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第三十章

はなしたい

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 気付くと部屋の中は真っ暗で中央に置かれたベッドの片方だけが光り、闇夜の灯台の様に白く浮かび上がっていた。
 そしてそのベッドの上では喉に小刀の切っ先を埋め込んだままのHさんが半身を起こし、もぞもぞと何かを探している。声の発生源は間違いなくそこからだった。
「ナリンさんみなさん、逃げ……」
 最初に脳裏に浮かんだのは誰かの悪戯で、だがそれは一瞬で否定した。悪ふざけと言えばレブロン王かシャマーさんで、確かにここはイカれた王様の城だし悪戯娘もタイミング良く姿を消している。しかし流石にこの手のドッキリを仕掛けるタイプではないと思う。
 次に想像したのは何か未知のモンスターやアンデッドの存在だ。それがどの程度の危険度を誇っているかは分からないが、最低限ナリンさんとドワーフさんだけでも逃がさねば!
 そう思って俺は声を上げようとしたのだが……言いかけながら周囲を見渡した自分の目には、その部屋にいた筈のエルフやドワーフ、人間の姿は何も映っていなかった。
「あったあった。こんな格好で失礼するよ、イレギュラーくん」
 唯一、見えている人間っぽいものである、例のHさんのご遺体――半身を起こし言葉を口にしている今、彼女をそう呼んで良いのかは疑問だが――が再び俺に呼びかけた。見ると、彼女はシーツを胸に巻き付け喉に刺さっていた小刀を引き抜いていた。
「イレギュラー……俺の事ですか? 貴方は何者?」
 首から生えていた刃物が消え胸に空いていた穴が隠れた事で、何とか俺も彼女? を直視できるようになっていた。声の震えは隠せようもないが、それでも言葉を振り絞って訊ねる。
「そう、君の事だよイレギュラー君」
 一方、Hさんと言うかHさんだったであろう存在はそう答えて微笑んだ
「(死人が切られて口開く……あるある探検隊! あるある探検隊!)」 
 俺は思わず、懐かしい芸人さんのネタを心の中で呟く。いや彼らはイレギュラーではなくレギュラーだし、こんな出来事は『あるある』ではないが。
「そして貴方は?」
「死者たちの代表としてここにいる。死者の使者と言う訳だ」
 決して俺の脳内を読んだ訳ではないだろうが、使者さんは冗談めかしてそう答えた。
「この世界のアンデッドはモノを考えたり口を利いたりしない筈では?」 
 ふと疑問になった事を問う。場違いではあるが二つばかり笑える事があって恐怖が和らいだ事、どうやらナリンさん達を逃がすとかそういう話しではないだろう事が判明して、俺は少しだけ余裕を取り戻したのだ。
「それを言うならこの世界のサッカードウは戦術的な進化をしない筈だった。少なくとも50年ほど変わらなかったのでは? イレギュラー君」
 質問の答えは質問だった。だが何となく察する事がある。

 イレギュラー、つまり例外と言うことか。

「俺、或いは俺の起こした出来事が周り回ってアンデッドにも例外や変則的事象を産み出してしまった、という事ですか?」
「ご名答! やはり頭の回転が速いな!」
 使者さんは嬉しそうに身体の前で手を叩き、胸の前から落ちかけたシーツを慌てて掴んだ。
「破れかぶれのシュートがゴラッソになっただけですよ」
 彼女の仕草が普通の、生きている女性の様で可笑しくて俺も少し笑顔を浮かべる。
「だからこの先の話しはさっぱり分かりません。どうやって、何の為にこうして話しているんです? 地下の普段使われていない部屋とはいえ、ここはエルフの王城の中です。魔術か呪術か知りませんが相当、高度なモノを使っているんでしょう?」
 性格的に多々、問題があるがレブロン王はかなりの魔術師で、城の防衛機構を設計したのもあのシャマーさんだ。他にも多数、魔法使いはいるだろう。彼ら彼女らを出し抜くとは……。
「ふむ。なんでもない会話の中でも相手の手の内を計ろうとする……。君はつくづく策略家向きだな、イレギュラー君」
 シーツをギュっと結び直しながら使者さんは言った。くそ、バレたか。知性のあるアンデッドのレベルがどんなモノか知りたかったのだが。
「だがその度胸に免じてネタばらしをしよう。まず最大の障害2名は陽動をかけて遠ざけている。エルフの王と君に近しい女性だ」
 使者さんはそう言いながら両手の指を一本づつ立てて上を指す。そう、レブロン王とシャマーさんだ。
「仕掛けに使う魔力の源は土地だ。それは今回、陽動そのものにもなっている。幸い、君たちが運んでくれた」
 魔力の源が土地? 世界的に有名なカードゲームみたいな言い方だな? と少し悩んで気付いた。
「砂だ! ノトジアから運んで貰った砂に魔力が込められていて、それが今回の術の源になっている!?」
 俺は思いついたままに叫ぶ。例のカードゲームでは土地という種類のカードがバッテリーの様な存在であり、そのバッテリーを消費して他の魔法を使ったりする。そしてそれぞれの土地と魔法には対応した属性があり、属性が違えば発動できなかったりする。火の魔法を使うなら火山の魔力が、水の魔法を使うなら海の魔力……といった感じに。
 今回のアンデッドさんは……砂なんだろう。彼ら彼女らに近い土地と言えばそうだ。
「しかも砂から何か感じた王とシャマーさんがそちらを確認しに行って、結果としてここから遠ざかる! 魔力源であり囮にもなっているのか!」 
 再びカードゲームの話しをすると、カードの中にはモンスター兼土地と言った、防壁とエネルギー源の両方をこなすタイプもある。
「その通り。最後にこの身体を動かしている魔法だが……。仕掛けは体内の奥深くに沈めてあって、捜索の手を簡単に逃れた。誰も遺体の中までは詳しく調べようとしないものだからね」
 俺の推測を聞いたアンデッドさんはシーツの上からそっと自分の身体を撫でた。いや、麻薬の密輸などでそういう話は聞くが? と思ったが俺は別の言葉を口にする。
「では、もう一つの質問に答えて貰えますか? 『何の為に』こうして話しているんです?」
 恐怖の感情はとっくの昔に消え、俺は好奇心に突き動かされていた。そもそもの話、俺の命を狙うなら話す必要は無いし、死人が動き出して語るのもモンスターが溢れるこの世界ならそこまで驚きではない。
 まあ半年ほどの異世界生活で俺の感覚が狂ってしまっている事は否定しないが。
「そう、それだな」
 その質問に、アンデッドさんは恥ずかしそうな顔になった。死体の表情が分かるのか? と言われたら確かにそうなんだが、分かった気がしたのだ。
「それでだな……」
 だがしばらくモジモジした後、彼女は俺の感覚以上に狂った事を口にした。

「少し先、いや遠い未来でも良い。我々アンデッドとサッカードウの試合をして欲しい!」
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