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第二十八章
ギャップをいくつか
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『ギャップ』、元々は好きな言葉だ。学校では真面目な風紀委員長なのに私服は派手とか、大男なのに小動物が好きとか。もっとシンプルに細身巨乳なんてのもあるな。『ギャップ萌え』としばしば言われる概念だ。
だがそれがサッカーやサッカードウとなると、しかも自チームのDFラインに存在するとなると非常に憎らしい存在になる。本来は等間隔に並んだDFの選手たちが直線に並び故に『DFライン』と呼ばれる存在にギャップが生まれると、ガタガタになるのだ。
今回の例で具体的に言うと、DFラインの内ルーナさんとガニアさんは前に出た。ムルトさんとティアさんは後ろに残ったままだった。故にオフサイドラインはもっともGKに近いムルトさんの位置――オフサイド『ライン』と言ったものの、複数いる必要はない――となり、彼女の横かつルーナさんの裏へ走り込んだトレパー選手はオフサイドの反則の位置ではなかった。
そこへドミニク選手から狙い澄ましたスルーパスが送られた。
「えっ!? 誰もいない場所へ……あっ! あの子!?」
アリスさんが不思議そうに首を傾げかけ、すぐに気付いた。スルーパスという概念を初心者さんに理解して貰うのは難しい。パスという言葉のイメージとは裏腹に、誰かに向けてではなく誰もいない場所へ向けてボールを送るからだ。最初はミスパスだと思ってしまうこともしばしばだ。
だが誰かが同じスペースへ走っていればそれは良いパスとなる。DFはついてきていない事が多いし、自分は走った勢いを生かしたまま、スピードにのって動けるからだ。特にパスの速度の減衰――もちろんボールに動力でもついていない限り、基本的に蹴られたボールの速度は徐々に下がっていく――と受け手の歩幅というか走り幅がバッチリ合い、それがゴール前となれば、あとは軽く足を振るだけでシュートが決まる事もある。
ドミニク選手が放ったパスはそんな類のパスだった。
『ドミニクさんありがとう! あとは自分が……エレガントに!』
観客席のアリスさんがミスだと思い、ピッチのDF陣が誰もカバーへ走れなかったスペースへのパスは、ハーピィの跳躍力を縦ではなく横に生かし猛スピードで走っていくトレパー選手の前へ送ったパスだった。
「えっ!?」
「我慢がまん……」
トレパー選手がDFラインの裏でボールを受け、飛び出してきたボナザさんと一対一になった。俺は思わず近くのアリスさんの手を握り、祈るように呟く。
握羽会へ潜入したナリンさんの情報により、トレパー選手がアローズの美貌のコーチの様な、美しく華麗な選手になりたがっているのを俺は知っている。となるとゴール前でGKと1対1という今の状況、彼女が狙うのは美しいループシュートか或いは……
『寄ったら慌てるだろ……あっ!』
ドリブルでGKまで抜いての華麗なゴール。トレパー選手が選んだのは後者だった。前に詰めてプレッシャーをかけるボナザ選手の驚きの声を尻目にボールを蹴り出し、もう一つ左へドリブルする。急な方向転換と倒れたボナザ選手という障害物で誰も彼女へ追いつけず、ハーピィ一の元気娘は余裕綽々でボールをゴールへ流し込む。
「ありゃりゃ……」
彼女にとって初めて見るアローズの失点に、アリスさんが戸惑ったようなため息を漏らす。
後半10分で5-1。ハーピィが1点返した。
俺はため息をつきながら目を左右に振り、もう一度ため息を吐いた。
「どうしたんですか? そんなにショック?」
アリスさんはまだ握ったままだった俺の手を更に上から握り、トントンと叩きつつ問う。
「あ、すみません!」
「いや、そんな! 。ショーキチ先生、『我慢』って言ってましたけど、別にイヤじゃないし我慢なんてちっとも……」
手を離す俺にアリスさんが良く分からない事を言う。なんだっけ我慢って? ……ああっ!
「さっきの『我慢』はボナザさんに言ったつもりだったんですよ。トレパー選手はGKが動くのを見てからプレイを選択するだろうから、動かず我慢した方が得策だ、と。まあ届く訳ないんですけどね」
俺は自虐的に笑いながら言う。ナリンさんの情報によれば、元気と運動量が売りの――という意味ではウチのエルエルに似ているな――トレパー選手は、本当はテクニシャンの様なプレイを目指しているという。そんな彼女ならあのシチュエーションでループシュートやドリブルで抜き去る様なプレイを選ぶだろうし、それならば動かずプレッシャーを与えてミスを誘発すべきだ。
その辺りの事情をナリンさんと俺は知っていた。俺たちが伝えたMFやDF陣は知っていた。GKであるボナザさんは……たぶん知らなかった。伝達ミスだ。
「なんだ、そうだったんですか! ちぇ……。それで二度も落ち込んで?」
何が悔しいのか少し吐き捨てて、アリスさんは再び聞いた。
「二度目のため息は副審さんを見て、です。ワンチャン、オフサイドなかったかなー? と」
正直、上から見ていてギリギリ、オフサイドではないと見えていた。しかし副審さんがこちらにとって嬉しい方に誤審する可能性も無いでもない。だが彼らは正当なジャッジをしてハーピィの得点を認めた。それが二度目の理由だ。
「へえへえ。あ! これが噂に聞く『諦めの悪い男三井!』 ですね!」
いや違うだろ。あんな人気キャラに例えられるのは嬉しいけれど。クラマさん中途半端な教え方したな? よし、俺がアリスさんに正しい使い方を教えよう。
「そもそもミッチーはですね……」
その時、迫力のある声がそこへ割り込んできた。
だがそれがサッカーやサッカードウとなると、しかも自チームのDFラインに存在するとなると非常に憎らしい存在になる。本来は等間隔に並んだDFの選手たちが直線に並び故に『DFライン』と呼ばれる存在にギャップが生まれると、ガタガタになるのだ。
今回の例で具体的に言うと、DFラインの内ルーナさんとガニアさんは前に出た。ムルトさんとティアさんは後ろに残ったままだった。故にオフサイドラインはもっともGKに近いムルトさんの位置――オフサイド『ライン』と言ったものの、複数いる必要はない――となり、彼女の横かつルーナさんの裏へ走り込んだトレパー選手はオフサイドの反則の位置ではなかった。
そこへドミニク選手から狙い澄ましたスルーパスが送られた。
「えっ!? 誰もいない場所へ……あっ! あの子!?」
アリスさんが不思議そうに首を傾げかけ、すぐに気付いた。スルーパスという概念を初心者さんに理解して貰うのは難しい。パスという言葉のイメージとは裏腹に、誰かに向けてではなく誰もいない場所へ向けてボールを送るからだ。最初はミスパスだと思ってしまうこともしばしばだ。
だが誰かが同じスペースへ走っていればそれは良いパスとなる。DFはついてきていない事が多いし、自分は走った勢いを生かしたまま、スピードにのって動けるからだ。特にパスの速度の減衰――もちろんボールに動力でもついていない限り、基本的に蹴られたボールの速度は徐々に下がっていく――と受け手の歩幅というか走り幅がバッチリ合い、それがゴール前となれば、あとは軽く足を振るだけでシュートが決まる事もある。
ドミニク選手が放ったパスはそんな類のパスだった。
『ドミニクさんありがとう! あとは自分が……エレガントに!』
観客席のアリスさんがミスだと思い、ピッチのDF陣が誰もカバーへ走れなかったスペースへのパスは、ハーピィの跳躍力を縦ではなく横に生かし猛スピードで走っていくトレパー選手の前へ送ったパスだった。
「えっ!?」
「我慢がまん……」
トレパー選手がDFラインの裏でボールを受け、飛び出してきたボナザさんと一対一になった。俺は思わず近くのアリスさんの手を握り、祈るように呟く。
握羽会へ潜入したナリンさんの情報により、トレパー選手がアローズの美貌のコーチの様な、美しく華麗な選手になりたがっているのを俺は知っている。となるとゴール前でGKと1対1という今の状況、彼女が狙うのは美しいループシュートか或いは……
『寄ったら慌てるだろ……あっ!』
ドリブルでGKまで抜いての華麗なゴール。トレパー選手が選んだのは後者だった。前に詰めてプレッシャーをかけるボナザ選手の驚きの声を尻目にボールを蹴り出し、もう一つ左へドリブルする。急な方向転換と倒れたボナザ選手という障害物で誰も彼女へ追いつけず、ハーピィ一の元気娘は余裕綽々でボールをゴールへ流し込む。
「ありゃりゃ……」
彼女にとって初めて見るアローズの失点に、アリスさんが戸惑ったようなため息を漏らす。
後半10分で5-1。ハーピィが1点返した。
俺はため息をつきながら目を左右に振り、もう一度ため息を吐いた。
「どうしたんですか? そんなにショック?」
アリスさんはまだ握ったままだった俺の手を更に上から握り、トントンと叩きつつ問う。
「あ、すみません!」
「いや、そんな! 。ショーキチ先生、『我慢』って言ってましたけど、別にイヤじゃないし我慢なんてちっとも……」
手を離す俺にアリスさんが良く分からない事を言う。なんだっけ我慢って? ……ああっ!
「さっきの『我慢』はボナザさんに言ったつもりだったんですよ。トレパー選手はGKが動くのを見てからプレイを選択するだろうから、動かず我慢した方が得策だ、と。まあ届く訳ないんですけどね」
俺は自虐的に笑いながら言う。ナリンさんの情報によれば、元気と運動量が売りの――という意味ではウチのエルエルに似ているな――トレパー選手は、本当はテクニシャンの様なプレイを目指しているという。そんな彼女ならあのシチュエーションでループシュートやドリブルで抜き去る様なプレイを選ぶだろうし、それならば動かずプレッシャーを与えてミスを誘発すべきだ。
その辺りの事情をナリンさんと俺は知っていた。俺たちが伝えたMFやDF陣は知っていた。GKであるボナザさんは……たぶん知らなかった。伝達ミスだ。
「なんだ、そうだったんですか! ちぇ……。それで二度も落ち込んで?」
何が悔しいのか少し吐き捨てて、アリスさんは再び聞いた。
「二度目のため息は副審さんを見て、です。ワンチャン、オフサイドなかったかなー? と」
正直、上から見ていてギリギリ、オフサイドではないと見えていた。しかし副審さんがこちらにとって嬉しい方に誤審する可能性も無いでもない。だが彼らは正当なジャッジをしてハーピィの得点を認めた。それが二度目の理由だ。
「へえへえ。あ! これが噂に聞く『諦めの悪い男三井!』 ですね!」
いや違うだろ。あんな人気キャラに例えられるのは嬉しいけれど。クラマさん中途半端な教え方したな? よし、俺がアリスさんに正しい使い方を教えよう。
「そもそもミッチーはですね……」
その時、迫力のある声がそこへ割り込んできた。
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