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第二十六章

監督室での独り飯?

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 監督室に到着した俺たちはツンカさんが部屋の片づけと食器のセット、俺が番組視聴の準備と分担して作業を行った。
「すぐ戻るね!」
 相変わらず魔法装置の設定にモタつく俺より一足先に全てを終えたツンカさんがウインクを残して部屋を出ていく。
「あっ、はい」
 戻る必要はあるのか? と思いながら俺は間の抜けた返事を返す。書類や食べ物の滓が転がっていた俺の机の上は綺麗に掃除され、食堂から運ばれた皿やコップが取り易い距離に並べてある。
「完璧やん……これ以上何かあるか? まさか一口づつ『あーん』とかされるんじゃないだろうな?」
 俺は手を止めてぽつりと呟いた。なにせそれはすでにナギサさんにされて経験済みだ。あり得ない話ではない。
「何が楽しいんだろう?」
 動物園のそういうコーナーで、展示されている生物に餌をやるのは楽しいけどなあ。もしかしてエルフにとって人間ってそんな感じの対象?
「いやいや、今更それはないわ」
 俺は空を見上げて手を面前で振りながら否定する。ここまでエルフ族と付き合って数ヶ月、確かに若輩者として扱われる場面はなくもないが、流石に動物扱いまではされていない。たぶん。
「何にしても今度は断固として断ろう」
 基本的に食事は自分の手で自分のペースで食べる方が美味しいし。そりゃ、何か作業しながらとかなら誰かに補助された方が良いかもしれないけど。
 ん? 作業?
「あっ、いけね!」
 つまらない考えに手が止まって、番組の視聴準備が全然できていなかった。俺は何とかモニターと操作装置を同期させ、良い角度に設置する。
「へい、ブロ! ナイスパフォーマンス! センキュー!」
 そしてようやく点いた画面ではノゾノゾさんが楽しそうな声で、演奏を終えたミノタウロスの歌手さんを見送っていた。
「うわ! 非公式髭ダンディズムの残りだけじゃなくて、次の演奏者までスルーか!」
 食堂からここまで移動するのに時間がかかったからというのもあるが、随分と見逃してしまった。
「えっと……さっきのは『キング・オグロヌー』か。ヒップホップ系かな?」
 資料を探し出し、そこにある見た目や名前から推測して口に出す。外見は派手な装飾をつけたミノタウロスのオッサンだし、名前に『キング』とかつけるのもだいたいアッチ系だし、何よりノゾノゾさんがそういう空気を出しながら『ブロ』とか言ってたしね。
 ちなみに『ブロ』とはスウェーデンのレジェンド選手トーマス・ブロリンの事でも、レイさんが装着を拒んだ胸部用下着の事でもなくて『ブラザー』の省略だと思われる。
「どんな曲を歌ったんだろう? 準決勝に出るかなあ?」
 ミノタウロスのヒップホップなんて色物に違いないし、勝ち残れるとは思えない、と考えたところでここまでの出場者を思い出す。
「……いやあるか」
 ライバルが関節技と豆を鼻で飛ばす奴らだもんな。どれが勝ち上がるか分からん。
「ん? 何があるの?」
 と、俺が独り言を呟いた所へツンカさんが帰ってきた。
「いや、バード天国の出場者の話ですが。えっと、ツンカさんこそ、まだそれあったんですか?」
 俺は戻ってきた彼女の姿を見ながら応える。色々詰めたバスケットを抱えてやってきたツンカさんは、いつか見たアメリカン・ダイナーのウエイトレスさん姿だったのだ。
「イエス! これは食事を挟み込める大きめのブレッド。食べながらモニターを見易いでしょ? あとドリンクを幾つか」
 ツンカさんはバスケットのカバーを外し、中の物を取り出しながら言う。俺が聞いたのは持ってきたモノについてではなく、その胸元が大きく開いた――食事以上の大きさでも挟み込めそうな谷間が見えている――服装に関してなんだけどなあ。馬車移動の時の服、残してた上に練習後のジャージから着替えてきたのか。
「なんか、すみません」
「ノープロブレム! ハーブティとブルマン煎れてきたけど、実はショーってブルマン苦手だったりする?」
 恐縮する俺を笑顔で和ませ、ツンカさんは左右に持ったポットを交互に持ち上げ小首を傾げた。
「えっ!? 気付かれてました? はい、実はブルマンはあまり飲めなくて……ハーブティでお願いします」
 俺は驚きを隠せずにそう応える。ブルマンは地球で言うコーヒーに似た飲み物でこちらでも人気なのだが、原材料が黒い蟲でその事を思うととても飲めたものではないのだ。しかもグレートワームの入管で一悶着あってから苦手意識は更に強まっている。
「ドンウォリー! 人にはそれぞれ事情があるもんね! はい、どうぞ」 
 ツンカさんは更に屈託無く笑顔を見せ、カップにお茶を注ぐ。番組を見ながら食べられるようにパンを持ってきたり、苦手な飲み物を見抜いたり。本当に気が利く女性だ。実際、実家――ルーク聖林にあるトンカさんの食堂だ――ではウエイトレスのバイトもしてたんだっけ?
「ありがとうございます」
 俺は礼を言ってカップを受け取り、一口すすった。暖かさと優しさが染み込んでくる気がする。いや実際、王族とか魔法使いとかモンクとか、天才とか変人とかエキセントリックな性格の美少女とかに囲まれていると、こういう一般エルフの人並みの気遣いが非常に有り難い。
「ツンカさんも一緒にどうです? 食事、終わってましたっけ?」
 それで、俺は気を緩めてそう呼びかけてしまった。
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