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第三十章

カット&ペシミスト

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 翌日は試合の二日前。いよいよ相手チーム、ノートリアスを想定しての動きを重点的に練習する日だった。俺は昨日クラブハウスへ帰ってからすぐ過去の映像やアカサオのスカウトレポートを確認し、軍隊チームがどんなスタメンやシステムで来るかの予想をしておいた。
「ポリン、ナイスカットじゃー!」
 今もグランドでは控え選手たちを仮想ノートリアスとして試合形式の練習を行い、ジノリコーチが声を張り上げてトレーニングの指揮をとっていた。
 リュウさんモーネさんとの件は気になるが、記録を見ても報告を読んでも妹さんが大きな驚異になるとは思えなかった。熟考した上で俺は彼女を予想スタメンから外し、控えとして出てきた場合の注意点の一つとしてDF陣に伝えるに留めた。
「よいのうポリン、その調子じゃ!」
 再びジノリコーチからの激励がナリンさんの従姉妹へ飛ぶ。同じ妹でもこちらのチームみんなの妹的存在、ポリンさんは好調でこの戦術の要となりそうだった。期待していた中盤底からのパスだけでなく、守備の方でも良いインターセプトを繰り出していたのである。
「頭の良い子です、本当に」
 今日もベランダから練習を見下ろす俺に近づき、ナリンさんが言った。
「そうですね。一般的にパスを出せる選手はパスカットも上手いんですよ。地球でもレジスタ転向が成功した名手は、だいたいそうでしたし」
 一晩経ってすっかり調子を戻したコーチに俺は答える。戻した、とはいえ明後日の試合は元彼とその妹、そして自分の従姉妹が一同に介する訳だ。大変だな。
「守備で計算が立つようになれば、更なる戦力になりますね! 我が従姉妹ながら心強いです!」
 ナリンさんはそう言って目を細める。俺と彼女のみが知る事だが将来アローズはボールを保持し、パスを回しに回して相手を圧倒するサッカードウへ移行する予定だ。その頃にはポリンさんが渦の中心にいる事だろう。
「ところで、ティアさんは2部にも出ていませんよね?」
 移行の件は機密だしまだ先なので、俺は周囲を見渡し話の矛先を変えた。
「あ! そうですね……確か1部も。探しましょうか?」
 ナリンさんはそう言われて初めて気づいたようで、やや慌てた顔になる。
「いやいや、良いんですよ! 彼女は今回、練習したり試合へ出たりする以上の仕事をしてますんで! たぶん」
「あ! そう……でしたね」
 ここで2人揃って微妙な表情になる。ティアさんは例の、ノートリアスの皆さんに王都での夜遊びを紹介する任務を行っている。全員がそれでコンディションを崩すという事もないだろうが、今回スタメンでないティアさんが1名が道連れに数人でも泥酔させれば計算上ではお釣りが来る。
 ただまあそのプランそのものがお世辞にも綺麗な方ではないので、あまり胸を張って語れる内容でもないのだ。
「そう言えばモーネ選手はそういう所へ出歩くタイプですか?」
「えっ!? いえ、今は分かりませんが以前はそうでも。リュウと共に実家にでも顔を出しているかと」
「えっ!? あ、そうですか。すみません」
 俺は気不味い話題から逃れようとして更に気不味い話題にぶち当たってしまった! ありがちなミスだ。ナリンさんは困ったような顔をして……やがて笑い出した。
「あまり腫れ物に触れるかの様にしないで欲しいであります。自分はもう吹っ切れましたし、対戦相手である以上、ぶっ倒すだけ! であります!」
 コーチは日本語に切り換えてそんな事を言う。普段は選手に聞かれたくない内緒話をする時に使っている言葉だが、なんとなく今の決意には相応しい選択に思えた。
「そうですね! 見敵必殺、であります!」
 俺も口調を合わせ、更に敬礼まで加えて返事をする。相手を侮るのは良くない事だが、過大評価して怯えるのも無為な事だ。モーネ選手は控えに過ぎずリュウさんはコーチだ。実際に相手をするのはスタメンに選ばれた選手vs選手なんだし。
「あー! ポリン! ショーキチにいさんが従姉妹のおねーさんとイチャイチャしとるで!」
「ナリンちゃ……コーチ! 抜け駆、サボりはいけません!」
 敬礼をして見つめ合う俺たちに下からそんな声がかかる。発生源はレイさんとポリンさんだ。
「いや、別にサボっている訳では……」
「そうダヨー、仕事しまショー!」
「ズルいっすよー!」
 反論する俺に、便乗したタッキさんやクエンさんも声を飛ばす。俺たちは一瞬だけ目を合わせ肩を竦め、選手たちの叫ぶグランドの方へ降りて行った……。

 と、その日はそれだけでは終わらなかった。夜になっても俺は監督室で仕事を続けていたのだ。
 何もサボりサボりと言われたことを意識した訳ではない。練習をしっかり上から見て、必要と思った選手に必要と思ったタイミングで声をかけるためである。
「しめしめ。予想通りムルトさんとシノメさんはまだ仕事をしているな」 
 俺は窓越しに廊下の向こうの事務室を見ながら呟く。監督室の廊下側の壁は魔法のかけられたクリスタルで、操作によって透明度や色を変更できる。ここはクラブハウス建設の際にかなり重要視した点で俺が誰と話をしているか、見せる見せないをコントロールできるのは非常に大きい。
 ちなみに現在は限りなく無色透明に近い状態だ。呼び出した対象は女性1名で時刻も夜。透明以外に選択肢はないだろう。
「もう、プロデューサーさん! こんな時間に呼び出して、どういうつもり!?」
 そんなことを考えている間に、相手が来てしまった。
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