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第二十九章

オフの朝

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 翌日。俺は早朝からクラブハウスのジムで汗を流しながら、これから2週間の事を考えていた。昨日は試合後のあれこれ――記者会見からミーティングから整理運動まで――で俺がやる事はあまりなく疲れてもいないので、そのぶん早起きして働く事にしたのだ。
 働くと言えばハーピィ代表チームも今日のセンシャの為にもう動き出しているだろう。例によって俺たちからは免除を伝えているが、アイドルチームとして集客が見込めるイベントを彼女たちが見逃す筈もない。オーク代表の様に自主的にスタジアムを借り上げ、実施するらしい。
「確かに見たい見たくないで言えば、凄く見たいもんな……」
 煩悩を捨て去るように、俺は持ち上げていたウエイトを床に降ろす。水着姿で相手チームが保有する馬車を洗うセンシャ……。罰ゲーム的なお色気イベントかつ元をただせばガルパン好きのクラマさんがダジャレ的にサッカードウに付け足した慣習だが、可愛い女の子が泡まみれになって何かをゴシゴシする光景と言うのはショーとして人気がある。グラビアアイドルさんのイメージビデオでも高い確率で存在するくらいだ。
「あれ? ショーいたんだ!」
 車とお風呂、どっちを洗う方がメジャーなんだろう? と考える俺にそんな声がかかった。

「ああ、ツンカさん! 早いっすね!」
 ジムの入り口に立ちこちらを見ていたのはツンカさんだった。ちなみに俺の事をショーと呼ぶのは今のところ彼女かリストさんで、もちろん見せ物のショーではなく俺の名前をアメリカンなあだ名っぽく縮めたものだ。
「遊びに行く前に一通りやりたくって……。DFを背負えるようにならないとね!」
 筋トレをやる格好――上はジャージに下は短いトレーニングパンツだ。普通のサッカー用ユニフォームにタンカースジャケットにと、地球の文化を伝える際のクラマさんの情熱は主に服装方面に集中しているな!――でいてもアメリカンギャルのテイストを残すデイエルフは、ウインクして部屋の中央へ向かう。
「ああ、WGの時とは身体の使い方が違いますもんね」
 彼女のトレーニングの補助をすべく、俺も同じ方向へ向かいながら言った。
「イエス! ザックコーチとワイフがメニューを考えてくれて!」
 ツンカさんはそう言いながら横たわり、まず柔軟体操から始めた。ちなみにワイフとはザックコーチの奥様、ハーフミノタウロスのラビンさんだ。彼女はクラブハウスの食堂のコック長であり、主に食事や栄養補給の面でチームを支えてくれている。
 のみならず最近はヨガ教室の先生としても活躍していて、そちらは選手だけでなくその家族や一般客にも大人気だ。ヨガと言えば美容体操のイメージが強く確かに選手以外はそれ狙いだが、インナーマッスルを鍛え体幹を強くする効果もある。
 ツンカさんはこれまでWGとして活躍してきたが今後はIH、つまりインサイドハーフとして戦って貰う予定だ。ウインガーとして使ってきたのは素早く走り相手をドリブルで抜き去る能力だが、中央のMFは運動量と細かくターンする動きが必要とされる。よって必要な筋肉も違うのだ。
 しかも彼女はMFでありながら相手を背負いボールをキープし、一人でカウンターのシチュエーションを作る役割も期待されている。そりゃかなりのトレーニングが必要だ。
 って他人事みたいに言ったけどコンバートを打診したのは俺だけどな!
「朝は、パーソナルトレーニングで、午……後は、遊びに出るって! 普通の、練習日よりハード、じゃないですか!? しかも昨日は試合だったのに!」
 俺は彼女の足を持って身体の方へ押し込みながら訊ねる。柔軟体操は身体の稼働域を広げるだけでなく、全身を暖める目的がある。それこそIHヒーターみたいにムラがあってはならない。
「あぁん! うん……ツンカは……若いから、大丈夫! ショー、こっち、もっと強くして?」
 ツンカさんは悩ましい、ちょっとムラムラしちゃいそうなあえぎ声を漏らしながら答えた。だがこれはあくまでも施術なので大丈夫です! 
 あと若い選手はついついオフで羽目を外しがちだけど、今週末もホームで試合だしさっきも口にした様に普通の練習日は以外と暇で負荷も低いし彼女はしっかりしてるしそっちも大丈夫でです! 
 ……たぶん。
「ショー? このままツンカにのしかかってきて?」
「ええっ!?」
 大丈夫じゃないかもしれない!
「そしたら足で押し上げるから」
「あ、そういう筋トレですね」
 俺は彼女の言葉ですぐ誤解に気づき、指示の通りに動く。地球のジムだと重りを足でぐーっと押して太股を鍛えるマシンがあるが、それを人力でやるようなモノだろう。
「ショーは、今日も……仕事……なの!?」
 ツンカさんは足を限界まで折り畳み、その後は全開の直前まで伸ばして俺を上げたり下げたりする。真面目だ。
「あ、はい。これも……じゃなくて今日も仕事です!」
 真面目なのは素晴らしい事だが、ウエイトである俺を目一杯したまで引きつけることで自ずと俺の顔と彼女の顔が近づき気不味い。力を入れる度に漏れる吐息と動きがシンクロして、何かそういう体位のように思えてしまう。
「ショー、働き、過ぎ……だよ?」
「いや、そう……でも! 俺は……この身を、これに捧げてますから!」 
 一方、俺も彼女に鳩尾を蹴られる様な形になっているので非常に発声し難い。だが本当に辛いのは負荷がかかっているツンカさんの方だ。俺が弱音なんか吐けない。
「あ、もう……限界かも……」
「いや、ツンカさんまだいけますって! あと一押し!」
「ちょっと何やってんすか!?」
 その時、トレーニングルームの入り口から何やら慌てたような声が聞こえた。
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