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第三十一章

マイナスl

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 1点とは言えリードしているチームが立て続けにイエローカードを貰って退場者を出す。しかもホームで。まあまあのレアケースだろう。
『エルエル、何をやっておるのじゃ!』
『ジノリコーチ、危ない!』
 ジノリ台の上でドワーフが地団駄――間に台があって直接、地面を踏んでいる訳ではないが、それでも地団駄と言って良いのかな――を踏んでバランスを崩しかえ、ザックコーチが慌てて支えた。
 まあ彼女の気持ちも分かる。ジノリコーチはDFの主担当であり、WGからボランチへ転向中のエルエルを手塩にかけて育てているのだ。その中で、どの様にクリーンにボールを奪うか? や審判さんへ敬意を払うべし! などと口を酸っぱく教えている筈だ。ドワーフはエルフよりそういう所に五月蠅いからね。
 まあ今回はその教えと真逆を行ってしまった訳で、彼女の憤慨も分かる。とは言えコーチ業においてそういう事はあるあるなので、気持ちを切り替えてやり続けるしかないんだけどね……。
「ナリンさん! レイさんとポリンさんを呼んで下さい!」
「了解であります!」
 やると言えば監督業もそうだ。前も言及した通り、俺はもともと選手のミスを大きく指摘するタイプではない。しかも今は試合中だ。対応を考えなければ。
 従姉妹の呼びかけに反応してまずポリンさんが、次にレイさんがやってくる。その光景の向こうでは、ボールを脇に抱えたシャマーさんがピッチに降りてきたドラゴンの審判さんと何か言葉を交わしていた。
「何時もいつの間にかボール拾ってんだよなーありがたい」
 俺は感心して心の中で手を合わせた。公には両チームのキャプテンが、キャプテンだけが審判さんと会話をする事ができるというルールになっている。それで裁定が変わったりはしないが、説明を求めることはできるのだ。
 何かアクシデントがあった際はいつも、シャマーさんはボールを拾って審判さんへ歩み寄り話を聞く。彼女は激昂して声を荒らげるタイプではなく冷静に話すので、審判さんへの受けも悪くない。というかドラゴンですらあの魔術師にはリスペクトさえあるように見える。
 そして彼女がボールを抱え審判さんとコミュニケーションを取っている間は、絶対に試合は再開しない。そうする事で時間ができる。選手が落ち着き、コーチ陣が対策をする為の貴重な時間が。
 こういうタイプのキャプテンシーもあるのだ。なんとかシャマーさんの献身に応えたい。彼女が望む形ではないかもだが。
『うちが落ちるん?』
 そんな事を考えていた俺に、シャマーさんと同じ様な形を望むレイさんが声をかけてきた。
「いや、ポリンさんも聞いて下さい。エルエルのゾーンはポリンさんが出張して、中盤の底は2枚で耐えましょう」
 レイさんのジェスチャーで彼女が言わんとしている事がなんとなく分かり、俺は説明を始める。
「でも完全に押し込まれたら、下がって貰います。リーシャさんとレイさんが両方がサイドを埋めて1441で」
 俺はそこまで言って、ナリンさんの通訳を待った。学生コンビが来るまでに作戦ボードを用意していたナリンさんは板の上で背番号の書かれた駒を動かしながら彼女らに説明をする。
『44ブロックは結局、練習でやっている通りだから。普段通りやれば良いのよ。分かる?』
『うん、ナリンちゃん!』
『前にスペースある方がやり易うて助かるわ』
 俺は彼女らのエルフ語を聞き流しながら時計を見上げた。前半15分過ぎ。残りは30分とアディショナルタイムか。この形で耐えきるには長過ぎる時間だな。
「良いですか? 15分、まずそれで我慢して下さい。上手くいけばよし、駄目なら次のプランをすぐに出しますから」
 俺はそう言いながら右手をグーにして突き出す。ここで格好良くグータッチして別れたい所だが、ナリンさんの通訳を待たねばならない。
 ……その間はちょっと長い。腕がややプルプルし出した辺りでコーチの言葉が終わり、ポリンさんがはにかみながら、レイさんが爆笑しながら拳を合わせピッチへ帰って行く。
「若い子はすぐ笑うというか頼もしいというか……」
 俺がそう言いながらベンチ前へ向かうとナリンさんは神妙に頷いた。が、2、3歩あるいた所で急に吹き出す。
「どうしました?」
「すみません、今のは自分の仕業であります。『ショーキチ殿にも少し我慢させてみせよう』と提案しまして」
「なっ!?」
 俺は思わずナリンさんの顔を見る。確かに少し長いなーと思っていたけど! 彼女、たまに唐突な悪戯をぶっ込んで来るんだよなあ。
「酷いですよナリンさん」
「まあまあ。次のプランを用意しようであります!」
 もう少し抗議しようと思ったが、選手だけに我慢を強いるのも心苦しいしコーチ陣と相談しないといけないのも本当だ。それになにより、ナリンさんの笑顔を見ると文句を言う気が無くなってしまう!
「そうですね。あ、文句と言えば……」
 俺はそう言いながら周囲を見渡した。審判さんに文句、つまり抗議を言って退場になったエルエルはもうコンコースからロッカールームの方へ消えている。彼女のケアもしなければ。
「エルエルの様子を見て欲しいんですが、コーチ陣は対策があるし選手では誰が適任ですかね?」
 派閥で言えば彼女は、リーシャさんをトップにしたいわゆる若手グループに属している。だが今回はその集団の大半がスタメンで出場中だ。デイエルフという点ではツンカさんやエオンさんもいるが、ちょっとおねえさんだしキャラも合いそうにない。
「マイラでどうでしょう? 彼女も若手グループでありますから」
「ええっ!?」
 不意を討たれて俺は変な声を出し、周囲の視線が集まる。マイラさんが若手!? いや、表向きはそうか。
「いや、そうですね。じゃあナリンさんはマイラさんにお願いしてから、戻って来て下さい」
 集まった視線のうちの一本は――視線の助数詞が本で良いのか分からないが――当のエルフ、マイラさんだ。日本語は知らないだろが怪しまれるような事は言えない。
 俺はナリンさんにそうお願いすると同時に、合図を送って他のコーチ陣を集める事にした。
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