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第三十一章

以心伝言

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 サッカードウの様なスポーツで選手に作戦を伝達するのは非常に難しい。選手は多数いるしでも距離は離れているし、スタジアム内は騒音で満ちていてプレイもなかなか途切れない。
 幸いエルフには優れた視力があって文字や数字の書かれたボードで示すが出来るので、俺たちはしばしばその手段を利用してきたが、今回は古典的な方法に頼る事になっていた。
 交代で入る選手に口頭で伝えて貰うのである。
「ヨンさん、ちゃんと言ってくれたみたいですね」
「ええ。意図は伝わっているようであります」
 俺たちの指示通り、クエンさんが中盤の底へ入りポリンさんが左でレイさんが右のインサイドハーフ2枚アンカー1枚の形になったのを見て、ナリンさんが安堵の声を漏らす。
 伝令という確実そうなやり方をしているのに何を不安がっているのだ? という話だが、伝言ゲームというのは意外と難しい。例えば日本代表が銅メダルを獲得したメキシコ五輪において、グループリーグの第三戦は途中からいわゆる勝ってはいけない試合――勝利するとグループリーグトップのチームとなり、決勝トーナメント1回戦で地元メキシコと対戦する事になってしまう――になったのでドローを目指す事になったのだが、その指示をピッチ上の選手へ伝えるべく投入された交代選手の言葉が曖昧で正確に伝わらず、危うく点を穫ってしまいそうになった、という逸話もある。
 今回は指示を間違えてもそこまで致命的でないとは言え、その重要な役割を担ったのはヨンさんである。サッカードウにおいては真面目で守備も空中戦もサボらない献身的な選手である反面、私生活は意外とルーズだ。最近知った話だが出会い系バーみたいなモノにも行ってるらしいし。そんな彼女が正確に伝えてくれるだろうか? という懸念はあるのだ。
 ……じゃあヨンさんではなくリストさんに任せるか? というと論外だし。難しい所だな。
『ポリン、その調子! よい子ね!』
 俺が苦笑する横でナリンさんが従姉妹に何か声をかけた。雰囲気から察するに上手くいっているらしい。そうだ、指示が伝わったのを確認できたなら、次はどういう状態になった確認するターンだよな……。

「ほっほう~」
 俺は少し嬉しくなってそう漏らす。見ると事実、アローズの中盤はかなりボールポゼッションを確立しつつある様だった。これは期待以上の出来だ。
 普通、選手が1名退場してしまったチームは受けに回り、相手に主導権を渡してしまうものである。そして1名多いチームにパスを左右に回され、DFやMFが走らされる。その間にスタミナや集中が切れ連携をミスし、穴を空ける。その空いた穴から攻撃を受け失点……という流れ。
 しかも今回のアローズは先制しており、相手には短い期間とは言えそのアローズの中盤に君臨したパッサー、モーネさんがいる。守勢に入りボールを握られて然るべき条件は揃っていた。
 しかしそうはならなかった。交代で入ったヨンさんがいつも以上に前線から守備で走り、人数差を埋める。中盤の3名はその助けを受けてプレスをかけ、シャマーさんが強気にラインを押し上げてスペースを消す。裏に出たボールは、久しぶりに出場のユイノさんが素早く確保する。
 そうして奪ったボールをアローズは敵に回さなかった。その中心となっていたのはポリンさん、レイさん、クエンさんの三枚だ。学校ではクラス委員長を勤めるポリンさんはその真面目な性格と同じくらい正確なパスを通し、奔放なレイさんはどんな難しいボールも平気でトラップして自由にボールと戯れる。豪快さと思慮深さを持つクエンさんは前者2名ほどのテクニックはないが彼女らの分も守備で体を張り、短く適切なパスを交換する……。
 ノートリアスはこの3名からボールを奪うことが全くできないでいた。
「ショーキチ殿が話されていた、ボールを握る未来のアローズのサッカードウがこれでありますか!?」
「うーん、実は違うんですよねー。でも参考にはなるので見ておいて下さい」
 やや興奮気味で質問するナリンさんへ俺は答えた。確かにいま目の前で彼女らが披露しているプレイは、ボールを保持し相手に触らせないサッカードウではある。
 しかしこれは俺たちが仕込んだモノではない。ポリン、レイ、クエンの3者がその才能でもって、即興的に行っているだけのプレイだ。いや『だけ』と言っても凄い事なんだけどさ。
 だがその性質上、このトライアングルの誰かが欠けるとか調子を落とすとかだけで崩壊してしまうだろう。それでは短期決戦のトーナメントなら勝てるが、長丁場のリーグ戦で通用するとは言えない。
 また今は『ボールを相手に奪われない為のパス回し』に終始している。これはパスを回して相手の守備を崩すよりは幾段か難易度が低いものだ。もちろん、今の状況――1点先制しており1名少ない――からそうして良い、とこちらが指示したからだが。
 そんな訳でこれは俺が将来目指している、チーム全体がボールを握り時間と空間を支配し、相手の守備を崩して得点を上げ勝利するサッカードウ……とはまた違ったものなのだ。なのだが、もちろんそんな事を説明している時間はなかった。なので参考程度に見てくれ、とナリンさんへ伝えたのだ。
「そうでありますか……。つまりこれ以上と!?」
 しかしナリンさんは嬉しそうに聞く。いやそうと言えばそうだけどあまりハードル上げんといてくれるかな?
「まあそれは後のお楽しみということで。それより、ずっと近いお楽しみの時間が来たみたいですよ!」
 俺は否定も肯定もせずに答えて、ピッチの方を指さした。その先では永らく地下の暗闇へ潜っていた存在が雌伏の時を終えようとしていた。
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