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第三十章
コーチの目覚め
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「あ、ナリンさん! すみません、喧しくして起こしてしまいましたか?」
その声はもちろん、ベッドで眠るコーチのものだった。
「いえ、こちらこそすみません。ご迷惑をおかけしたみたいで……」
諸々悪いのは俺の方なのに、彼女は半身を起こして謝罪を口にする。もしかしたら俺の声に非難の響きが含まれていたからかもしれないが、その非難の対象はシャマーさんですよ!
「ナリン、無理せずまだ寝ていれば良いのにー」
一方のシャマーさんはそう言ってピョンっとベッド脇に跳び、ナリンさんを再び寝かせにかかる。彼女の体調を心配して、というのも間違いなくあるだろうが、もう少し寝ていればもっと俺をからかえたのに! という含みがあるのも事実だろう。
「いいえ、そういう訳にはいかないのよシャマー? 目を光らせていないと、誰かさんがショーキチ殿を困らせるかもしれないから」
ナリンさんはそう言って笑い、シャマーさんはしてやられた! みたいな顔になった。そんなジョークを言える程には回復したのだろう。良かった。
「助かります。ウチには問題児が多いですからね!」
俺もその流れに一口のっかった。それから、えっ!? 誰の事かな? と周囲を見渡すシャマーさんを手で押しのけて、ベッド脇に椅子を持って行く。
「それと……ナリンさんについて話していたんですが直接、聞きますね」「はい?」
「ナリンさんと、今回ノートリアスに帯同してきたリュウさんって、お付き合いされていたんですか?」
空気が凍った。当然だ。火の玉ストレート、単刀直入――ちなみにこの単刀とは一本のソードという意味でダガー、短刀ではない――過ぎる質問だし、現代日本の倫理観ではセクハラでもある。
「ごめんなさい。いや、謝れば良いって訳でもないですし、必要でしたら別に相談し易い相手を探しますが」
なんか報道の自粛を要請されているのにTVで流して、最後に申し訳程度に相談窓口などを紹介するニュース番組みたいだな、と思いつつも俺も頭を下げ似たような事を言う。
「ですが、ナリンさんのメンタル面が心配で。解剖を見て気分が悪くなった、だけではなさそうだなと」
俺はそこまで言って下げていた頭を上げた。ここでは例の沈黙のテクニックは使わない。申し訳ないし無理矢理聞き出したい事ではないし、それになりにより相手はシャマーさんじゃないし!
「それは、その……」
ナリンさんは最初おどろき、ついで深く考え込む顔になった。しかしすぐに、意外にも明るい表情になって問う。
「ということは、彼らが以前アローズにいてどういう事が起きたか、経緯を既にご存知という事ですね?」
「はい。まあそこは色々と」
色々とも何も情報源はシャマーさんしかいない事が状況的に明らかだが、俺は一応ぼんやりと誤魔化す。
「ショーちゃん、それ聞いちゃうんだ……」
その空気に耐えられなかったのは意外とシャマーさんで、俺の顔を見て思わず、と言った感じで呟いた。
「はい、お付き合いしていました」
「ナリン、言っちゃうんだ!?」
「やはりそうですか」
「ショーちゃん、知ってた!?」
「その情報へ辿り着くとは、流石ショーキチ殿です」
「ナリン、感心してる!?」
「ちょっとシャマーさん、落ち着いて」
珍しくシャマーさんがツッコミに回り、そのテンポに少し楽しくなりつつも、俺は彼女を制止した。
「今はナリンさんの話を聞くターンです」
「あ、ごめーん! どうぞ……」
それを聞いた天才魔術師は素直に謝罪し、しおらしく元の座席の方へ戻る。いつもこれくらいなら可愛いんだけどなあ。
「自分は直接、クラマ殿から学びコーチとしてこの競技に専念してきた身ではありましたが、一つサッカードウから離れてみると何事にも経験不足の愚かな娘に過ぎませんでした」
その様子を微笑を浮かべて眺めていたナリンさんが語り出す。
「理論やプライドで視野が狭くなっていた自分に、広い目で見る事の大事さを教えてくれたのがリュウです。クラマ殿は偉大過ぎましたが、リュウは役職を離れエルフ対エルフとして選手と付き合うこと、身の丈にあった考え方やコーチとしてのあり方を教えてくれて……。それは今でも感謝しています」
語りの途中だが唐突に出てきたクラマさんの話に、すこしひっかかりを感じる。これはもしや……? いや、判断するのは早計だな。まずルーナさん辺りに聞いてからにしよう。
「リュウがアローズのコーチになってすぐの頃はチーム状態的にも難しい時期でもありましたし、一緒に過ごす時間も多く、自然とそういう関係になりました」
ナリンさんはそう言ってやや顔を赤らめる。本音を言えばその表情を眺めて堪能したいところだが、思考を彼女の話に戻して言うべき事が別にあった。。
「そこは俺とナリンさんの関係にも似てますね」
「「ええっ!?」」
突然、シャマーさんとナリンさんが見事にハモって驚きの声を上げる。あれ? 口を挟むタイミングを間違えたか?
「(ナリン、いつの間に男女の関係にー!?)」
「(いえ、違うわ! そんな嬉しい事があったら忘れる訳ない……)」
「ええと、俺も割と頭でっかちで理論先行型というか、実務能力や感情面での経験が不足していますからね。そっち方面はよくナリンさんにフォローして頂いているなー、と」
出してしまった言葉は引っ込められない。俺はとりあえず、何かヒソヒソ話をしている両者に向けて説明を足した。
「(なんだ、そっちかー)」
「(一つ前の部分だったのね)」
「ナリンさんがコーチとして一回り大きくなったのはリュウさんのおかげで、だからそういう意味では俺も感謝しないといけませんね」
正直、この話というかナリンさんの気持ちの行き場所がどうなるか分からない。だが彼女がリュウさんに複雑な感情を持っているからと言って、俺まで彼を憎む必要はないのだ。
「そうですね……。ただそう言われると続きの話が切り出しにくいのですが」
「あちゃー、そうでした! ここから悪い話ですよね? えっと、難しくしちゃいましたが、お願いします」
俺は頭を掻いて謝罪を口にする。その様子を見て少し笑いが起き、なんとか続きを話せそうな雰囲気になった。そうそう、相談相手が妙に大人な態度をとると自分の小ささを言い出し難くなる事があるよねー。反省反省。
「それは彼らがいた最後のシーズンの前の、オフ期間でのことです……」
その声はもちろん、ベッドで眠るコーチのものだった。
「いえ、こちらこそすみません。ご迷惑をおかけしたみたいで……」
諸々悪いのは俺の方なのに、彼女は半身を起こして謝罪を口にする。もしかしたら俺の声に非難の響きが含まれていたからかもしれないが、その非難の対象はシャマーさんですよ!
「ナリン、無理せずまだ寝ていれば良いのにー」
一方のシャマーさんはそう言ってピョンっとベッド脇に跳び、ナリンさんを再び寝かせにかかる。彼女の体調を心配して、というのも間違いなくあるだろうが、もう少し寝ていればもっと俺をからかえたのに! という含みがあるのも事実だろう。
「いいえ、そういう訳にはいかないのよシャマー? 目を光らせていないと、誰かさんがショーキチ殿を困らせるかもしれないから」
ナリンさんはそう言って笑い、シャマーさんはしてやられた! みたいな顔になった。そんなジョークを言える程には回復したのだろう。良かった。
「助かります。ウチには問題児が多いですからね!」
俺もその流れに一口のっかった。それから、えっ!? 誰の事かな? と周囲を見渡すシャマーさんを手で押しのけて、ベッド脇に椅子を持って行く。
「それと……ナリンさんについて話していたんですが直接、聞きますね」「はい?」
「ナリンさんと、今回ノートリアスに帯同してきたリュウさんって、お付き合いされていたんですか?」
空気が凍った。当然だ。火の玉ストレート、単刀直入――ちなみにこの単刀とは一本のソードという意味でダガー、短刀ではない――過ぎる質問だし、現代日本の倫理観ではセクハラでもある。
「ごめんなさい。いや、謝れば良いって訳でもないですし、必要でしたら別に相談し易い相手を探しますが」
なんか報道の自粛を要請されているのにTVで流して、最後に申し訳程度に相談窓口などを紹介するニュース番組みたいだな、と思いつつも俺も頭を下げ似たような事を言う。
「ですが、ナリンさんのメンタル面が心配で。解剖を見て気分が悪くなった、だけではなさそうだなと」
俺はそこまで言って下げていた頭を上げた。ここでは例の沈黙のテクニックは使わない。申し訳ないし無理矢理聞き出したい事ではないし、それになりにより相手はシャマーさんじゃないし!
「それは、その……」
ナリンさんは最初おどろき、ついで深く考え込む顔になった。しかしすぐに、意外にも明るい表情になって問う。
「ということは、彼らが以前アローズにいてどういう事が起きたか、経緯を既にご存知という事ですね?」
「はい。まあそこは色々と」
色々とも何も情報源はシャマーさんしかいない事が状況的に明らかだが、俺は一応ぼんやりと誤魔化す。
「ショーちゃん、それ聞いちゃうんだ……」
その空気に耐えられなかったのは意外とシャマーさんで、俺の顔を見て思わず、と言った感じで呟いた。
「はい、お付き合いしていました」
「ナリン、言っちゃうんだ!?」
「やはりそうですか」
「ショーちゃん、知ってた!?」
「その情報へ辿り着くとは、流石ショーキチ殿です」
「ナリン、感心してる!?」
「ちょっとシャマーさん、落ち着いて」
珍しくシャマーさんがツッコミに回り、そのテンポに少し楽しくなりつつも、俺は彼女を制止した。
「今はナリンさんの話を聞くターンです」
「あ、ごめーん! どうぞ……」
それを聞いた天才魔術師は素直に謝罪し、しおらしく元の座席の方へ戻る。いつもこれくらいなら可愛いんだけどなあ。
「自分は直接、クラマ殿から学びコーチとしてこの競技に専念してきた身ではありましたが、一つサッカードウから離れてみると何事にも経験不足の愚かな娘に過ぎませんでした」
その様子を微笑を浮かべて眺めていたナリンさんが語り出す。
「理論やプライドで視野が狭くなっていた自分に、広い目で見る事の大事さを教えてくれたのがリュウです。クラマ殿は偉大過ぎましたが、リュウは役職を離れエルフ対エルフとして選手と付き合うこと、身の丈にあった考え方やコーチとしてのあり方を教えてくれて……。それは今でも感謝しています」
語りの途中だが唐突に出てきたクラマさんの話に、すこしひっかかりを感じる。これはもしや……? いや、判断するのは早計だな。まずルーナさん辺りに聞いてからにしよう。
「リュウがアローズのコーチになってすぐの頃はチーム状態的にも難しい時期でもありましたし、一緒に過ごす時間も多く、自然とそういう関係になりました」
ナリンさんはそう言ってやや顔を赤らめる。本音を言えばその表情を眺めて堪能したいところだが、思考を彼女の話に戻して言うべき事が別にあった。。
「そこは俺とナリンさんの関係にも似てますね」
「「ええっ!?」」
突然、シャマーさんとナリンさんが見事にハモって驚きの声を上げる。あれ? 口を挟むタイミングを間違えたか?
「(ナリン、いつの間に男女の関係にー!?)」
「(いえ、違うわ! そんな嬉しい事があったら忘れる訳ない……)」
「ええと、俺も割と頭でっかちで理論先行型というか、実務能力や感情面での経験が不足していますからね。そっち方面はよくナリンさんにフォローして頂いているなー、と」
出してしまった言葉は引っ込められない。俺はとりあえず、何かヒソヒソ話をしている両者に向けて説明を足した。
「(なんだ、そっちかー)」
「(一つ前の部分だったのね)」
「ナリンさんがコーチとして一回り大きくなったのはリュウさんのおかげで、だからそういう意味では俺も感謝しないといけませんね」
正直、この話というかナリンさんの気持ちの行き場所がどうなるか分からない。だが彼女がリュウさんに複雑な感情を持っているからと言って、俺まで彼を憎む必要はないのだ。
「そうですね……。ただそう言われると続きの話が切り出しにくいのですが」
「あちゃー、そうでした! ここから悪い話ですよね? えっと、難しくしちゃいましたが、お願いします」
俺は頭を掻いて謝罪を口にする。その様子を見て少し笑いが起き、なんとか続きを話せそうな雰囲気になった。そうそう、相談相手が妙に大人な態度をとると自分の小ささを言い出し難くなる事があるよねー。反省反省。
「それは彼らがいた最後のシーズンの前の、オフ期間でのことです……」
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