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第二十七章
認知している範囲
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試合はアローズが攻めてパーピィが守る、という展開が試合開始からずっと続いていた。あちら側の事情で言えば音痴歌合戦が効いてかハーピィチームにいつもの華麗なパス回しが全く見れず、こちら側の事情で言えば久しぶりに何の制限もなくメンバーが選べる状態でいないのはシャマーさんのみ、そしてそのシャマーさんがサイドラインからDFラインに助言を与えられる状態だ。
ラインコントロールはいつもより強気で高目をキープでき、そのぶん相手が使えるエリアは狭くゾーンプレスも苛烈さを増していた。
「岡目八目とはよく言ったものだな……」
「なんですかそれ? 美味しい炊き込みご飯?」
俺が思わず漏らした呟きを聞いたアリスさんが目を輝やかせて問う。
「それは五目ご飯です! 岡目八目と言うのは当事者よりも傍観者の方が事態を良く把握できるという意味で、囲碁か将棋か……目って言ってるんだから囲碁か。囲碁で横から観戦している人は競技中の人より八目分かっている、という俗説からきた話です」
アリスさんの知識の偏りは相変わらず謎だな、と思いながら俺はまず解説をした。例によってメモをとる彼女を眺めつつ続ける。
「で、普段はシャマーという選手がDFライン……あの一列に並んだ守備の選手達を中で統率しているんですけど、今日は負傷もあってベンチからアドバイスしている状態なんです。それで、シャマーさんの様な泰然自若としたタイプでも、やっぱ中にいるより外から見た時の方が状態が把握し易いのかな、と」
「ふむふむ……。だいそんじしゃく、てのは?」
ダイソン磁石!? なんだそのSFに出てきそうな物体は!?
「泰然自若、です。落ち着いている様子、みたいな。彼女にはキャプテンもやって貰っているんですが、滅多に慌てないタイプなんですよね」
「……彼女?」
「彼女というのはあの女性という……ってそれは分かりますよね?」
一つ調べる毎に別の言葉が気になる、wikiを無限に読んでいる時のような気分になって思わず俺は疑問を挟んだ。いやむしろ俺自身がwikiの立場だが。
「えへへ。冗談です、ちゃんと分かってますよー」
アリスさんはそう言って笑い、ついでボソっと呟いた。
『彼女、か。シャマーさんと呼んだ時の言い方も含めて、匂う。匂いますなーくくく』
エルフ語だったようで意味は分からないが、シャマーさんの名前は聞こえた。彼女は魔法界では有名人の様だし、アリスさんにとっても何か縁があるのかもしれない。
俺はその件について少し訊ねようとして、アリスさんの顔を見て辞めた。何か悪巧みをしているかの様な表情だったからだ。
「「おおーっ!」」
その時、スタジアム全体を揺るがすようなため息が響いた。レイさんめがけて蹴ったダリオさんのクロスが、ハーピィのGKペティ選手にキャッチされたのだ。
「あ、出るかもしれません!」
「何がですか?」
俺はまだシャマーさんの方を見ていたアリスさんの肩を叩き、ペティ選手の方を指さし言った。
「忍者、ですよ」
アリスさんの知識は偏っているが、忍者については押さえているだろうという読みがあった。なにせ俳句を詠むし。俳句と忍者は切っても切れないものと古事記にもある。
「え? あの黒ずくめの!?」
俺の読みは当たった。アリスさんは掌に載せた手裏剣をしゅばば! と投げるジェスチャーをしながら目を凝らす。
「よぉぉく見てください……」
いちいちジェスチャーが古いんだよなあ、と思いながら俺は小声で囁く。まあクラマさんも昭和の人間だっただろうし、彼に日本語を教わったエルフ達もそれに準ずる感性なのは仕方ないかもな。
「どちらでしょおおかぁ……?」
アリスさんも俺に倣って小声で訊ねてきた。と言うかこのノリは寝起きドッキリをしかけるレポーターじゃないか? やっぱ昭和だなこのエルフ。
「ペティ選手の後ろです」
が、冷静に考えれば俺が大声を出したって状況は変わらない。俺はふと正気に戻って普通の声で言った。
フィールドではまさにドッキリ作戦が始まろうとしていた。その仕掛け人ならぬ仕掛けエルフは、レイさんだった。
「あれ? レイちゃんあんな所で何を?」
アリスさんも気づいて疑問の声を上げる。あんな所、とはGKペティ選手の真後ろで、何を? と言えば何もしていなかった。まあ強いて言えば気配を消していた。
まるで忍者の様に。
『諦めず繋いで行くぞ!』
ペティ選手は何か言ってボールを地面へ転がした。俺には彼女の考えていることが分かった。
ここまで激しく、時にはGKまでプレスをかけてきたエルフチームもやや勢いを落としている。いよいよハーピィのターンが来たのだ。DFからボールを繋いでエルフを翻弄し……。
『もろたで!』
ペティ選手の、見事な羽根の脇から唐突に黒い影が現れ、ボールをかっさらった。レイさんだ。
『え!? どこから!?』
驚いたペティ選手は慌てて身体を投げ出し足を伸ばしてボールを奪い返そうとしたが、レイさんは自陣方向へ素早くドリブルし距離を稼いでそれを交わした。
そして、GKが地面に倒れて死に体になったのを見届けると腰を大きく回して足を振り、ボールを無人のゴールへ蹴り込んだ。
前半11分。1-0アローズ先制!
ラインコントロールはいつもより強気で高目をキープでき、そのぶん相手が使えるエリアは狭くゾーンプレスも苛烈さを増していた。
「岡目八目とはよく言ったものだな……」
「なんですかそれ? 美味しい炊き込みご飯?」
俺が思わず漏らした呟きを聞いたアリスさんが目を輝やかせて問う。
「それは五目ご飯です! 岡目八目と言うのは当事者よりも傍観者の方が事態を良く把握できるという意味で、囲碁か将棋か……目って言ってるんだから囲碁か。囲碁で横から観戦している人は競技中の人より八目分かっている、という俗説からきた話です」
アリスさんの知識の偏りは相変わらず謎だな、と思いながら俺はまず解説をした。例によってメモをとる彼女を眺めつつ続ける。
「で、普段はシャマーという選手がDFライン……あの一列に並んだ守備の選手達を中で統率しているんですけど、今日は負傷もあってベンチからアドバイスしている状態なんです。それで、シャマーさんの様な泰然自若としたタイプでも、やっぱ中にいるより外から見た時の方が状態が把握し易いのかな、と」
「ふむふむ……。だいそんじしゃく、てのは?」
ダイソン磁石!? なんだそのSFに出てきそうな物体は!?
「泰然自若、です。落ち着いている様子、みたいな。彼女にはキャプテンもやって貰っているんですが、滅多に慌てないタイプなんですよね」
「……彼女?」
「彼女というのはあの女性という……ってそれは分かりますよね?」
一つ調べる毎に別の言葉が気になる、wikiを無限に読んでいる時のような気分になって思わず俺は疑問を挟んだ。いやむしろ俺自身がwikiの立場だが。
「えへへ。冗談です、ちゃんと分かってますよー」
アリスさんはそう言って笑い、ついでボソっと呟いた。
『彼女、か。シャマーさんと呼んだ時の言い方も含めて、匂う。匂いますなーくくく』
エルフ語だったようで意味は分からないが、シャマーさんの名前は聞こえた。彼女は魔法界では有名人の様だし、アリスさんにとっても何か縁があるのかもしれない。
俺はその件について少し訊ねようとして、アリスさんの顔を見て辞めた。何か悪巧みをしているかの様な表情だったからだ。
「「おおーっ!」」
その時、スタジアム全体を揺るがすようなため息が響いた。レイさんめがけて蹴ったダリオさんのクロスが、ハーピィのGKペティ選手にキャッチされたのだ。
「あ、出るかもしれません!」
「何がですか?」
俺はまだシャマーさんの方を見ていたアリスさんの肩を叩き、ペティ選手の方を指さし言った。
「忍者、ですよ」
アリスさんの知識は偏っているが、忍者については押さえているだろうという読みがあった。なにせ俳句を詠むし。俳句と忍者は切っても切れないものと古事記にもある。
「え? あの黒ずくめの!?」
俺の読みは当たった。アリスさんは掌に載せた手裏剣をしゅばば! と投げるジェスチャーをしながら目を凝らす。
「よぉぉく見てください……」
いちいちジェスチャーが古いんだよなあ、と思いながら俺は小声で囁く。まあクラマさんも昭和の人間だっただろうし、彼に日本語を教わったエルフ達もそれに準ずる感性なのは仕方ないかもな。
「どちらでしょおおかぁ……?」
アリスさんも俺に倣って小声で訊ねてきた。と言うかこのノリは寝起きドッキリをしかけるレポーターじゃないか? やっぱ昭和だなこのエルフ。
「ペティ選手の後ろです」
が、冷静に考えれば俺が大声を出したって状況は変わらない。俺はふと正気に戻って普通の声で言った。
フィールドではまさにドッキリ作戦が始まろうとしていた。その仕掛け人ならぬ仕掛けエルフは、レイさんだった。
「あれ? レイちゃんあんな所で何を?」
アリスさんも気づいて疑問の声を上げる。あんな所、とはGKペティ選手の真後ろで、何を? と言えば何もしていなかった。まあ強いて言えば気配を消していた。
まるで忍者の様に。
『諦めず繋いで行くぞ!』
ペティ選手は何か言ってボールを地面へ転がした。俺には彼女の考えていることが分かった。
ここまで激しく、時にはGKまでプレスをかけてきたエルフチームもやや勢いを落としている。いよいよハーピィのターンが来たのだ。DFからボールを繋いでエルフを翻弄し……。
『もろたで!』
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『え!? どこから!?』
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そして、GKが地面に倒れて死に体になったのを見届けると腰を大きく回して足を振り、ボールを無人のゴールへ蹴り込んだ。
前半11分。1-0アローズ先制!
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