上 下
553 / 651
第三十一章

左右は問わない時のリストさん

しおりを挟む
 リストさんは縦横無尽の活躍をしていた。これは比喩ではなく、本当に縦横と動きを止めていなかったのだ。
 FWを分類する場合、ざっくりと縦の動きが得意な選手と横の動きが得意な選手で分ける事がある。例えばリーシャさんは圧倒的に縦だ。足下でボールを受けてドリブルを開始するにせよDFラインの裏へ飛び出すにせよ、彼女は基本的に少しでも相手ゴール方面へ動こうとする。元がWGだから当然と言えば当然だ。
 一方、ダリオさんやレイさんは横の動きが主だ。DF同士やDFとMFの間でボールを受けようと細かく動き直し、いったんボールを保持すれば多数の選択肢を持つ。相方のFWにパスを出すこともあれば、自分がシュートを狙う事もある。周囲の状況が良くなければバックパスをして組立をやり直すのも厭わない。
 またそれと別の性質のFWいる。今日のリストさんの相棒ヨンさんはいわゆる点タイプだ。DFを背負いながらパスを受け奪われないようにキープし、自分より状態が良い、前を向ける選手へ返す。前線に基準点――ゲームにおけるフラグやセーブポイント、TV番組だと編集点に値するものだ――を作ってくれるFWだ。
 しかしリストさんはそれのどれとも違った。或いはどれでもあると言うべきか? 彼女は縦も横も点も、全てを行っていた。
 つまり縦に突破する、ポケットで受けて展開する、空中戦を挑む、守備をする……。そこには悩んでイジケて暗い部屋で趣味の世界へ逃避する内気なナイトエルフの姿は無かった。
「俺が間違っていたのかな?」
 俺はゴルルグ族戦以降の自分の対応を振り返って呟く。PKを外し、『ゴルルグ族戦ならば特に活躍するだろう』という期待も裏切ってしまった! と落ち込んでいたリストさんを、俺たちは過保護に扱った。優しい言葉をかけ重荷を外し、じっくりと復調するのを待つ方向でいた。
 だがそれでは彼女はなかなか元気を取り戻さなかった。なのに今、スクランブル状態でアップもそこそこに出場させられ、数的不利で走り回る必要があるのに、リストさんは輝いていた。
 デイエルフの大半を凌駕する身体能力で飛び回り、ドーンエルフ顔負けの発想で相手の裏をかき、ナイトエルフ特有のトリッキーなテクニックでDFを翻弄する。その目はいつも通りスポーツ用サングラスで隠れているが、笑っているかのようだ。
『リストパイセン! ここまで戻らなくて良いっすから!』
 あまりの張り切り過ぎに、同じナイトエルフのクエンさんが何か声を飛ばす。
「クエンさえも困っているでありますね」
「そっすね。もっと早くこうすれば良かった」
 ナリンさんは苦笑気味にそう言ったが、俺は後悔しきりだった。スポーツの世界でもいまどき根性論なんて流行らないし、パワハラだって言語道断だ。しかもリストさんは――ああではあるが――女性だ。だが彼女に必要なのは強引にでも引っ張り出す事だったのかもしれない。
 俺は極力、選手達に無茶をさせないよう、合理的かつ科学的に接してきた……つもりだ。いま俺がいるこの異世界は少し野蛮な世界で文明レベルも違うので、なおのこと意識していた面もある。だが大事にするのと過保護なのは違う。
 俺たちがすべきだったのは腫れ物を扱うように接するのではなく、早く彼女に責任と仕事を与えて、
「俺たちは君を頼りにしているよ!」
と表明する事だったのだ。
「せめてペナルティエリアの幅にしますか?」
 俺の様子を見たナリンさんが誤解して声をかけてきた。どうもリストさんの動き過ぎに良い顔をしていないと思ったらしい。彼女の動くエリアを少し制限してみては? との提案してくれたのだ。
 これは今日のリストさんの様に走り回るFWに対してMFが要求する言葉としてはオーソドックスなもので、掻い摘んで言うと
「動いても良いがサイドに流れ過ぎないでくれ」
との意味だ。
 何故かと言うとFWとはMFにとってパスのターゲットであり、そのターゲットにウロチョロされると探し難くて苦労するからだ。またサイドと言うのは比較的守備が緩くその分、ボールをキープし易いがゴールからは遠い。パスを通せても得点に直結し難いのだ。
 やはりMFはアシストを記録してナンボ、というマインドがある。自分が完璧なラストパスを通しFWはそれを受けてシュートするだけ! という状況を好む選手が多い。点取り屋は大人しく前線で待っていて、こちらが良いパスを送るのを待っていろ、というのが本音なのだ。
 一方でFWが献身的に汗をかいてくれるのはMFにとってもありがたい面がある。前線がボールを追い回せば、相手から苦し紛れのパスが出てインターセプトし易い。サイドでキープしてくれれば、自分が前へ行く時間がとれる。そしてアローズはゾーンプレスを行うチームでFWの守備参加は必須であり、しかも今は選手が1名退場して運動量で不利な状況だ。
 つまり動き過ぎるのは迷惑だが、頑張ってくれるのは助かるという気持ちの板挟みがある。安易にどちらかを否定する事はできない。
 そこで妥協の産物が『ペナルティエリアの幅』なのである。少なくともその範囲の中は決してサイドではないし、距離にもよるがシュートを狙えるだけの角度がある。それでいてまあまあの広さがあるので、その中しか動けないとしてもさほど不満はないだろう。
 以上の事を踏まえると、ナリンさんの提案は極めて妥当なモノに思えた……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

6年生になっても

ryo
大衆娯楽
おもらしが治らない女の子が集団生活に苦戦するお話です。

処理中です...