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第三十章

若者の冷や水

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 翌日。全体練習で早速クリスマスツリー型システムをみっちり仕込んだ俺は、その手応えに満足しながら王城へ向かう事にした。予定通りノートリアスからご遺体を引き取り解剖する為である。
「あれ? ショーキチおにい……監督、正装?」
 スーツを着てクラブハウスの建物から出てきた俺をみつけて、ポリンさんが声をかけてくる。今回のシステムでは彼女たちが中心なので、学校は早退して全体練習へ加わって貰っていたのだ。
「やん、ショーキチにいさん試合以外でのスーツやん! ラッキー!」
 彼女たち、と言った通りそこにはポリンさん以外もいた。練習後のアイスバス――熱をもった足などを冷やす、氷水の入ったお風呂だ――に足を浸けながらレイさん、エルエル、パリスさん達と談笑していたようだ。
「分かった! きちんとしたのはラビンさんの所へ謝りに行く為でしょ?」
 そうエルエルが言っているのは昨晩の騒動の事だ。俺とノゾノゾさんがイチャイチャする事で何故か産まれた『殺気』にマジックガーディアンのオリバー君が反応し、食堂で滅茶苦茶に暴れ回ったのだ。しかも一度ならず二度までも。
 これには流石のラビンさんも角を生やして――ってもともとハーフミノタウロスだから生えているんだけど――怒り、俺たちを何日か食堂出禁止にした。対象は俺、ステフ、ノゾノゾ、そして巻き添えのスワッグだ。
「大丈夫、監督。誠意を込めて謝罪すればきっと伝わります!」
 パリスさんが小柄なボランチに便乗して言う。悲しいかな、彼女は謝罪の経験者だけに説得力がある。まあ受けたのは俺だけど。あとエルエルの推測も間違いだけど。
「違うよ。いや、謝罪にはいつか行くとして……。今日はノートリアスの出迎えとご遺体の引き受け式があるんだよ」
 俺がそう言うと、流石に姦しい若者たちも少し神妙な空気になった。
「そうなんや……ごめん、茶化して!」
「ショーキチお兄ちゃん、私達も行こうか? 制服なら持ってきているし……」
「自分も! 急いで家で服を取ってくれば間に合うかも!」
 レイさんが先ほどの事を詫び、ポリンさんとエルエルが同行を申し出る。急な冠婚葬祭や式典でも学生服なら正装として扱われるので出席し易い、というのはこの世界でも同じなのか。
「ありがとう、でも気持ちだけ受け取っておくよ。今回は姫様とキャプテンとティアさんが同席するし、こういう式典って前もって出席者が決まっててアドリブってやり難いんだ。また機会があればお願い」
 だが俺は彼女達の気持ちを傷つけないよう、丁寧に理由を添えて断った。連れて行くとその後に待っている憂鬱な仕事も説明せねばならない、というのもある。
「でも、と言うと変ですがティアも行くんですか?」
 そんな中でパリスさんが見落としがちな疑問点をついてきた。ふむ、同じポジションだけに見逃さなかったのか?
「ええ。まあ彼女は式典よりその後、ノートリアスの皆さんを宿舎+アルファにご案内するのがメインですけどね」
 お葬式に髪の色が真っ赤な派手なお姉さんが参列していた時の様な風景を想像しつつ、俺は答える。
「ティアねえさんのご案内? ふーん、そうなんや」
 説明と俺の表情に何か察したかレイさんがニヤリと笑った。
「どういうこと、レイさん?」
「ショーキチにいさんの悪いとこがまた出る、ってことやで」
 訊ねるパリスさんにナイトエルフの不良娘は不十分な答えを返す。パリスさんにとってレイさんは現在のオシメーン、もとい推しメンバーなのでそれでも十分かもしれないが、他のエルフが疑問符を浮かべているので俺は説明を加える事にした。
「今回はノートリアスの皆さんが長くこの国に滞在するんで、快適に過ごせるように街のグルメスポットとか観光地とか夜の遊び場とかを案内することにしたんだ。ティアさんはそのガイド役」
 というのは綺麗な言い方。本当は戦地を離れ煌びやかなエルフの都へ来たノートリアスの選手達に、主に夜ちょっと羽根を伸ばし……過ぎて貰って、試合前にコンディションを落としてしまうのを狙っているのである。
「えっ、グルメスポット!? 良いなあ」
「ショーキチおに……監督は優しいね!」
 そう言う若いエルフ達の笑顔が眩しく胸が痛い。ジノリコーチとも話したが今回のノートリアス遠征メンバーはそれほど強くない――狼人間ガンス族やオークがメインで、あと地元という事でエルフが何名かいるくらいだ。手堅いがあまりストロングな面のないチームになるだろう――のでそんな小細工が必要か? という面もある。
「ショーキチ殿、そろそろ行きましょうか?」
 ポリンさん達から目を背ける俺へ、ふとそんな声がかかった。
「あ、ナリンさんシャマーさん。準備できましたか」
「わあ、ナリンちゃん綺麗!」
 その姿を見て若いデイエルフは思わず感嘆の声を漏らす。そこには本邦初公開! 枯れ葉色のゆったりとしたワンピースをまとったポリンさんの従姉妹、ナリンさんの姿があった。
「ほっほーう」
 レイさんも顎に手を当てて見とれる。これがデイエルフの喪服的な服装らしい。地味な色で派手な装飾もないが身体全体をややしく包み込み、大自然の営みと悲しみを表現するような美がある、ような気がする。
「ショーちゃんも準備おっけー?」
 後ろにはシャマーさんもいた。彼女の方はアローズの公式スーツ姿だ。ドーンエルフはデイエルフほど儀式に五月蠅くないらしく、無難な選択としてスーツが選ばれたようだ。ただ練習後に急いでシャワーを浴びて着替えた為か、髪はまだ濡れ服も少しラフな着こなしだ。
「ええ。では行きますか。シャマーさん、あちらに着く迄にはもう少し、留める所は留めて下さいね」
「大丈夫だよー。ショーちゃんこそ今からそんなに締めてたら疲れるよ? 胸元、緩めたらー?」
 俺の言葉をシャマーさんは軽くあしらい、むしろこちらへ歩み寄り逆にその手を伸ばして俺のネクタイを緩めてきた。
「いや俺は慣れてますから……って痛て!」

「「ん!?」」

 シャマーさんの爪が的確にシャツの下のキスマーク跡を引っかき、俺は思わず悲鳴を上げた。と同時にレイさんとナリンさんの両目が鋭く光り、俺の方を凝視する。
「ショーキチにいさん?」
「ショーキチ殿? どこか負傷でも……?」
「な、何でもないです! 早く行きましょう、遅れますよ!」
 俺は黙って笑うシャマーさんを睨みつけ、素早く先に立って歩き出した。その後にナリンさんと、かなりキツイ匂わせをしたドーンエルフが続く。
 シャマーさんめ、覚えてろよ……。
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