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第三十章
城の地下の白い部屋
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解剖室はイメージしていたよりもずっと明るい部屋だった。フットサルコートよりは狭い室内にはベッドが2台、その脇に背の低いテーブルが同じく2台、中央に置かれており、その全てを寒色系の光を放つ魔法のランタンが照らし出していた。
ベッドの上には当然、エルフ女性と人間女性のご遺体が横たえられており、服はもう着ていないようだが首から下には白い布がかけられている。
「(眩しいくらいだな……)」
俺は全体を見渡しながら心の中でそう呟く。明かりやシーツだけでなく執刀医のドワーフさん2名も白衣を着ていて、それらが全て白く発光している様な印象を受ける。テレビドラマや映画の解剖室は基本的に真っ暗で台だけスポットライトが当てられていて、シルバーの台座やボックスが並んでいる……というイメージがあるがまあアレは演出なんだろう。
「では先に、失礼します」
俺とナリンさんはドワーフさん達とジェイさん――例の、ノートリアスから解剖を監視する為にきた兵士さんだ。地球で言う所の黒人女性で年齢は30歳付近に見える――に詫びを入れて、自分たちの準備を始めた。
ご遺体を前に、俺たちが最初にやったのは
『線香をあげる』
という行為だった。
「ナリンさん火は手で……あ、そうです」
お線香と線香立てくらいしか用意していないが、火をつけ手を合わせるだけは行う。クラマさんの墓前で見た事はあったが、ナリンさんはその作法も心得ている様だった。
「じゃあ……」
「はい」
それぞれのご遺体にそれぞれが一本づつ、計4本のお線香に火を灯し設置すると、俺とナリンさんは合図をして合掌した。
「(ご協力、感謝します……。きっと役に立たせます)」
手を合わせ頭を下げながらそう誓う。ご冥福をお祈り申し上げます、とかご遺族を見守り下さい、などは言えそうにない。俺は故人の宗教を知らないし、解剖が許されるという事は引き取り手がいないという訳で、ご家族縁者との間に何かあったとか逆にそういう身寄りが無いとかが考えられるからだ。
知っての通りエルフの、しかもデイエルフの家族親戚愛は非常に強い。最初、俺があっさりとアローズの面々に受け入れられたのは自分がある意味で孤児だったからではないか? とさえ思っている。
それは兎も角、そんなエルフさんの解剖可能なご遺体である。きっと語り切れないバックストーリーがあるだろう。また比較すればそれほどではないだろが、人間の方のご遺体も何か背景がある筈だ。
だから軽々しく何かを想ったり祈ったりはできない。俺は俺に出来る事をするだけだ。
「ありがとうございます。お待たせしました、ではお願いします」
俺は手を離した後に再度、一礼してからドワーフさん達の方へ向き直った。そしてお線香の火は消さないまま、台ごと余所へ運んでスペースを空けた。
「うむ。それでは執刀を開始する!」
最初にメスが入るのは人間女性の方だ。まず彼女の方を切り開き各部の組織を見て俺の記憶を呼び起こす。或いは、違いを見つける。
彼女Hさん――仮にHさんと呼称する事に決めてあった。名前や経歴で余計な先入観を持たない為だ――はこの世界の人間で、まず間違いなく俺の様な異世界転移者や転生者ではないらしい。故に、地球人と違う身体である可能性もなくはないのだ。
「布はどうするかの?」
「全部、剥がしてくれ」
執刀医さん達がそう話し、Hさんの身体を覆っていた白布を取り払う。その下に現れたのは胸に小さな穴が空いた女性の裸体だった。
「(う……)」
ドワーフさんがメスを握る前から吐き気の第一派が俺を襲う。Hさんは恐らく20代の白人女性だが、本来はもっときめ細やかであったろう肌は茶色に荒れていて、穴の付近だけ特に黒く汚れていた。
砂漠での軍事勤務をすれば殆どの人間がこうなってしまうのだろう。ちなみにこう、というのは肌の色の話で、胸に穴が空くのは殆どの人間ではなく一部の不幸な人である。
「ランスかの?」
「にしては小さいが。折れたか」
ドワーフさん達はそんな話しをしながら道具を広げていく。俺と異なり死体や傷を見慣れている筈の彼らは傷口を覗き込んだりもしていた。今更だがベッドはいかにも解剖台、といった物ではなく普通の高さだ。ドワーフさんの背丈にはちょうど良いのだろう。
そうかランスか。ランスと言えばスタッド・ランスというフランスのサッカークラブだよな、と現実逃避する俺にナリンさんが小声で
「(馬上で使う槍の事です……)」
と教えてくれる。
「(そうですか、ありがとうございます)」
同じく小声で返し、脳裏に浮かんだHさんが槍で突かれて死ぬシーンを必死に振り払う。恐らく一瞬で絶命した筈だし、痛みも苦しみもそれほど無かった筈だ。でないと身体の傷みも激しくなって今回の解剖には向かないし。
……ってぜんぜん振り払えてないな!
「首からじゃったな」
「うむ」
そんな間にはドワーフさん達は道具の選定も終え、いよいよポジションについた。
血は出るんだっけ? それとも血抜きしてあるんだっけ? と余計な事を悩む俺の前でドワーフさんが小刀の様な物を握り、Hさんの喉に突き立て……
「いや、最初に喉をやられると困るな。喋れなくなる」
そんな声が、あり得ない方向から聞こえた。
ベッドの上には当然、エルフ女性と人間女性のご遺体が横たえられており、服はもう着ていないようだが首から下には白い布がかけられている。
「(眩しいくらいだな……)」
俺は全体を見渡しながら心の中でそう呟く。明かりやシーツだけでなく執刀医のドワーフさん2名も白衣を着ていて、それらが全て白く発光している様な印象を受ける。テレビドラマや映画の解剖室は基本的に真っ暗で台だけスポットライトが当てられていて、シルバーの台座やボックスが並んでいる……というイメージがあるがまあアレは演出なんだろう。
「では先に、失礼します」
俺とナリンさんはドワーフさん達とジェイさん――例の、ノートリアスから解剖を監視する為にきた兵士さんだ。地球で言う所の黒人女性で年齢は30歳付近に見える――に詫びを入れて、自分たちの準備を始めた。
ご遺体を前に、俺たちが最初にやったのは
『線香をあげる』
という行為だった。
「ナリンさん火は手で……あ、そうです」
お線香と線香立てくらいしか用意していないが、火をつけ手を合わせるだけは行う。クラマさんの墓前で見た事はあったが、ナリンさんはその作法も心得ている様だった。
「じゃあ……」
「はい」
それぞれのご遺体にそれぞれが一本づつ、計4本のお線香に火を灯し設置すると、俺とナリンさんは合図をして合掌した。
「(ご協力、感謝します……。きっと役に立たせます)」
手を合わせ頭を下げながらそう誓う。ご冥福をお祈り申し上げます、とかご遺族を見守り下さい、などは言えそうにない。俺は故人の宗教を知らないし、解剖が許されるという事は引き取り手がいないという訳で、ご家族縁者との間に何かあったとか逆にそういう身寄りが無いとかが考えられるからだ。
知っての通りエルフの、しかもデイエルフの家族親戚愛は非常に強い。最初、俺があっさりとアローズの面々に受け入れられたのは自分がある意味で孤児だったからではないか? とさえ思っている。
それは兎も角、そんなエルフさんの解剖可能なご遺体である。きっと語り切れないバックストーリーがあるだろう。また比較すればそれほどではないだろが、人間の方のご遺体も何か背景がある筈だ。
だから軽々しく何かを想ったり祈ったりはできない。俺は俺に出来る事をするだけだ。
「ありがとうございます。お待たせしました、ではお願いします」
俺は手を離した後に再度、一礼してからドワーフさん達の方へ向き直った。そしてお線香の火は消さないまま、台ごと余所へ運んでスペースを空けた。
「うむ。それでは執刀を開始する!」
最初にメスが入るのは人間女性の方だ。まず彼女の方を切り開き各部の組織を見て俺の記憶を呼び起こす。或いは、違いを見つける。
彼女Hさん――仮にHさんと呼称する事に決めてあった。名前や経歴で余計な先入観を持たない為だ――はこの世界の人間で、まず間違いなく俺の様な異世界転移者や転生者ではないらしい。故に、地球人と違う身体である可能性もなくはないのだ。
「布はどうするかの?」
「全部、剥がしてくれ」
執刀医さん達がそう話し、Hさんの身体を覆っていた白布を取り払う。その下に現れたのは胸に小さな穴が空いた女性の裸体だった。
「(う……)」
ドワーフさんがメスを握る前から吐き気の第一派が俺を襲う。Hさんは恐らく20代の白人女性だが、本来はもっときめ細やかであったろう肌は茶色に荒れていて、穴の付近だけ特に黒く汚れていた。
砂漠での軍事勤務をすれば殆どの人間がこうなってしまうのだろう。ちなみにこう、というのは肌の色の話で、胸に穴が空くのは殆どの人間ではなく一部の不幸な人である。
「ランスかの?」
「にしては小さいが。折れたか」
ドワーフさん達はそんな話しをしながら道具を広げていく。俺と異なり死体や傷を見慣れている筈の彼らは傷口を覗き込んだりもしていた。今更だがベッドはいかにも解剖台、といった物ではなく普通の高さだ。ドワーフさんの背丈にはちょうど良いのだろう。
そうかランスか。ランスと言えばスタッド・ランスというフランスのサッカークラブだよな、と現実逃避する俺にナリンさんが小声で
「(馬上で使う槍の事です……)」
と教えてくれる。
「(そうですか、ありがとうございます)」
同じく小声で返し、脳裏に浮かんだHさんが槍で突かれて死ぬシーンを必死に振り払う。恐らく一瞬で絶命した筈だし、痛みも苦しみもそれほど無かった筈だ。でないと身体の傷みも激しくなって今回の解剖には向かないし。
……ってぜんぜん振り払えてないな!
「首からじゃったな」
「うむ」
そんな間にはドワーフさん達は道具の選定も終え、いよいよポジションについた。
血は出るんだっけ? それとも血抜きしてあるんだっけ? と余計な事を悩む俺の前でドワーフさんが小刀の様な物を握り、Hさんの喉に突き立て……
「いや、最初に喉をやられると困るな。喋れなくなる」
そんな声が、あり得ない方向から聞こえた。
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