上 下
501 / 652
第二十八章

アイドルズ

しおりを挟む
 カアアアン! 高い音がスタジアムに響く。
「くっそぉぉぉ!」
 大多数のアローズサポーターと同じ様にアリスさんも頭を抱えた。エオンさんが美しいフォームから放った弾丸シュートは、ハーピィ代表チームGKペティ選手のディフレクティング――手の平でボールをゴールマウスの外へ逸らす事だ。もっともハーピィに手の平はないので正確に言えば爪や羽だが――によってシュートコースを変えられ、クロスバーを叩いた後、ハーピィ代表サポーターのひしめくゴール裏へ飛び込んだ。
「あんなの止めるなんて反則ですよあいつめ!」
「だからシュートは低く、って言ったんですけどね……あ、エオンさんには伝わってなかったか?」
 アリスさんお淑やかな演技はもう諦めたんだな? と思いつつ今日の出来事も思い出すという器用な真似をしながら俺は応えた。『あんなの』と言うのは至近距離からゴール右上めがけて飛んだ全力シュートであり、普通のGKであればまず止められないモノだった。
 だが相手はハーピィとオークのハーフという出自を持つGK、ペティ選手なんだよなあ。
『やーんもうっ!』
『嘆いている暇はありません。立って!』
 絶好の得点機会を外し地面を叩いているエオンさんに何か囁き、ダリオさんが立たせる。芸能界のアイドルを国民のアイドルが助け起こすという風景だな。
「あ、アイドルと言えばあの子もだったな……そうだ!」
 俺はCKを蹴る為にある選手が歩いていく姿を見て座席を立ち上がった。
「どうしたんですか? ショーキチ先生?」
「みなさん、ここで今日一番の声を出してください。クラスのアイドルの見せ場ですよ!」

 それってうちのこと? とレイさんが手を挙げる幻影が脳裏の片隅に浮かんだがそれは打ち消し、俺は手前コーナーに立つ小柄な選手を指さした。
「あ! ポリンちゃんだ! またギューンって蹴るんですか!?」
「ええ、そうです! クラスメイトの皆にも声援を送るように言って貰えますか? きっと力になるんで!」
 アリスさんが言っているのは前半冒頭のパスの事で、俺がお願いしているのはCKの事である。微妙に違うが訂正する程の事でもないのでそのまま通訳をお願いする。
『みんな! ポリンがシュババーっ! ってボールを蹴るよ! クラスの力でそれをズババーっ! に変えよう!』
『分かりました、先生!』
『ポリン、頑張れ~!』
 先生の号令にすぐさま応える生徒たち。言葉の中身は分からないが、身を乗り出し声を張り上げる姿で彼ら彼女らの真摯な気持ちは伝わってきた。アリスさんの統率力あるいはポリンさんの人柄もといエルフ柄のなせる技だろうか? たぶん、両方だな。
「あざっす! こっちはこれでよし……と。あっちは……」
 生徒さんたちの応援が伝播しハーピィゴール裏以外の観客席全体が盛り上がっていく中、俺はピッチの方を見た。ちょうどダリオさんがスリープ――密集から少し離れた位置に選手を置きCKをゴール前へ入れるとみせかけてその選手にパスし、シュートを撃たせるセットプレイの作戦名だ。開幕戦のオーク代表戦で決めたやつだよ!――のポジションにつき、こちたを見るのと目が会う。
「(ダリオさん、献身的なプレーにエオンさんへの心配りにと……今日もナイスです!)」
『(ショウキチさん、また別のエルフ相手にデレデレして……少し釘を刺した方が良いかもしれません。あと私の事もどう思っているのでしょう?)』
 俺が親指を立ててウインクをすると、ダリオさんは首を横に振って腕組みをした。俺にはエルフほどの視力が無いので細かい所までは分からないが、やや厳しい表情に見える。スリープの為の演技にしては過剰だ。
 試合の展開を楽観視している俺にまだ油断できないぞ? と伝えたいのかもしれない。だとしたら流石だ。俺はすぐさま表情を引き締め、彼女の顔を見て頷いた。
「(そうですね、ダリオさんの思ってらっしゃる通りです。まだゲームは終わってない!)
『(あら? 想いが通じたのかしら?)』
 腕組みを解き頬に手を当てるダリオさんから視線を外し、俺は次にポリンさんの方を見た。クラスのアイドルと言ったが正確には委員長な彼女は、ボールをセットしサイドライン側に立ち中の様子を伺っている。その位置から右足だとアウトスイング、ゴール及びGKから遠ざかる軌道を描くパスを放つ筈だ。
 ……筈なんだが。
「あれ? ちょっとおかしいのに誰も注意しないな……」
 中で、そのパスに飛び込むべく待機している長身選手たち、ガニアさんムルトさんクエンさんの位置が少し遠い。ダリオさんのスリープの為かな? と思ったが、ハーピィDFも姫様に気づきマークをつけてしまった。それもそうだ、眠り姫の作戦は1シーズンにそう何度も成功するものではない。
 そういう状況なのに、コーチ陣は誰もターゲットの選手に声かけをしていなかった。むしろカウンター対策でセンターに残る選手に呼びかける、シャマーさんの姿の方が目立つくらいだ。
「これはもしや……アレをするのか!?」
 俺はある事を思い出し、思わず身を乗り出した。その視界の端で、審判さんの笛を聞いたポリンさんがCKの為の助走を始めた……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

性癖の館

正妻キドリ
ファンタジー
高校生の姉『美桜』と、小学生の妹『沙羅』は性癖の館へと迷い込んだ。そこは、ありとあらゆる性癖を持った者達が集う、変態達の集会所であった。露出狂、SMの女王様と奴隷、ケモナー、ネクロフィリア、ヴォラレフィリア…。色々な変態達が襲ってくるこの館から、姉妹は無事脱出できるのか!?

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

名前を書くとお漏らしさせることが出来るノートを拾ったのでイジメてくる女子に復讐します。ついでにアイドルとかも漏らさせてやりたい放題します

カルラ アンジェリ
ファンタジー
平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。 そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。 それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。 これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。 更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。 ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。 しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い…… これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。

6年生になっても

ryo
大衆娯楽
おもらしが治らない女の子が集団生活に苦戦するお話です。

処理中です...