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第三十章
与え貰う
しおりを挟むその後、俺は後ろにいたガンス族の女性――ボッシュさんという長身のMFで、キックターゲットに参加してくれる選手だ。見た目はアフガンハウンドといった所だが、なかなかキックが上手いらしい――を紹介して貰い、しばらくの間ラリー監督と談笑しながらノートリアスのウォーミングアップを眺める事となった。
明日対戦するチームの指揮官同士が仲良く、というのも知らない人からしたら不思議な行為だろうが、トッププロの世界は意外と狭い。監督同士、同じ学校出身とか選手時代は同じチームだったという事はよくある。そうなると久しぶりに会ったらついつい思い出話や近況報告に花を咲かせる、といった風景が繰り広げられる事となる。
もちろん、俺とラリー監督はそうではない。しかしサッカードウ界では少数派の『人間』で、癖の強い他種族の間で肩身の狭い想いをしているという共通点があった。
特にノートリアスは種族混成チーム故に苦労が絶えないらしい。その分、様々な知見は豊富でラリー監督は苦笑混じりに色々と語ってくれた。実のところ軍人さんらしく簡潔に、しかしユーモアを交えて話す彼女の知識は非常に有用で、もしかしたらステフ達と旅をするより真っ先にノトジアへ行って彼女に弟子入りした方が早かったのではないか? と少し思ったくらいだ。
「へん! どうせあたしの話はまとまりがねえよ!」
「はい? どうしました?」
当然、そんな俺の心を読んだステフが拗ね、意味が分からないラリー監督が困惑の表情を浮かべる。
「いや、なんでもありません。ごめん、ステフ! 今のは完全に俺が悪かった! 本気であの旅が無意味だなんて思ってないって!」
前半はノートリアスの監督に、後半は旅の仲間に向かって俺はそう告げる。
「本当か? くんくん……嘘の匂いは無いようだな」
その言葉を聞いたステフは例のヘルメットを被ってこちらを見て呟いた。おい、その機械はそんな事も分かるのか?
「まあな! この機能については試作段階だが……うげえ!」
と、得意げに話し始めた魔法剣士は急に身を折って悶絶する。
「ど、どうしたっ!?」
「あっ! おーい、吐くならピッチの外にしろ! エルフさんに迷惑だろ!」
ステフを気遣う俺のサオリさんの横で、何かに気づいたラリー監督が叫ぶ。見ると、ランニングの途中で気持ち悪くなったらしいオークの選手が見事に胃の中身をぶちまけていた。
「なるほど。あの匂いが装置に直撃したんすね……」
すべてを察したサオリさんが呟く。ステフが被っているのは吐息に含まれるアルコールや嘘をつく時の汗を嗅ぎ取れるレベルのマジックアイテムだ。まあ、彼女の言うことを信頼するのならばだが。ともかく、それで吐瀉物の臭気を食らったらたまったものではないだろう。
「くあー! なんだよまったく! お前の物語、ハーレムものの癖に吐いたとか鼻血とか解剖とかグロ多いんだよ! ジャンルを考えろ!」
多数の異世界を知るエルフはヘルメットを外しながら俺を睨んだ。
「確かに、最近はそうだよな。ってハーレムじゃねえよ!」
相変わらずステフの言うこと全ては分からないが、否定すべき部分はちゃんと否定しておく。
「すまない、お見苦しいところを……」
ラリー監督は恥ずかしそうに鼻を掻きながら言った。俺は複雑な顔で首を横に振り別に大丈夫だ、との気持ちを示す。複雑なのは、ノートリアスの選手たちがこんなにコンディション悪いのは、もともとこっちの仕業だからだ。
日々、戦場でストレスを抱えている選手たちにティアさんが安全で楽しいエルフの王国のナイトライフを紹介して、ちょっとばかり飲み過ぎて貰う。その作戦はどうやらかなり効いたようだ。
「いえいえ、お気遣いなく。ただどの道、もうお時間っすから……」
一方、ポーカーフェイスのアカリさん――と言ってもゴルルグ族の蛇顔の表情なんて分からねえよ!――は口に出してラリー監督を労り、同時にスタジアム上部の時間表示を見上げる。おお、確かに公開部分はとっくに過ぎているな。
「そうか。いや、君たちが良ければ最後まで観ていってくれれば」
「いやいや、流石にそれは!」
本気か!? いや、本気なんだろうな。なにせノートリアスは特殊なチームで種族の名誉とか一部残留とかに拘りがなく、よって勝ち負けにもそこまで固執しない。しかも今日の選手たちはあんなコンディションだ。いまさら練習を隠しても、という気分なんだろう。
「明日、良い勝負をしましょう!」
俺はそう言って、もう少し見ていたそうなステフやアカサオを連れてピッチを去った……。
「何で帰るんだよ! もうちょっと見ていたかったなー。きっと貰いゲロでスゴいことになって見物だったぞ!」
「監督、たまにバカ正直になるっすよねー」
「わっ、私はもう観たくなかったかも……」
スタジアム内部へ入り人気が無くなると彼女たちは一斉に口を開いた。
「たぶん、残ってもそんなに成果無かったと思うんですよね。あと、こっちも卑怯な事をしているから後ろめたいと言うか」
俺は声を顰めてそう言う。あと『貰いゲロ』なんてハーレムからもっとも遠い所にあると思うが、それにツッコムとやぶ蛇なので黙っておく。
「言われてみたらそうっすけど……。ステフさん、主力もだいたい酒が残ってそうな感じっすか?」
俺の言葉を聞いたアカリさんがステフに訊ねた。出来るスカウトさんはダスクエルフが例の装置でチェックすべき選手を伝えていたようだ。
「ああ! あのボッシュって選手と例のエルフ以外はな」
例のヘルメットを被りなおしてステフは答えた。ほう、このアイテム、メモリー機能みたいなのもあるのか。だが被らないと確認できないのはマイナスだな。
「ぐっ、軍人が酒に溺れるのは、どこも同じ……」
サオリさんが重々しく頷く。確かにそうだよな。日本でも俗に
「潜水艦の寄港地は国家機密だが、港のスナックのお姉さんはだいたい知っている」
みたいな事を言うし。ガンス族やオークのサッカードウ選手なら、さしずめエルフのホストさんにかなり酔わされた感じだろうか?
「ねえ、ちょっと良い?」
と、そんな想像をしている俺の背に、『例のエルフ』とその弟が声をかけてきた!
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