D○ZNとY○UTUBEとウ○イレでしかサッカーを知らない俺が女子エルフ代表の監督に就任した訳だが

第二十八章

曲がるボールと曲げたスタイル

『なぜ曲がるボールというのを投げたり蹴ったりできるのか？』
　という事を真面目に解説するのは実は難しい。空気力学の話になるからだ。ただ簡単に言えばボールに回転をかけて周辺の気流の速度に差をつけ揚力を産み出しているから、という事になる。
　その辺りの理屈を知らない異世界の住人でも――と言いつつ俺も分かっている訳ではない。ベルマーレかベルヌーイの定理を習ったような気はする――感覚でやり方は知っている。むしろ視力や感覚や空間把握能力について秀でている分、現代の日本人よりよほど凄い変化球を放てる筈だ。
　そんな訳で、サッカードウにおいてもカーブやナックルの様な変化をするボールはたくさん蹴られてきた。特に天性の射手エルフはたくさんの名手もとい名蹴を産み出しており、遠からずポリンさんもその列に加わるだろう。
　彼女のキックはそれを確信させるようなものだった。

「やっぱアレか！」
　ポリンさんの助走がいつもよりエンドラインより、ボールに対してかなりまっすぐ目だったのに気づいて俺は叫んだ。その言葉が終わらない間にも若き天才キッカーの右足はボールの芯からややずれた場所を叩く。
『任せて！』
　ペティ選手は周囲の選手へそう言い放ちながら前にステップを踏む。一般的にアウトスイング、ゴールから遠ざかる軌道を描くCKをGKが処理するのは難しい。文字通り自分から逃げていくようなボールであるし、セットプレイの際の込み合ったゴール前で十分な助走をとって飛び上がれる事もあまり無いからだ。
　しかし今回は違った。ポリンさんの蹴ったボールはゴールラインエリア真上付近を目指しているようなコースで、それに合わせる筈の長身エルフたちはペナルティエリア入った辺りという随分遠い位置にいる。GKが飛び出してキャッチ或いはパンチング出来る条件は揃っている。
『違うペティ！』
　と、ジャンプする為に少し身を縮めた味方GKへドミニク選手が何か叫んだ。恐らく彼女は気づいたのだろう。だが遅かった。ポリンさんの蹴ったCKは、ニアサイド付近から急激に右へ、ゴール方向へ曲がったのだ！

　カアアアン！　高い音がスタジアムに響く。
「えっ、また！？」
　ペティ選手の虚をついたボールは無人のゴールへ吸い込まれる……と思わせて、再びクロスバーを叩いた。ただ今度はピッチの外へ飛び出すのではなく、やや真下へ跳ね返った。
「まだ！」
　何時もに増して届くはずないが俺は短く叫ぶ。ボールに一番近いのはGKのペティ選手だが彼女は反転して掴める状態ではない。アローズの長身選手たちはこのセットプレイの仕込みの為に離れており、ダリオさんも同様だ。ハーピィチームの選手の殆どもそのマークの為に似たような位置だ。
『押し込め！』
『クリア！』
　複数名の選手がゴールエリア内でバウンドしたボールへ殺到しようとしていた。恐らく二番目に近い選手はドミニク選手だ。ポリンさんのCKの異変に気づいた時から動き出していたのだろう。
　これがスター選手か……と正直、俺が半ば諦めかけたタイミングで別の影が彼女を追い抜いた。

『髪型が乱れるのは嫌だけど……負けるのはもっと嫌なのっ！』
　エルフ芸能界のスター、エオンさんがドミニク選手の前に出た。アリスさんが言うところのぶろんこ？　な彼女は、野生の馬の様な走りでペナルティエリアを駆け抜け頭からボールへ突っ込む。
「おお、あ……」
　あの、美意識の塊みたいなエオンさんが泥臭いダイビングヘッドを！？　と俺は言いたかったが、もちろんその時には最後まで言うような悠長な時間はなかった。いやむしろ、後にもそんな時間はなかった。
　何故ならゴールに喜ぶアリスさんに抱きつかれ一緒に背中から床へ倒れたからだ。

『ゴオオオオル！』
　ノゾノゾさんの絶叫アナウンスを、俺はスタジアム上空の空を見上げながら聞いた。
「すごいすごい！　あのぶりっこがここで！　熱い！」
　俺を背中から抱きしめながらアリスさんが叫ぶ。床、彼女、俺という位置関係で俺の下敷きになっているのに彼女は一向に構わない様だ。むしろ俺のへそ付近に左脚を渡し、右足の膝の裏でその左脚の足首をフックしている。
　っていやそれはリアネイキッドチョークの作法だろ！
「あーアリスさんギブギブ！」
　下半身が下半身で完全にホールドされたら後はもう首を絞められるだけだ。俺はアリスさんの腕が首に回る前に、彼女の腕を短く二度、叩いた。タップアウトの合図だ。
「あらいけない！　私とした事が……おほほ」
　アリスさんはそう言いながら俺を解放し、手を貸して一緒に立ち上がる。ようやくピッチの上に目をやるとエオンさんとポリンさんを囲んでゴールを祝う輪が出来ており、その付近ではハーピィたちが完全に打ちひしがれていた。
　これは鳥乙女のチームもギブアップに近いだろうな。
「おお、ポリンもめっちゃ祝福されてますね！　ゴールは決まらなかったけど残念賞ですか？　それとも可愛いから？」
　俺の視線を追ってアリスさんが問う。
「可愛いのは否定しませんが、今のゴールにおけるポリンさんの貢献が大きいからです。と言うか彼女は凄い事をやったんですよ？」
　見ると、ハーピィチームのベンチに動きがある。選手交代で、試合再開まで時間がかかるだろう。俺はもう本来の用途には使っていない作戦ボードに図を書きながら説明を始めた。