上 下
534 / 651
第三十章

眠るコーチの横で

しおりを挟む
 ナリンさんに心身が落ち着く薬湯を飲ませベッドへ寝かせた俺たちは、その部屋の窓際に設置されたテーブルと椅子について話をしていた。
「……そうですか。では私は安否確認を走らせます」
 話を聞き終わるとダリオさんはそう言って立ち上がり出て行く。聞かされた話はショッキングな内容だったろうが、動揺は見せない。やはり他者の上に立つ物として産まれたエルフは違う。
「じゃあ私はショーちゃんのチェックだね! アンデッドの魔力が残ってないか調べるしー脱ごっか!」
「いえ、結構です! 残ってるのは線香の香りくらいですよ!」
 一方のシャマーさんも同じ事を耳にした筈なのに変わらない。さっきまで座っていた出窓から――その部屋のテーブルには椅子が2脚しかなく、俺とダリオさんが占領していた――飛び降り、俺の上に迫ってきた。常に俺の上に跨がろうとするエルフは違う!
「こーみえて心配してんだよー?」
「俺はシャマーさんの頭の方が心配です。さっきの話を聞いてそれですか!?」
 俺は迫るシャマーさんの両肩を掴み対面の椅子に座らせながら言う。さっきの話、とは死者の使者さんとの対話の事である。
「んーだって話の方向性とか残留魔力の感じとか、急ぎのことじゃないみたいだしー」
 やや不満そうに椅子に腰掛けたシャマーさんは、左手で唇を摘みながら言う。
「それは……そうかもしれませんが……」
 悔しいし魔力云々はさっぱり分からないが、彼女の言う事には同意せざるを得なかった……。

 そう、俺は解剖室で起きた出来事をすぐさまダリオさんシャマーさんへ伝えたのである。いや事の重大さや機密維持の観点から秘密にしておく選択もあったかもしれない。
 だがよくよく考えれば、内緒にしておくメリットの方が殆どなかった。これが無闇に話を長引かせ人気が無くなったら打ち切りになる洋ドラなら
「余計な心配をさせないため」
とか言って黙っていて、その事が別の事件を引き起こしたりするのだが。 
 あとサッカーというのはチームスポーツで、チームスポーツはコミュニケーションのゲームでもある。
「分かっていると思ってた。後で言えば良いと思った」
と伝達を怠った事で大きな失敗に繋がる事が多々ある。それはサッカードウも同じだ。
 なので俺は隠さず話す事にしたのだ。まあ使者さんから誰にも言うな、とも言われてないし。それに俺が瞬きもせず解剖とか……摘出された内蔵とかを見ていたという誤解も解きたかったし……。

「ショーちゃん的には前向きに考えてるの?」
 悩む俺を勘違いしたのか、シャマーさんがやや心配そうに訊ねてきた。
「前向き、ですか? そうですね……ええ、そうです。もしアンデッドとの友好関係が結ばれて戦闘状態が終わるなら、これほど有益な事はありませんし」
 俺はご遺体引き渡しの儀式とそこで見た光景を思い出しながら言う。
「サッカーが戦争を引き起こした」
というのがよくサッカーの豆知識で言われたりする――北中米のある戦争がそれだが実際はそんなに単純な話でもないらしい――が、逆にサッカードウが生命体と不死者の架け橋になり戦闘で兵士が死ぬ事がなくなれば、これほど素晴らしい事もないだろうか?
「確かにー。それでもし実現したら、ショーちゃんの彫像が立っちゃうかもねー」
「ははっ、サッカー界隈はすぐに彫像立てちゃいますからね」
 シャマーさんの軽口に俺も軽口で返す。実際、スタジアム近くに有名選手のがあったりするし。
「ふーん……」
 が、ふと見ると彼女は意外なくらい真剣な顔をしていた。あれ? サッカードウじゃなくてサッカーって言っちゃったからかな?
「そうなるとショーちゃんが遠い人になっちゃうなー。でもそれが心からの望みなんだよね?」
 悪戯娘は少し寂しそうに、だがしっかりと確認するように言う。望み、か。確かにこれ以上、ご遺族の涙なんかは見たくないな。
「彫像は立たなくて良いですが、戦闘は止めたいですね」
 珍しくシャマーさんが真面目モードだ。ここはそれに乗っかっておく事にしよう。最近つくづく学んだ事だが、この状態の彼女をからかったり過剰に褒めたりしたら危険だ。
「じゃあ……遠くなって手が出し難くなっちゃう前にー、既成事実を作っちゃおうっと!」
 しかしピンク髪のエルフは艶やかに笑うと、また一飛びして俺の上に跨がってきた!
「ちょいちょい! どっちの選択肢を選んでも同じ結果になるクソゲーっすか!?」
「なにそれ分かんなーい。ね、ナリンを起こすと悪いから別室で絡み合わない?」
 シャマーさんはそう言いながらまず怪しい視線と腕を俺に絡めて来た。いやまずも何も絡まないけど! 兎に角なにか言って止めなければ……そうだ!
「そ、そう言えば教えて欲しい事があったんです!」
「なに? エルフの女の子の敏感な部分の事? 結局、見れてないんだもんねー」
 彼女が言っているのはたぶん解剖の事でそれは間違いではないのだが、俺が教えて欲しい事はそれではなかった。
「ナリンさんやシャマーさんと、今回メンバーにいたノートリアス所属のエルフさんの間に何かあったんですか!?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

名前を書くとお漏らしさせることが出来るノートを拾ったのでイジメてくる女子に復讐します。ついでにアイドルとかも漏らさせてやりたい放題します

カルラ アンジェリ
ファンタジー
平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。 そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。 それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。 これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。 更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。 ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。 しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い…… これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

処理中です...