかき、ナイトエルフ特有のトリッキーなテクニックでDFを翻弄する。その目はいつも通りスポーツ用サングラスで隠れているが、笑っているかのようだ。
『リストパイセン! ここまで戻らなくて良いっすから!』
あまりの張り切り過ぎに、同じナイトエルフのクエンさんが何か声を飛ばす。
「クエンさえも困っているでありますね」
「そっすね。もっと早くこうすれば良かった」
ナリンさんは苦笑気味にそう言ったが、俺は後悔しきりだった。スポーツの世界でもいまどき根性論なんて流行らないし、パワハラだって言語道断だ。しかもリストさんは――ああではあるが――女性だ。だが彼女に必要なのは強引にでも引っ張り出す事だったのかもしれない。
俺は極力、選手達に無茶をさせないよう、合理的かつ科学的に接してきた……つもりだ。いま俺がいるこの異世界は少し野蛮な世界で文明レベルも違うので、なおのこと意識していた面もある。だが大事にするのと過保護なのは違う。
俺たちがすべきだったのは腫れ物を扱うように接するのではなく、早く彼女に責任と仕事を与えて、
「俺たちは君を頼りにしているよ!」
と表明する事だったのだ。
「せめてペナルティエリアの幅にしますか?」
俺の様子を見たナリンさんが誤解して声をかけてきた。どうもリストさんの動き過ぎに良い顔をしていないと思ったらしい。彼女の動くエリアを少し制限してみては? との提案してくれたのだ。
これは今日のリストさんの様に走り回るFWに対してMFが要求する言葉としてはオーソドックスなもので、掻い摘んで言うと
「動いても良いがサイドに流れ過ぎないでくれ」
との意味だ。
何故かと言うとFWとはMFにとってパスのターゲットであり、そのターゲットにウロチョロされると探し難くて苦労するからだ。またサイドと言うのは比較的守備が緩くその分、ボールをキープし易いがゴールからは遠い。パスを通せても得点に直結し難いのだ。
やはりMFはアシストを記録してナンボ、というマインドがある。自分が完璧なラストパスを通しFWはそれを受けてシュートするだけ! という状況を好む選手が多い。点取り屋は大人しく前線で待っていて、こちらが良いパスを送るのを待っていろ、というのが本音なのだ。
一方でFWが献身的に汗をかいてくれるのはMFにとってもありがたい面がある。前線がボールを追い回せば、相手から苦し紛れのパスが出てインターセプトし易い。サイドでキープしてくれれば、自分が前へ行く時間がとれる。そしてアローズはゾーンプレスを行うチームでFWの守備参加は必須であり、しかも今は選手が1名退場して運動量で不利な状況だ。
つまり動き過ぎるのは迷惑だが、頑張ってくれるのは助かるという気持ちの板挟みがある。安易にどちらかを否定する事はできない。
そこで妥協の産物が『ペナルティエリアの幅』なのである。少なくともその範囲の中は決してサイドではないし、距離にもよるがシュートを狙えるだけの角度がある。それでいてまあまあの広さがあるので、その中しか動けないとしてもさほど不満はないだろう。
以上の事を踏まえると、ナリンさんの提案は極めて妥当なモノに思えた……。
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