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第三十章

酩酊タリー

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 時にグランドキーパーさんで、時に警備員さん。変装してスタジアムに残り対戦のチームの練習を盗み見るのは、実はとても楽しい。コスプレ気分を味わえるし、ちょっとしたスパイみたいでもある。
 だが今回はそれもお預けだ。俺は練習を終えたチームを見送って普段着のままスタジアムへ残った。なにせ今回の対戦チームはノートリアス、軍隊のチームである。アンデッドは諜報行動をしてこない――これからは分からないが――とは言え、防諜能力は他のチームより高いだろうしバレた時の気不味さも段違いだ。それにキックターゲットの打ち合わせもある。
「あ、来たっすよー」
 コーチ陣で唯一のこって貰ったアカリさんが最初に気づいて頭を向ける。唯一、とは言ったものの彼女は双頭の蛇人なので頭は二つある。いま動いたのは分析メインでややギャルっぽいアカリさん。その動きで煩わしそうに欠伸したのは潜入メインでややコミュ障のサオリさんだ。彼女らを一人と表現すべきか二人とみなすかはまだ結論が出ない。
 しかし頭が二つに身体一つでよく混乱しないな。たまに左右が入れ違ったりしないのだろうか?
「おおう、良い感じの酩酊ぶりだ! ティアのやつ、仕事したな!」 
 嬉しそうにそう叫んだのはステフだ。彼女にも残って貰っているが、この演出部長はコーチではないのでそちらの勘定に入れなかった。もっとも今の見た目はかなりそれっぽいが。
「それ、そんな事も分かるのか?」
 俺は浮かれるダスクエルフの頭部を指さして聞く。彼女の頭にはレンズやマスクが着いたヘルメットが鎮座しており、何かを分析している様であった。これが『今の見た目はそれっぽい』と言った理由である。
「ああ! 視覚拡大装置と例の感度5000倍の薬を使った臭気感知装置を組み合わせたマジックアイテムでな! 誰がどれくらい酔っているか分かるんだ!」
 ステフは得意げに笑いながら言った。いや、マスクの下なので予想に過ぎないが。
「あの薬、まだ使っているんだ……」
 俺は呆れてボソっと漏らす。感度5000倍の薬とはシャマーさんが作成した魔法のポーションだ。元は虫人間インセクターがフェロモンを利用して指示を飛ばしているのではないか? もしそうならそれを逆用できないか? との考えから俺が彼女に依頼したブツだが、最終的にステフの私物となり主に邪な目的で利用されている。
 しかしアレ、まだ残ってたんだな。コイツって意外と物持ちが良いな。これもSDGsなんだろうか。
「なんだ? 飲み会でお持ち帰りできる子を探すのに使いたいってか? それにはもっと小型化せんと実用にはなあ」
「確かに飲み会にそんなの着けてたら……ってそんなのに使わんわ!」
 彼女の言葉を一瞬だけ検討して素早く否定する。元が冒険者という名の社会不適合者だったからか知らないが、ステフは考え方がイチイチ卑劣で困る。
「おいおい、冒険者を悪く言うとスゴい数を敵に回すぞ!? しかもお前だって卑劣な策をやってるじゃないか!」
 例によって俺の心を読んだステフがヘルメットを取りながら抗議をしてきた。冒険者を敵に回したからって何だって言うんだ? と思いつつも『卑劣な策』の部分は正論なのでそれもそうだ、と膝を打つ。
「(その犠牲者たちの代表がきたっすよ!)」
 そんなアカリさんの囁き声で俺達は慌てて佇まいを改める。バカな話をしている間にラリー監督と背の高いガンス族の選手が近付いてきたのだ。
「ショーキチ監督、今回は午後の部を譲ってくれてありがとう」
 今日も軍服にオールバックでビシっと決めた軍人さんは、恐らく心からの笑顔で俺に挨拶をする。
「いえいえ。ノートリアスのみなさんがゆっくりして頂いたら、それに勝る喜びはありませんから」
「ははっ! ゆっくりと言うか羽根を伸ばし過ぎた感じはするがなあ」
 ラリー監督はそう言って鼻の頭を掻いた。ここまでの経験から皮肉か!? と身構えそうになるが、どうもそうではなく純粋に選手達のお転婆っぷりを恥じている様だ。やはり軍隊チームというのは特殊なんだなあ、と俺はグランドの酔っぱらい達を眺めた。

 軍所属のサッカーチーム。そう聞けば奇異に聞こえるかもしれないが、軍隊が運動部を持つのはさほど珍しい事ではない。いや持つに留まらず、韓国の尚武やタイの空軍チームなどプロリーグに所属するものや代表選手を輩出する名門チームも存在するくらいだ。
 そうする事の利点は幾つかある。まず一つには、運動する事によって身体能力の維持向上、団体行動の習熟が計れることだ。もちろん、一般的な軍事訓練でもそれは養われるが、余暇の時間でも継続して行えるのは大きい。
 二つには、その『余暇』になる事だ。軍隊というのは非常にプレッシャーがきつくストレスが大きい。それを解消する為の気晴らし――飲酒や喫煙や売春など――の中では、運動はもっとも健全なモノだろう。
 三つ目、特に徴兵制を備えている国の選手にとって、大事な旬の時期を軍に取られるのは多大な損失だ。そこで軍の運動部に所属して軍務につきつつ競技者としてのレベルをある程度、保つというのは合理的なやり方だと言える。
 そんな複数の利点でノトジアはノートリアスというチームを持ち、サッカードウのリーグに参加しているのだ。もっとも、今回来られている皆さんは、二つ目の理由の別の部分、『飲酒』にかなり耽溺されているようだが……。
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