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第二十九章

割り方いろいろ

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 ジノリコーチに約束したものの、それからしばらくの間はLRコンビの先輩後輩問題は棚上げとなった。ハーピィ戦の快勝でアローズの注目度が再び上がりチーム外では取材などの対応に追われ、チーム内では負傷者復帰で練習メニューも複雑に……とあまりその方面に使える時間がなくなってしまったのだ。
 ただ俺もジノリコーチも
「まあ、どっちでも良いかな」
という気分があったのも事実だ。結局どっちが先輩でどっちが後輩だという話題で盛り上がるのは当人たちだけであって、少し離れた距離から見ている側には割とどうでも良い……となるのは異世界でも同じなんだな。
 その代わりにと言ってはなんだが、対応と練習についてはかなり頑張った。特に大変だったのはチケット問題だ。
 今回、砂かぶり席――覚えているかな? ピッチ脇に作ったスペースで、出場しない選手と一緒に観戦できる特等席だ――に座るのはシノメさんとルーナさん。地味と言っては失礼だが通好みのチョイスだ。しかし応募は定員をオーバーしていて、その抽選と転売についてしっかりと考える必要があった。
 そもそもこのコンビにしたのは、ややコミュ障で無愛想なルーナさんに常識的でエルフ当たりの良いシノメさんをつけて、ファンサービスというのを学んで貰おうとしたからだ。もちろん、ルーナさんが体調面で出場が難しくシノメさんが戦術的に出番が無さそうというのもある。
 しかし蓋を開いてみれば申込者は殺到していた。俺だけがマークしていたふくよかボディの地味目事務員さんが遂にみんなに発見されてしまった! ……訳ではない。彼ら彼女らの目当てはハーフエルフの方だった
 ルーナさんは、あのクラマさんの娘である。そしてノートリアス戦には軍隊関係者や退役者などが多数、来場する。
「普段はサッカードウを観ないけど、同窓会的に……」
と重い腰を上げて来るのである。
 つまりサッカードウ観戦ついでに知り合いに会って、更にノートリアス設立に関わったあの伝説的軍人の娘さんと一緒に観戦できる、かも? なのである。そりゃちょっとチケット抽選にも参加してみようかな? てなもんである。
 だがルーナさん目当ての観客がシノメさん側の席に割り当てられたらどうか? いや正直、あのデイエルフさんのお・も・て・な・し・癒し空間は一見さんも虜にするだろう。とは言え、本来の希望と違う! と言って来場前にキャンセルして来ない可能性もある。
 そうなるとシノメさんが砂かぶり席のあの空間で寂しそうにポツンと座る事になる。それは可哀想だ。絶対にそんな事はさせない!
 なのでルーナさん側を心底希望していて本当に軍関係だったりする観客をそちらへ割り振り、
「特別席ってのに興味があるんだけど?」
くらいの層をシノメさん側へ行かせるという差配が必要なのだ……。

「ふんふん。それであたしの力を借りたいのか」
 水曜日の練習後。食堂で晩ご飯を食べながら説明を聞いたステフはスプーンを振りながら言った。
「そうなんだよ。ステフならチケットの斡旋とか詳しいだろ? ライブやる前に自分で何十枚も買い取って知り合いに売りつけるとかやってそうだし」
 俺は頭を下げつつ、彼女の為に運んだケーキの皿を前に押しやった。チーム関係者は無料で食えるクラブハウスの食堂ではあるが一応、奢りみたいな形にしている。
「そうそう、ノルマ分ばらまく為には友人の母親にまで買って貰って……て違うわ! スワッグステップは手売りなんかしてないぞ! ライブ発表チケット即ソールドアウトだわ! ウェカピポゥ!」
 ステフはスプーンでケーキを真っ二つに切り――フォークに持ち替えないのか? と思ったが案外スプーンの方が食べ易かったりするよな――口に放り込みつつ言った。
「話しながら喰うなよ、最後なに言ってるか分からなかっただろ! じゃあさ、できないの?」
 できないならケーキは……ケーキの残り半分は没収だ。俺は皿に手を伸ばし自分側へ引き寄せようとする。
「できんとは言ってない! いやアタシがやるんじゃないけどな? そういうのに詳しいやつらに最近、唾つけといただろ?」
 ステフはそう言って俺の手から皿を取り戻した。
「え? シャマーさんそんな事もできんのか!? ふうむ」
 唾というかキスマークをつけられた方なのだが、俺はキャプテンであり天才魔術師でもあるドーンエルフを思い出して腕を組む。
「違うわ、シャマーじゃなくてエエアックスだよ! あいつら興行全般をやってるから、チケットリセールの仕組みとかもお茶の子さいさいなんだよ!」
 スタジアム演出部の部長はぺし! と俺の額を叩きつつ、バード天国でお世話になった音楽レーベルの名前を言った。そうか、彼らがいたか!
「ああ、なるほど! エエアックスってドワーフだもんな。そういうののシステム構築も得意か」
 俺は彼女に叩かれた額を撫でつつ頷く。言われてみれば当然だし、せっかく一緒に仕事をしたんだし、音楽イベントだけで縁が切れるのも勿体ないもんな。
「まあもちろん手数料は取られるけどな!」
「なあに、システム利用料と発券手数料と特別販売利用料と先行サービス料と決済手数料くらいだろ?」
 俺はよくアイドルのコンサートに行っていた友人の事を思い出しながら言った。
「なんだそれ!? いや多少は上乗せするけどそんなにつけたら暴動モノだぞ!?」
 そうか、まあまあ地球の事に詳しいステフもこの辺りの事情は知らないか。俺は驚いて目をむくダスクエルフを優しい目で眺めた。
「うん、無いなら良いんだ。異世界って良い所だなあ」
「なんだかよう分からんが……。この世界を良く思ってくれているなら幸いだ。いろいろ満喫しているみたいだし」
 こちらを不気味なモノでも見るような目で見てステフは言った。
「ところでさ」
が、その顔が急に嬉しそうな表情に変わる。
「ショーキチ、遂にアイツとやったの?」
「へ? 誰?」
「シャマー。さっき『唾つけたろ』て聞いたら真っ先にアイツの名前を上げたじゃん!」
 そう言われて、俺は会話の流れを一気に思い出した。確かに言ってる!
「ほほう、図星か」
 俺の顔色が変わったのを見たステフが察してニヤリと笑う。更に言えば彼女は人の心も読める魔法剣士だ。思い出せば思い出すほどこいつの思う壷だ!
「そうだぞ、アタシの思うつぼだ。どうだ? アイツのつぼの方はどんな感じだった? 深く入ったんだろ?」
 それを知っているステフは記憶の呼び水になる質問を投げかけてくる。くそ! なにか別の事を考えないと!
 つぼ……たこつぼ……たこ……吸盤……吸いつく……駄目だ!
「ん? 胸? アイツじゃなくてショーキチの胸? なんだ?」
 ステフは俺の脳裏に浮かんだイメージを読んで首を傾げる。ああ、確かにすぐにはピンとこないだろう。しかしいずれ分かってしまう……。
「胸? ちなみに俺はハト胸ぴよ」
 そこへ唐突に救いの天使が舞い降りてきた!
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