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第三十章

面と背

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 俺の言葉を聞いたシャマーさんは珍しく言葉に詰まった。
「……何って?」
「分からないですけど、穏やかじゃない空気はしていました」
 集団というものはどうしても『派閥と対立』を産んでしまうモノだ。その性質は集団や属性によって異なるが、女性だらけのコールセンターも例外なくそれがあって、当時は色々と苦労させられた。
 ちなみにアローズも例外ではなく大雑把に言ってデイエルフ勢、ドーンエルフ勢、ナイトエルフ勢に分かれているし、それを越えた若手の輪やポジション毎のグループもある。ただ幸い、対立という程の事は無い。上にエルフ王家の姫様という絶対的な存在がいるし、コーチ陣の種族も多様な状態でいまさらエルフ同士でイザコザなど……という気分なんだろう。
 しかし。ノートリアスの遠征メンバーにいた選手とナリンさんたちにはあきらかに『それ』があった。
「いろいろやってるシャマーさんは別にして、ナリンさんって人格者というかエルフ格者じゃないですか? 他の種族のコーチにさえ顔が利きますし。彼女があんな態度をとるなんてよほどでしょ?」
 俺は少し言葉を続けて、それから黙った。シャマーさんも口を開かず何か考え、俺と目が合って可愛い感じで笑った。まあまあ失礼な事を言われたにも関わらず、だ。それでも俺はまだ黙り続けた。
「……分かった。話すよー、話します!」
 無音状態は30秒ほどだったろうか? 天才魔術師は観念したように言葉を吐いた。これが沈黙の力である。コールセンターでは最大の禁じ手の一つで指導する側としては一般のオペレーターさんには絶対にやらせないが、効果は絶大だ。あとゲーム的に言っても魔法使い相手に沈黙を使うのは定石だし。
「話すけどー。代わりに後ろからギュっとして?」
 シャマーさんはそう言うとクルっと向こうを向いた。これで今の姿勢は俺の膝に載って、背中を向けた感じになる。
「ええ!? あ、その……」
 シャマーさんは華奢だし例によって羽の様に軽いので――いつも思うがこれでよくCBをやっているものだ。もしかしたら普段は浮遊の魔法でも常時発動しているのかもしれない――載せているのも後ろから抱き抱えるのも苦ではない。
「えーと、その」
「知りたいんでしょ?」
 苦ではないが、倫理的にどうか? と思ったのだ。だがその内心を見透かす様にシャマーさんが問い、今度は俺が沈黙に押される形となった。
 監督が選手と、度を超えたスキンシップを行うのは良くない。一方で彼女らの間にあった事を知れないのも困る。他の選手から聞く事も不可能ではないだろうが、チーム内で最も賢く冷静なシャマーさんから得る以上の情報を聞ける可能性は低い。
「じゃあ……」
 最終的に俺は折れて彼女の身体に手を回した。バックハグは前にやった事もあるし、現在の彼女がスーツ姿で肌の露出がほぼ無い事もその判断を後押しした。もしスカートとかだったら、どこに手を置くか悩んでいた事だろう。
「ん……ん」
 しかし彼女は俺の腕の動きに併せて、お尻を俺の股間の上に押しつけてきた! これは問題ですよ! ちょっとでも反応したら気づかれてしまう!
「ふう。えっとね、どうしてあんな問題になったか今でも分からないんだけど……」
 そんな俺の苦悩を余所に、シャマーさんはその愛らしい口を開いた……。

 今から5年ほど前、アローズがまだ低迷していなかった頃の話。チームには重要なデイエルフが2名いた。それがモーネとリュウのコンビだ。
 コンビ、と言っても試合で見事なワンツーを見せたりしていた訳ではない。なぜなら姉のモーネさんは選手だが、弟のリュウさんはコーチだったからだ。
 そう、姉弟。姉が選手で弟がコーチ。モーネさんはそれほど得点を挙げないが献身的に動き回るMFで、弟さんは理性的でありつつ選手に親身に寄り添える、知性と情を併せ持った参謀。頑張り屋の姉と賢く優しい弟、といった感じだったらしい。
 モーネさんの機動力が硬直しがちなアローズの試合運びをフォローしていたのもあるが、それ以上にリュウさんの存在が大きかった。彼はコーチ仲間のナリンさんと作業を分担してチームを円滑に運用し、当時は選手監督兼任だったダリオさんをよく支えた。
 ところがあるシーズン明け。里帰りしていた姉弟はある大胆な策を引っ提げてチームへ帰ってきたのである。それは
「モーネ選手を中心とし、とにかく彼女にボールを集める」
戦術だった。
 モーネさんの選手としての個性からしてもリュウさんの性格から言っても意外な提案である。しかし姉の能力と言うより弟の頭脳を信じて、チームはその案に乗った。
 当初はそれで……上手くいった。ボールをたくさん託されるようになったモーネさんが天才的なゲームメイクを見せたからである。特に上手かったのがパス回しで、サイドにDF裏にと鋭いパスを通してWGやFWを走らせた。あのカイヤさんやダリオさんですら、モーネさんのサポーティングキャストとして働いた程である。
 いわゆる使われる側として活躍してきた選手が、使う側としての才能を開花させた訳だ。彼女の活躍で、アローズは開幕から連勝を重ね久しぶりに上位に進出した。

 しかしそれは、後に来る暗黒の前の、一瞬の閃光に過ぎなかった……。
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