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第二十七章

最初の伝達

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「うわ、いまギューン! って」
「はいはい。まだ終わっていませんよ」
 ポリンさんが「まだパス回しの続きですよー」みたいな雰囲気で蹴ったボールは、美しい曲線を描き滑空するハヤブサのようにハーピィDFラインの頭上を切り裂き、急に落ちてリーシャさんの足下へ届いた。
『ポリンすげえ!』
『いま軽く蹴っただけだよね!?』
 内容は分からないが生徒さん達も騒いでいる。恐らくポリンさんキックについてだろう。彼女の右足は似たようなフォームで千差万別の威力、飛距離のボールを蹴れる。今日もキレキレの様だ。
『リーシャ、行って!』
『もちろん!』
 最初のFWはリーシャ&ダリオのセットだ。万が一、前からハーピィがボールを奪いに来た時に備えて、経験が多く肉体的にも強いコンビを採用していたのだ。彼女らなら適当なボールを蹴り込んでもキープしてくれる可能性が高い。
 もっとも、今彼女らが行うとしているプレーは「キープ」から遠く離れたものだが。
『裏に走った!』
『オーケイ、中宜しく!』
 ダリオさんが斜めにダッシュしてハーピィ右SBの裏でパスを受けようと動く。しかしハーピィDF陣もよく声を掛け合ってマークの受け渡しをしている。鳥乙女たちは寝食を共にするアイドルグループというだけでなく、血縁――ほとんどが父が異なり母が同じ、異父妹だ――でもある。その上、耳がよく声も通る。決して強くはないが連携のとれた良い守備をするという隠れた特色もあるのだ。
「そういう意味ではコーチしてみたいチームでもあるんだよなあ。セクシーフットボールできるかもしれない」
「セクシー!? 呼びました!?」
「呼んでません。それよりほら」
 アリスさんを軽くあしらってピッチへの集中を促す。ちょうどリーシャさんがダリオさんへのパスフェイントを入れて対面のCBを足止めし、中へカットインして右足を一閃した所だった。
「よっしゃ! ……ああーっ」
 アリスさんが俺の手を握りながら立ち上がり、しかし目の前の光景を見てため息を漏らしながら座った。リーシャさんの18番、左サイドから中央へカットインしゴール右上にカーブをかけたシュートを打ち込む、というのが炸裂したのだが、見事な跳躍を見せたGKペティ選手がそれを寸前でキャッチしてしまったのだ。
「おおう、アレがダメか」
 最低でもGKが弾いてこぼれ球に誰か詰めるか外に出てこちらのCKか? と思ったのだが、なんと完全に捕球されてしまった。資料によるとペティ選手の父親はオークだ。ハーピィの跳躍力に機敏さと、オークのパワーに勇敢さ。確かにGK向きではある。
 俺はアリスさんに捕獲されたままの右手――柔らかい彼女の太股の上に押しつけられていた――をそっと外し、連絡用のボードに早速書き込む。
「凄いGKですね。グイーンて行ったのをシュババって!」
「ええ。やべえです」
 国語教師でもある筈のアリスさんの語彙力を心配しつつも俺は指示を幾つか書いては消し、2点にまとめて彼女に見せる。
「なので早めに潰したい。これ、翻訳して書き直して貰えますか?」
「合点承知の助!」
 俺の依頼を聞いたアリスさんが素早くメモに筆を走らせる。相変わらず彼女の日本語も謎だ。ナリンさん、ルーナさん、アリスさんとそこそこの日本語話者と話しているが、全員毛色が違う。謎の軍人口調のナリンさん、口数が少ないだけでかなり普通のルーナさん、急に古風だったり俳句を詠んだりするアリスさん……誰一人とて同じではない。
 クラマさんの指導の偏りだったりするのかなあ?
「あの、このそれぞれの指示ってどんな意味なんです? 一つ目の『シュートは低めで』と、二つ目の『レイさん忍者決行』ってやつ」
 俺が思考を巡らせている間に書き終わったアリスさんが聞いてきた。
「後で説明します。が、先に届けてきて良いですか?」
「あああ、もちのロンです! どぞー」
 アリスさんは慌ててエルフ語に書き直してくれたメモを渡して言った。
「すみません、すぐ帰ります」
 俺はそう言って席を立ち視線を遮って観戦の邪魔にならない様、身を屈めてベンチの真上まで小走りで移動した。
「ヨンさん! これ!」
 メモの受け取り手はもっとも背が高くウイングスパン――両手を広げた時の長さの事だ。バスケでは重要な数値だが普通、サッカーでは重視されない。オーダースーツを作る時に採寸したのだ――も長いヨンさんが担当する事になっていた。
『うわ、早いですね! あのお姉さんとイチャイチャしているだけじゃなかったんですね!』
「え? うん、上からだとやっぱ良く見えますよ。じゃあこれ!」
 言葉は分からないがヨンさんの視線が上を向いたので当てずっぽうで返事して手を伸ばす。
『受け取りました! まんざらじゃなさそうだし、スタジアム以外でのデートも誘ってみては?』
「そうだね! また機会があれば上から指示してみるよ! じゃあ!」
 受け取ったヨンさんがまた何か言い、俺は今度も適当に返事しその場を去る。冷静に考えれば互いに言葉が分からない状況だ。何も言わなくても良かったのでは? と思うがそれでは味気ないからなあ。
「お帰りなさいませご主人様! それで……どうです? 相手、イチコロです?」
 席へ戻った俺を出迎えたのはアリスさんの情報量が多いボケだった。
「そう簡単にはいきませんよ。まあ試合を見ながらさっきの説明をしましょう」
 アリスさんはスワッグ達と同じく、すべてのボケを拾ってやらなくても良い相手とみた。俺は椅子に座って視線をピッチ方面へやった。
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