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第三十章
燃え尽きたあと
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「すみません、父がどうしても砂場で遊びたいと……」
「あれー? 終わっちゃった?」
視覚より先に聴覚が正常に戻り、そんな声が耳に届き脳に認識された。ダリオさんとシャマーさんだ。
「うむ、終わったぞ。レポートは明日で良いかな?」
前半は解剖室へ入ってきたドーンエルフ達に、後半は俺に向かって言った……のであろう。ドワーフさんは両手を拭きながらこちらを見ている。
「え? ええ、予定通り明日で……って終わった……?」
俺は小声で呟きながら周囲を見る。ベッドの上にはシーツを被せられたご遺体が2体。それを運び出す為の手押し車を用意しているもう1名のドワーフさんとジェイさん。入り口にダリオさんとシャマーさんで、壁際には疲れた顔のナリンさん。以上だ。
……いや、もう一つ特筆すべき事があった。お線香だ。根本まで灰になり、最後の煙を吐き終わった線香が2本。
「(アレは妄想ではなかったのか?)」
解剖が終わり線香が燃え尽きていると言うことは、間違いなく時間が経過しているということだろう。となると死者の使者さんの会話は脳が見せた一瞬の妄想ではなく、ある程度リアルタイムに行われたモノであるかもしれない。
「ショーちゃんどうしたの?」
耳の後ろを少し揉みながら――緊張するとこの部分が固くなるものだ。因みに今の状態はガチガチ。さっきのやりとりで相当ストレスが溜まったのだろう――考え込む俺の顔を見てシャマーさんが訊ねる。急いで来たのであろう、着替えもせずスーツにエプロンの様なモノをかけた姿だ。解剖に間に合ったら服に臭いがついて大変だったろうな。
「いや、俺は大丈夫です。それよりナリンさんを」
また後で、死者の使者さんとの話を彼女達に相談する必要があるだろう。しかし、今ではない。
特に、ナリンさんが辛そうにしている今では。
「すみません、少し気分が悪くなって……」
俺たちの視線を受けたナリンさんが苦しそうに呟く。滅多に弱音を吐かない彼女が珍しい。
「ナリン、こういうの駄目じゃなかったよね? じゃあよっぽどだったんだー。でもショーちゃんはピンピンしてるー」
シャマーさんはナリンさんと俺を交互に見ながら言う。そうか、彼女の中では俺の方がこういうのに弱そうだったんだな。
まあその想像は間違ってないけど! 俺が見てない間に終わったからね!
「ええ、ショーキチ殿はスゴいです……。どんな時も目を反らす事なく、ずっと見続けて……」
ナリンさんは口元を覆いながら言う。だけどうん、違うよー。上手く説明できないけど、たぶん俺はその間ずっと催眠状態だったからねー。直視してたら今のナリンさんよりもっと吐きそうな顔してるー。
「そうなの!? いがーい! でもさ……」
それを聞いたシャマーさんは周囲をキョロキョロと見渡してから、小声で続けた。
「女性器も取り出して見たんだよね? 人間とエルフの違いを調べる為に。その時もー?」
そこ、気になりますか……。そりゃなりますよね? と言うか消化器と生殖器は実は今回のメインだったりしたしね。食事と性はアスリートにとって重要な要素だし。
「ええ。顔色ひとつ変えずに……」
ナリンさんが何かを我慢しながらそう答えると、シャマーさんはニヤリと笑って言った。
「そっかー。ショーちゃん実は百戦錬磨なんだー」
「違います! てかナリンさん本当にヤバそうだ……」
死体解剖等を見て気分が悪くなったらエルフだって未消化のブツを上から吐く。それは解剖するまでもなく知っている事だった。俺は助けを求めて周囲を見渡した。
「ダリオさん! その桶を!」
「あ、はい!」
ちょうどドワーフの執刀医さんやジェイさんとのやりとりを終えて、こちらへ向かいつつあったダリオさんに指示を出す。
「はい、ナリンはこちら……。ショウキチさんはあちら!」
いつも通り切り替えの早いダリオさんが素早く桶を拾いナリンさんの元へ運ぶ。と同時に俺に、部屋の片隅を指した。
「はいはい、例のですね!」
俺はそう言いながら彼女たちに背を向け部屋の隅へ歩く。女性にとって、自分が吐いている姿を男性に見られるのはとても恥ずかしい事なんだろう。背中の一つでも擦って介護してあげたい気持ち、と耳を抑えなければならない。俺だってドワーフ戦のアレで学んだのだ!
「(うん、大丈夫そうだよー。だしてー)」
シャマーさんがナリンさんに向けてそう囁き、続いて何かの音が……聞こえてはまずいので、俺は耳の穴に指を突っ込んで小声で歌い出した。
「しーんぱいはいらないのさー」
なるべく明るい気持ちになりたくて、俺はデタラメに作った歌を口ずさむ。問題ない、ノープレブレム、モウマンタイ、ハクナ・マタタ……。
「ショウキチさん?」
「うひゃい!?」
いまエルフが嘔吐している近くで『ハクナ』は間違ってるかな? と悩んでいた俺の耳に柔らかい吐息があたり、脇の辺りが抓られた。
「ダリオさん!?」
「すみません、呼びかけても反応がなかったもので」
距離を取って振り向くと、ダリオさんが笑みを浮かべてすぐ側に立っていた。いやダリオさん、俺が結果として無視してたからと言って近づき過ぎですよ! お姫様がそんな事をして良いんですか!?
「いや、それなら済みません。ナリンさんはどんな感じですか?」
そう訊ねつつ彼女の後方を見ると、ナリンさんは透明で巨大な手に抱えられていた。シャマーさんお得意の魔法だ。
「出すものを出して少し楽になった様ですが、まだ辛そうです。ちょうど、こういう事態を予期して部屋を用意してありますので、そこへ運んで休憩させましょう」
お姫様はそう言って振り向き、シャマーさんに呼びかけた。流石に一国一城の長――レブロン王? 知らない名前ですね?――だ、準備が良い。俺たちは彼女の提案に甘える事にした……。
「あれー? 終わっちゃった?」
視覚より先に聴覚が正常に戻り、そんな声が耳に届き脳に認識された。ダリオさんとシャマーさんだ。
「うむ、終わったぞ。レポートは明日で良いかな?」
前半は解剖室へ入ってきたドーンエルフ達に、後半は俺に向かって言った……のであろう。ドワーフさんは両手を拭きながらこちらを見ている。
「え? ええ、予定通り明日で……って終わった……?」
俺は小声で呟きながら周囲を見る。ベッドの上にはシーツを被せられたご遺体が2体。それを運び出す為の手押し車を用意しているもう1名のドワーフさんとジェイさん。入り口にダリオさんとシャマーさんで、壁際には疲れた顔のナリンさん。以上だ。
……いや、もう一つ特筆すべき事があった。お線香だ。根本まで灰になり、最後の煙を吐き終わった線香が2本。
「(アレは妄想ではなかったのか?)」
解剖が終わり線香が燃え尽きていると言うことは、間違いなく時間が経過しているということだろう。となると死者の使者さんの会話は脳が見せた一瞬の妄想ではなく、ある程度リアルタイムに行われたモノであるかもしれない。
「ショーちゃんどうしたの?」
耳の後ろを少し揉みながら――緊張するとこの部分が固くなるものだ。因みに今の状態はガチガチ。さっきのやりとりで相当ストレスが溜まったのだろう――考え込む俺の顔を見てシャマーさんが訊ねる。急いで来たのであろう、着替えもせずスーツにエプロンの様なモノをかけた姿だ。解剖に間に合ったら服に臭いがついて大変だったろうな。
「いや、俺は大丈夫です。それよりナリンさんを」
また後で、死者の使者さんとの話を彼女達に相談する必要があるだろう。しかし、今ではない。
特に、ナリンさんが辛そうにしている今では。
「すみません、少し気分が悪くなって……」
俺たちの視線を受けたナリンさんが苦しそうに呟く。滅多に弱音を吐かない彼女が珍しい。
「ナリン、こういうの駄目じゃなかったよね? じゃあよっぽどだったんだー。でもショーちゃんはピンピンしてるー」
シャマーさんはナリンさんと俺を交互に見ながら言う。そうか、彼女の中では俺の方がこういうのに弱そうだったんだな。
まあその想像は間違ってないけど! 俺が見てない間に終わったからね!
「ええ、ショーキチ殿はスゴいです……。どんな時も目を反らす事なく、ずっと見続けて……」
ナリンさんは口元を覆いながら言う。だけどうん、違うよー。上手く説明できないけど、たぶん俺はその間ずっと催眠状態だったからねー。直視してたら今のナリンさんよりもっと吐きそうな顔してるー。
「そうなの!? いがーい! でもさ……」
それを聞いたシャマーさんは周囲をキョロキョロと見渡してから、小声で続けた。
「女性器も取り出して見たんだよね? 人間とエルフの違いを調べる為に。その時もー?」
そこ、気になりますか……。そりゃなりますよね? と言うか消化器と生殖器は実は今回のメインだったりしたしね。食事と性はアスリートにとって重要な要素だし。
「ええ。顔色ひとつ変えずに……」
ナリンさんが何かを我慢しながらそう答えると、シャマーさんはニヤリと笑って言った。
「そっかー。ショーちゃん実は百戦錬磨なんだー」
「違います! てかナリンさん本当にヤバそうだ……」
死体解剖等を見て気分が悪くなったらエルフだって未消化のブツを上から吐く。それは解剖するまでもなく知っている事だった。俺は助けを求めて周囲を見渡した。
「ダリオさん! その桶を!」
「あ、はい!」
ちょうどドワーフの執刀医さんやジェイさんとのやりとりを終えて、こちらへ向かいつつあったダリオさんに指示を出す。
「はい、ナリンはこちら……。ショウキチさんはあちら!」
いつも通り切り替えの早いダリオさんが素早く桶を拾いナリンさんの元へ運ぶ。と同時に俺に、部屋の片隅を指した。
「はいはい、例のですね!」
俺はそう言いながら彼女たちに背を向け部屋の隅へ歩く。女性にとって、自分が吐いている姿を男性に見られるのはとても恥ずかしい事なんだろう。背中の一つでも擦って介護してあげたい気持ち、と耳を抑えなければならない。俺だってドワーフ戦のアレで学んだのだ!
「(うん、大丈夫そうだよー。だしてー)」
シャマーさんがナリンさんに向けてそう囁き、続いて何かの音が……聞こえてはまずいので、俺は耳の穴に指を突っ込んで小声で歌い出した。
「しーんぱいはいらないのさー」
なるべく明るい気持ちになりたくて、俺はデタラメに作った歌を口ずさむ。問題ない、ノープレブレム、モウマンタイ、ハクナ・マタタ……。
「ショウキチさん?」
「うひゃい!?」
いまエルフが嘔吐している近くで『ハクナ』は間違ってるかな? と悩んでいた俺の耳に柔らかい吐息があたり、脇の辺りが抓られた。
「ダリオさん!?」
「すみません、呼びかけても反応がなかったもので」
距離を取って振り向くと、ダリオさんが笑みを浮かべてすぐ側に立っていた。いやダリオさん、俺が結果として無視してたからと言って近づき過ぎですよ! お姫様がそんな事をして良いんですか!?
「いや、それなら済みません。ナリンさんはどんな感じですか?」
そう訊ねつつ彼女の後方を見ると、ナリンさんは透明で巨大な手に抱えられていた。シャマーさんお得意の魔法だ。
「出すものを出して少し楽になった様ですが、まだ辛そうです。ちょうど、こういう事態を予期して部屋を用意してありますので、そこへ運んで休憩させましょう」
お姫様はそう言って振り向き、シャマーさんに呼びかけた。流石に一国一城の長――レブロン王? 知らない名前ですね?――だ、準備が良い。俺たちは彼女の提案に甘える事にした……。
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