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第三十章
ししゃ
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朝は~寝所で~ぐーぐーぐー、夜は~墓地で~運動会、と歌ったのは……アンデッドではなく妖怪だったか? 衝撃の依頼を聞いた俺はショックのあまりそんな取り留めのない事を考えていた。
「アンデッドさんたちまでサッカー……ドウをしているんですか?」
それでもなんとか言葉を紡いで訊ねる。
「いやいや! まだ、だ。意思や言葉を持つようになった何体かが状況を把握し、コミュニケーションを学び、世界を理解し始めたところでね」
使者さんはより恥ずかしそうな顔になって言う。もし死体にまだ血が流れていれば、顔を赤らめてさえいただろう。
「そんな状況でなぜサッカードウの事を? むしろ我々、大陸に住む生命体との争いをなんとかする方向を考えたりはしなかったんですか?」
俺は素直な疑問を口にした。争いをなんとかする、というのは我ながらあやふやな表現だが明言するのは恐ろしかったのだ。意思や知性を持った結果、生命体vs不死者の戦争が停戦に至れば良いが……逆に泥沼化して、生命体側が苦戦するようになるかもしれない。
「その部分は、まあ」
使者さんは引き続き羞恥の顔だが、俺は安心できなかった。現にこうやって策を弄してエルフの王城にまで潜入し、俺とコンタクトをとれている。なかなかの作戦家だ。この工夫が戦争方面へ行けば……。
「我々も不思議な事に、サッカードウへの執着が頭から離れないのだ」
新たな恐怖を心に抱えていた俺に、しかし使者さんはそう言った。
「意識を持って最初に目にしたのが、ノートリアスの基地の片隅で行われているサッカードウの試合だったからかもしれない」
続けて語られた言葉に、俺は心中で唸る。これはインプリンティング、刷り込みというヤツの一種かもしれない。雛鳥が最初に見た動く物体を親だと思う例のアレ。
或いは、彼ら彼女らが意識を持つ切っ掛けになったのは俺の起こしたサッカードウへの戦術革命だった、というのが真実ならば、縁のある事象に紐付けされてしまったとか?
「執着、ですか」
俺は確認するかのように呟く。理由がどうであれ、執着を持つ事そのものは理解できなくても納得はする。ゾンビが生前と同じ行動を繰り返すとか、死んだ場所へ捕らわれて地縛霊になるとか、洋の東西を問わず死者という存在は何かに縛られがちだ。
「ああ。その執着は、以前から持っていた『生命を奪いたい』という憧れよりも強い」
使者さんはさらっと怖い事を言う。そうだった、彼女は使者にして死者だった。
「ちっ、チームは既に結成されているんですか? 指導者は?」
俺は慌てて別の話題へ持って行く。今ここで『生命を奪いたい』という衝動を取り戻されたら堪らない!
「ああ、人数はいる。指導者は少し問題だが」
そう言って使者さんはこちらを見て肩を竦めた。あれ? これはもしかしてスカウトされる流れ? 藪から蛇?
「問題ですか! ちなみに俺はアローズと3年契約です!」
何か言われる前に機先を制して告げる。アンデッドの代表監督に就任する事は名誉かもしれないがとても生きた心地はしないだろうし、実際に生きていられるかは定かではない。
例えばほら、平家の落ち武者の亡霊に呼び出されて毎晩、演奏していたらみるみる生気を失っていった琵琶法師の怪談とかあるじゃん? ポイチ――日本代表の森保一監督は選手として代表に選ばれた時、まだ無名だったので記者さんから「もりやすはじめ」ではなく「もりほいち」と勘違いされ、それでポイチというあだ名がついたらしい――になるのは良いけど芳一になるのは嫌だ!
「そうか。こっちの監督は何年契約になるのかな? 何せ我々には寿命というモノがないからな」
使者さんは自嘲気味に呟く。そうか監督は、いるにはいるのか。あと寿命が無いと言ってはいるが、日本の幽霊は寿命が400年程度だという説はあるぞ。関ヶ原の方の落ち武者の霊が減ってきた、って話を聞いた事があるし。
「問題がある監督って、依怙贔屓が酷いとか?」
死者の監督の問題というのがよく分からず、俺は最初に思い浮かんだ事を言う。だって死人同士でセクハラも無いだろうし、まだ対戦もしていないのに有能無能もないだろうし。
「いや、自分はサッカードウが伝えられる前から蹴ってきた、とマウンティングが激しいんだ」
「え? あの砂漠でずっとですか!?」
なるほど、それが本当だとしたらかなりのベテランではあるぞ。
「ああ、自分の首をね。監督は、デュラハンなんだ」
それを聞いて俺はポカンと口を開けて止まる。デュラハンと言えば首無し騎士の妖精あるいは亡霊のモンスターで、ゲーム等でもまあまあ出てくる存在だ。
ただ首無し、と言ったが実際には頭が首から離れていて、それを片手や脇に抱えている事が多い。しかしこの世界では持たずに蹴っていたんだな。
「それは癖が強いですね」
「うん。頭は下の地面にあるのに上から目線でサッカードウを語ってくるからウザイんだよ」
俺が同情の声を寄せると使者さんはため息まじりに言った。それは難儀な話だな。もし本当に対戦する事になったらアンデッドチームを粉砕して、監督の首を飛ばしてやるのが情けかもしれない。
てかデュラハンってリアルに首が飛んだりもするんだけど!
「そうだ、マジで試合……するんですか?」
「ああ。試合することさえできるなら、DSDKに公認されない非公式でも構わない」
俺の問いに使者さんは冷え切った身体から熱い声を出して言った。なるほどDSDKの事まで知っていて、更にそこが噛むと難しいかもしれないから直接、俺を狙ってきたのか。
「もちろん急ぐ必要はない。我々には無限に近い時間があるし、君はまだ監督一年目だ。だがもし、今シーズン好成績を納めれば発言力も増すだろう?」
待ってくれ! 新人監督の肩に一部残留やセンシャの廃止だけでなくアンデッドさんの参戦までかけるのか!? 過積載だろそれは!
「努力はしますけど、それは……」
「すまない、時間切れの様だ。また連絡する!」
抗議の口上は聞き入れて貰えなかった。俺が言葉を発してすぐ、使者さんが口を挟んで身体を倒し始めたのだ。
「え!? アンデッドには時間があるって言ったところじゃ……」
そう言う間にも世界は明るさを増して行く。普通、暗転するものじゃなかったっけ? とのツッコミも空しく、俺の視界は真っ白に染め上げられた……。
「アンデッドさんたちまでサッカー……ドウをしているんですか?」
それでもなんとか言葉を紡いで訊ねる。
「いやいや! まだ、だ。意思や言葉を持つようになった何体かが状況を把握し、コミュニケーションを学び、世界を理解し始めたところでね」
使者さんはより恥ずかしそうな顔になって言う。もし死体にまだ血が流れていれば、顔を赤らめてさえいただろう。
「そんな状況でなぜサッカードウの事を? むしろ我々、大陸に住む生命体との争いをなんとかする方向を考えたりはしなかったんですか?」
俺は素直な疑問を口にした。争いをなんとかする、というのは我ながらあやふやな表現だが明言するのは恐ろしかったのだ。意思や知性を持った結果、生命体vs不死者の戦争が停戦に至れば良いが……逆に泥沼化して、生命体側が苦戦するようになるかもしれない。
「その部分は、まあ」
使者さんは引き続き羞恥の顔だが、俺は安心できなかった。現にこうやって策を弄してエルフの王城にまで潜入し、俺とコンタクトをとれている。なかなかの作戦家だ。この工夫が戦争方面へ行けば……。
「我々も不思議な事に、サッカードウへの執着が頭から離れないのだ」
新たな恐怖を心に抱えていた俺に、しかし使者さんはそう言った。
「意識を持って最初に目にしたのが、ノートリアスの基地の片隅で行われているサッカードウの試合だったからかもしれない」
続けて語られた言葉に、俺は心中で唸る。これはインプリンティング、刷り込みというヤツの一種かもしれない。雛鳥が最初に見た動く物体を親だと思う例のアレ。
或いは、彼ら彼女らが意識を持つ切っ掛けになったのは俺の起こしたサッカードウへの戦術革命だった、というのが真実ならば、縁のある事象に紐付けされてしまったとか?
「執着、ですか」
俺は確認するかのように呟く。理由がどうであれ、執着を持つ事そのものは理解できなくても納得はする。ゾンビが生前と同じ行動を繰り返すとか、死んだ場所へ捕らわれて地縛霊になるとか、洋の東西を問わず死者という存在は何かに縛られがちだ。
「ああ。その執着は、以前から持っていた『生命を奪いたい』という憧れよりも強い」
使者さんはさらっと怖い事を言う。そうだった、彼女は使者にして死者だった。
「ちっ、チームは既に結成されているんですか? 指導者は?」
俺は慌てて別の話題へ持って行く。今ここで『生命を奪いたい』という衝動を取り戻されたら堪らない!
「ああ、人数はいる。指導者は少し問題だが」
そう言って使者さんはこちらを見て肩を竦めた。あれ? これはもしかしてスカウトされる流れ? 藪から蛇?
「問題ですか! ちなみに俺はアローズと3年契約です!」
何か言われる前に機先を制して告げる。アンデッドの代表監督に就任する事は名誉かもしれないがとても生きた心地はしないだろうし、実際に生きていられるかは定かではない。
例えばほら、平家の落ち武者の亡霊に呼び出されて毎晩、演奏していたらみるみる生気を失っていった琵琶法師の怪談とかあるじゃん? ポイチ――日本代表の森保一監督は選手として代表に選ばれた時、まだ無名だったので記者さんから「もりやすはじめ」ではなく「もりほいち」と勘違いされ、それでポイチというあだ名がついたらしい――になるのは良いけど芳一になるのは嫌だ!
「そうか。こっちの監督は何年契約になるのかな? 何せ我々には寿命というモノがないからな」
使者さんは自嘲気味に呟く。そうか監督は、いるにはいるのか。あと寿命が無いと言ってはいるが、日本の幽霊は寿命が400年程度だという説はあるぞ。関ヶ原の方の落ち武者の霊が減ってきた、って話を聞いた事があるし。
「問題がある監督って、依怙贔屓が酷いとか?」
死者の監督の問題というのがよく分からず、俺は最初に思い浮かんだ事を言う。だって死人同士でセクハラも無いだろうし、まだ対戦もしていないのに有能無能もないだろうし。
「いや、自分はサッカードウが伝えられる前から蹴ってきた、とマウンティングが激しいんだ」
「え? あの砂漠でずっとですか!?」
なるほど、それが本当だとしたらかなりのベテランではあるぞ。
「ああ、自分の首をね。監督は、デュラハンなんだ」
それを聞いて俺はポカンと口を開けて止まる。デュラハンと言えば首無し騎士の妖精あるいは亡霊のモンスターで、ゲーム等でもまあまあ出てくる存在だ。
ただ首無し、と言ったが実際には頭が首から離れていて、それを片手や脇に抱えている事が多い。しかしこの世界では持たずに蹴っていたんだな。
「それは癖が強いですね」
「うん。頭は下の地面にあるのに上から目線でサッカードウを語ってくるからウザイんだよ」
俺が同情の声を寄せると使者さんはため息まじりに言った。それは難儀な話だな。もし本当に対戦する事になったらアンデッドチームを粉砕して、監督の首を飛ばしてやるのが情けかもしれない。
てかデュラハンってリアルに首が飛んだりもするんだけど!
「そうだ、マジで試合……するんですか?」
「ああ。試合することさえできるなら、DSDKに公認されない非公式でも構わない」
俺の問いに使者さんは冷え切った身体から熱い声を出して言った。なるほどDSDKの事まで知っていて、更にそこが噛むと難しいかもしれないから直接、俺を狙ってきたのか。
「もちろん急ぐ必要はない。我々には無限に近い時間があるし、君はまだ監督一年目だ。だがもし、今シーズン好成績を納めれば発言力も増すだろう?」
待ってくれ! 新人監督の肩に一部残留やセンシャの廃止だけでなくアンデッドさんの参戦までかけるのか!? 過積載だろそれは!
「努力はしますけど、それは……」
「すまない、時間切れの様だ。また連絡する!」
抗議の口上は聞き入れて貰えなかった。俺が言葉を発してすぐ、使者さんが口を挟んで身体を倒し始めたのだ。
「え!? アンデッドには時間があるって言ったところじゃ……」
そう言う間にも世界は明るさを増して行く。普通、暗転するものじゃなかったっけ? とのツッコミも空しく、俺の視界は真っ白に染め上げられた……。
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