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第二十九章
演出家と漫才師と
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「基本的にはデス90でやったチーム若者がベースで」
スローインとリスタート無し、90分休みも無しでプレイし続ける地獄の練習メニューを思い出しつつ俺は数字を並べる。
「システムは1451です。オーク戦でアドリブ的にやったクリスマスツリーを本格的にやっておきましょう」
「おお、アレか!」
単語の意味は分からなくてもその名はジノリコーチの脳内にも残っていたようだ。攻める方向を頂点にしてFWが1名、攻撃的MFが2名、守備的MFが3名、DFが4名という並び方が、聖なる夜に飾るもみの木の様に見えるからという説明を省けて助かる。いや本当に解説するなら聖夜の意味から教えないといけないもんな。
「カップルで浮かれる夜の街路で『セイヤッ!』と叫びながら正拳突きをする日です」
と言われてもポカンとしてしまうだろう。
「GKはユイノさん、DFは左からアイラさん、シャマーさん、ムルトさん、パリスさんです」
「ふむ。センターは一番確実なコンビで締めるんじゃな」
ジノリコーチはすぐに俺の意図を察して頷く。メンバーを少し落としチーム若者で行く、と言ってもDFのセンターだけはあまり冒険できない。
「ボランチは左からエルエル、ポリン、クエンです」
「ポリンがボランチで……しかもセンターか!」
こちらについては彼女の意表をついたようだ。ここまで攻撃的なポジション、しかも右サイドで使われてきたキックの名手だけにこの位置は意外なんだろう。
「レジスタ、演出家と言われるポジションです。地球ではある時期から殆どのチームでプレスが激しくなってゲームメイカー的な選手が本来の位置ではプレイし辛くなりまして、位置を下げるという現象が起こったんです」
レディオスターはビデオに殺されたがレジスタは戦術に殺されない為に生まれたポジションなのだ。
「ほうほう。いや、有り得る話じゃの……」
ジノリコーチは両手を合わせながら考え込む。現在の異世界サッカードウではそこまでプレスが浸透しておらず、よってファンタジスタの悲劇が起こるのはまだまだ先だろうが、彼女ほどの才女ならその未来の想像がつくだろう。
「まあそれが起きるのはずっと先の筈ですが予行練習はしておこうかと。で、レジスタをするにはある程度の運動量と守備力が必要です。現在のポリンさんではもちろん足りませんから将来的につけて頂くとして……。次の試合では彼女らで補います」
そこで後回しにされていたエルエルとクエンさんを指さす。
「ふむ。エルエルで運動量を、クエンで守備力と高さを補う形か」
「ええ。あのコンビがポリンさんをプロテクトすれば、逆にポリンさんの守備力が要求されるシーンはそれほど無いでしょう」
ここでもジノリコーチの理解が早くて助かるなあ、と思いながら俺は頷いた。
「そして彼女の右足から中距離および長距離のパスが出せる筈です」
ポリンさんの右足の精度はいまさら言うまでもない。練習試合とは言えセンターライン付近からゴールを決めた事もあるし、セットプレイでは何度も火を吹いている。
それを組み立てのパスやアシストの一つ前くらいから生かしたい。そう考えてのシステムだった。
「そのパスの受け手じゃが、タッキは兎も角ここは大丈夫なのか?」
俺の言葉を受けてふと、ドワーフが短い指をある一帯へ向ける。そこには11番と14番の数字が書いてあった。
「LRコンビですね。レイさんが言うには『もう先輩後輩の関係やで!』との事です」
俺も半信半疑ながらジノリコーチの質問に応える。攻撃的MFに並ぶのはリーシャさんとレイさんで、これはハーピィ戦で試し前半でお蔵入りとなった組み合わせであり、不安を覚えるのはもっともな話だった。
だが下げた理由は『彼女らが舐めプをしてハーピィに怪我をさせられそうだったから』だし、あの後レイさんから仲良くなったとの報告を受けている。しかもパスの出し手となるポリンさんは両者と仲も相性も良い。きっと機能する筈だ。
「ほう、先輩後輩か! リーシャはアレで面倒見が良いのじゃな!」
「ええ。いや、『ねえさんと呼ばせてるわ!』って言ってたから、レイさんが先輩側だったかもです」
別に訂正する必要がある内容でもないが、記憶と違ったのでポツリと呟いた。
「はあ? どちらも若いがレイの方が年下の筈じゃろ?」
「そうですね。数年ですがレイさんの方が下です」
久しぶりに会う従姉妹の年齢がはっきりしない、親戚の集まりみたいな会話を俺たちは交わす。長い寿命を誇るエルフやドワーフにとって数年など誤差かもしれないが、彼女らの間には明確な差があった。既に森林警護隊の仕事もしているデイエルフとまだ学生のナイトエルフ、という立場の違いもあるし。
「じゃが……レイの方がねえさんと?」
「ええ。考えてみたらおかしいですが、確かにそう言いました。なんだろう? サッカードウじゃなくて別のジャンルかな?」
例えばお笑いの業界等であれば、実年齢ではなく専門校の入期やデビューの時期で先輩後輩が決まる。年下のおねえさんという概念が存在するのはオタク業界だけではないのだ。
「よーし、やすめー!」
俺とジノリコーチが首を傾げる下でザックコーチが叫んだ。少し休憩に入るみたいだ。
「リーシャさんか……夕方にレイさんが来たら聞いてみますね」
謎は残るがそんな事に悩んでも仕方ない。俺とジノリコーチは休憩中の選手にいろいろと話しかける為、階下へ降りて行った……。
スローインとリスタート無し、90分休みも無しでプレイし続ける地獄の練習メニューを思い出しつつ俺は数字を並べる。
「システムは1451です。オーク戦でアドリブ的にやったクリスマスツリーを本格的にやっておきましょう」
「おお、アレか!」
単語の意味は分からなくてもその名はジノリコーチの脳内にも残っていたようだ。攻める方向を頂点にしてFWが1名、攻撃的MFが2名、守備的MFが3名、DFが4名という並び方が、聖なる夜に飾るもみの木の様に見えるからという説明を省けて助かる。いや本当に解説するなら聖夜の意味から教えないといけないもんな。
「カップルで浮かれる夜の街路で『セイヤッ!』と叫びながら正拳突きをする日です」
と言われてもポカンとしてしまうだろう。
「GKはユイノさん、DFは左からアイラさん、シャマーさん、ムルトさん、パリスさんです」
「ふむ。センターは一番確実なコンビで締めるんじゃな」
ジノリコーチはすぐに俺の意図を察して頷く。メンバーを少し落としチーム若者で行く、と言ってもDFのセンターだけはあまり冒険できない。
「ボランチは左からエルエル、ポリン、クエンです」
「ポリンがボランチで……しかもセンターか!」
こちらについては彼女の意表をついたようだ。ここまで攻撃的なポジション、しかも右サイドで使われてきたキックの名手だけにこの位置は意外なんだろう。
「レジスタ、演出家と言われるポジションです。地球ではある時期から殆どのチームでプレスが激しくなってゲームメイカー的な選手が本来の位置ではプレイし辛くなりまして、位置を下げるという現象が起こったんです」
レディオスターはビデオに殺されたがレジスタは戦術に殺されない為に生まれたポジションなのだ。
「ほうほう。いや、有り得る話じゃの……」
ジノリコーチは両手を合わせながら考え込む。現在の異世界サッカードウではそこまでプレスが浸透しておらず、よってファンタジスタの悲劇が起こるのはまだまだ先だろうが、彼女ほどの才女ならその未来の想像がつくだろう。
「まあそれが起きるのはずっと先の筈ですが予行練習はしておこうかと。で、レジスタをするにはある程度の運動量と守備力が必要です。現在のポリンさんではもちろん足りませんから将来的につけて頂くとして……。次の試合では彼女らで補います」
そこで後回しにされていたエルエルとクエンさんを指さす。
「ふむ。エルエルで運動量を、クエンで守備力と高さを補う形か」
「ええ。あのコンビがポリンさんをプロテクトすれば、逆にポリンさんの守備力が要求されるシーンはそれほど無いでしょう」
ここでもジノリコーチの理解が早くて助かるなあ、と思いながら俺は頷いた。
「そして彼女の右足から中距離および長距離のパスが出せる筈です」
ポリンさんの右足の精度はいまさら言うまでもない。練習試合とは言えセンターライン付近からゴールを決めた事もあるし、セットプレイでは何度も火を吹いている。
それを組み立てのパスやアシストの一つ前くらいから生かしたい。そう考えてのシステムだった。
「そのパスの受け手じゃが、タッキは兎も角ここは大丈夫なのか?」
俺の言葉を受けてふと、ドワーフが短い指をある一帯へ向ける。そこには11番と14番の数字が書いてあった。
「LRコンビですね。レイさんが言うには『もう先輩後輩の関係やで!』との事です」
俺も半信半疑ながらジノリコーチの質問に応える。攻撃的MFに並ぶのはリーシャさんとレイさんで、これはハーピィ戦で試し前半でお蔵入りとなった組み合わせであり、不安を覚えるのはもっともな話だった。
だが下げた理由は『彼女らが舐めプをしてハーピィに怪我をさせられそうだったから』だし、あの後レイさんから仲良くなったとの報告を受けている。しかもパスの出し手となるポリンさんは両者と仲も相性も良い。きっと機能する筈だ。
「ほう、先輩後輩か! リーシャはアレで面倒見が良いのじゃな!」
「ええ。いや、『ねえさんと呼ばせてるわ!』って言ってたから、レイさんが先輩側だったかもです」
別に訂正する必要がある内容でもないが、記憶と違ったのでポツリと呟いた。
「はあ? どちらも若いがレイの方が年下の筈じゃろ?」
「そうですね。数年ですがレイさんの方が下です」
久しぶりに会う従姉妹の年齢がはっきりしない、親戚の集まりみたいな会話を俺たちは交わす。長い寿命を誇るエルフやドワーフにとって数年など誤差かもしれないが、彼女らの間には明確な差があった。既に森林警護隊の仕事もしているデイエルフとまだ学生のナイトエルフ、という立場の違いもあるし。
「じゃが……レイの方がねえさんと?」
「ええ。考えてみたらおかしいですが、確かにそう言いました。なんだろう? サッカードウじゃなくて別のジャンルかな?」
例えばお笑いの業界等であれば、実年齢ではなく専門校の入期やデビューの時期で先輩後輩が決まる。年下のおねえさんという概念が存在するのはオタク業界だけではないのだ。
「よーし、やすめー!」
俺とジノリコーチが首を傾げる下でザックコーチが叫んだ。少し休憩に入るみたいだ。
「リーシャさんか……夕方にレイさんが来たら聞いてみますね」
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