458 / 684
第二十六章
朝食には重い話
しおりを挟む
翌朝。いつもの様にクラブハウスのトレーニングルームで筋トレを終え、食堂で朝食を取っている俺の元へムルトさんがやってきた。
「おはようございます、監督」
「おはようございます、会長。えっと、バード天国の書類は今日の夜までには……」
小脇にたくさんの書類を抱えた長身のデイエルフへ、俺はこわごわと朝の挨拶をする。
「その件ではございませんわ。次の試合の事です。私、出ますから」
ムルトさんはそう言いながら書類と逆側に持っていたトレイをテーブルへ置き、椅子に座る。
「えっ?」
「もちろん、監督の選択次第ですけど」
俺の間抜けな声にムルトさんは眼鏡越しの一瞥をくれて言う。
「あ、いえ、それは助かりますが。なんか意外ですね、自分から」
ツンケンさえしていなければもっと人気出るだろうなあ、と思いながら俺はムルトさんの美しい顔を見つめる。彼女はアローズの会計の長で、厳しいチェックと氷のような態度からほとんどの職員から恐れられているのだ。
「まあ。シャマーがああですし……」
ムルトさんは照れたように顔を背けて言った。この生真面目な彼女を恐れない数少ない存在がシャマーさんだ。いや恐れないどころの話ではない。堅物のデイエルフと奔放なドーンエルフは幼なじみであり、若い頃から高い頭脳で鳴らした天才同士であり、口車でアローズへ加入させられた被害者と加害者という関係でもあるのだ。
「確かに。助かります」
俺は頭をさげつつ言った。シャマーさんは足首の負傷、パリスさんは回復途上、リストさんは自信喪失……とアローズのDFラインは現在ややピンチである。空中戦の得意なハーピィ相手の試合に、この高身長かつ慎重なCBが参加してくれるのは非常にありがたい。
「と言いつつシャマーさんの最新の状態を知らないんですが。そんな感じなんですか?」
「あら? お見舞いへ行ってませんの?」
今度は俺から質問すると、彼女は意外そうな顔で見つめ返してきた。
「帰国時までは一緒でしたが、後は忙しくてスタッフに任せてて……」
「冷たいですのね。そういう仲ですのに」
「いや、俺達は……」
と否定しようとして、一括で言うと『冷たい』の部分まで否定してしまう事に気付いて言い淀む。ムルトさんに言われるのは驚きだが、確かに帰国後一度も顔を見せていないのは冷酷だ。
それに彼女には、監督室で俺がシャマーさんと、その、親密な触れ合いをしている所を見られてもいる訳だし。
「寂しさを紛らわせる目的もありますが、無理させない為にも会いに行って伝えて下さい。『ハーピィ戦はムルトが出るから大丈夫だ』と。話はそれだけです」
彼女はそう言うと、殆ど食べてない食物が乗ったままのトレイを手に取り立ち上がった。まさかその為だけに来たのか? クールに見えるムルトさんだけど、シャマーさんの事が絡むと少し違う面が見えるんだな。
「分かりました。返す返すもありがとうございます。あっ! 実はこちらからもお話が……」
俺がそう言うとムルトさんは眉を潜めて座り直した。ダリオさんの時も思ったが、眼鏡美人が困り眉になると妙にエッチだな。グラマラスな姫様とスレンダーな会計さんでそれぞれ良さがあり、甲乙つけがたい。
「何かまた不埒な事を考えていらっしゃいます?」
「はい、ごめんなさい! いえ、違います!」
心を読まれたかと思ったが、ムルトさんが言う『不埒な事』とは主に出費が嵩む様な行いの方だ。そしてそれは概ね合っている。ムルトさんは小胸(しょうむね)な方だけど。
「えっとですね。次のハーピィ戦に、スカラーシップでお世話になっている学院の生徒さんたちを無料招待したいなー、と」
「まあ!」
俺の計画を聞いてムルトさんの眉が咎めるように跳ね上がった。
「いや、そんなに良い席じゃなくても良いんですけど……」
「いえ、良い計画だと思いますわ。どうせならメインの、ベンチ上くらいにしましょう」
ムルトさんはそう言いながら書類の一つにメモを書き始める。
「ええっ!? 良いんですか? そんな良席?」
「先行投資です。未来の良客に見窄らしい席をあてがう訳にもいきません。それに、彼ら彼女らは私の後輩でもありますし」
「なっ!?」
言われて思い出し、俺はぽかんと口を開けた。そう言えばムルトさんはシャマーさんと机を並べて学んだとか言ってたっけ。
「席を仮押さえしつつ学院へアンケートを送って希望者数を確認しましょう」
「あ、すみません、そんな事まで……」
「いえ、別々に動く方が却って手間になりますから。となると……」
それから、ムルトさんは口の中でブツブツ言いながらメモをとる手を高速に動かし始めた。前も見た彼女の高速演算モードだ。
「ありがとうございます。じゃあ邪魔にならないよう……」
「どういたしまして。あ、実はこれも」
俺が頭を再度下げ去ろうとすると、ムルトさんは書類の束の中から一通の手紙を取り出し俺に渡した。
「今朝、届いていた手紙です」
「あ、どうも……」
計算しながら受け答えして物も渡せるなんて凄いな! と思いながら俺は手紙を受け取り、機械的に封を開け眼鏡をかけ文を読む。
「あーっ!?」
「どうしました!?」
書面を読んで思わず声を上げた俺にムルトさんが問う。さしもの彼女の高速モードも強制解除されたようだ。
「忘れてました……」
「何を、ですの?」
俺は中に入っていたドラゴンサッカードウ協会からの手紙をムルトさんの方へ向け呟く。
「俺、カード貰ってました。ハーピィ戦、ベンチ入りできません!」
「おはようございます、監督」
「おはようございます、会長。えっと、バード天国の書類は今日の夜までには……」
小脇にたくさんの書類を抱えた長身のデイエルフへ、俺はこわごわと朝の挨拶をする。
「その件ではございませんわ。次の試合の事です。私、出ますから」
ムルトさんはそう言いながら書類と逆側に持っていたトレイをテーブルへ置き、椅子に座る。
「えっ?」
「もちろん、監督の選択次第ですけど」
俺の間抜けな声にムルトさんは眼鏡越しの一瞥をくれて言う。
「あ、いえ、それは助かりますが。なんか意外ですね、自分から」
ツンケンさえしていなければもっと人気出るだろうなあ、と思いながら俺はムルトさんの美しい顔を見つめる。彼女はアローズの会計の長で、厳しいチェックと氷のような態度からほとんどの職員から恐れられているのだ。
「まあ。シャマーがああですし……」
ムルトさんは照れたように顔を背けて言った。この生真面目な彼女を恐れない数少ない存在がシャマーさんだ。いや恐れないどころの話ではない。堅物のデイエルフと奔放なドーンエルフは幼なじみであり、若い頃から高い頭脳で鳴らした天才同士であり、口車でアローズへ加入させられた被害者と加害者という関係でもあるのだ。
「確かに。助かります」
俺は頭をさげつつ言った。シャマーさんは足首の負傷、パリスさんは回復途上、リストさんは自信喪失……とアローズのDFラインは現在ややピンチである。空中戦の得意なハーピィ相手の試合に、この高身長かつ慎重なCBが参加してくれるのは非常にありがたい。
「と言いつつシャマーさんの最新の状態を知らないんですが。そんな感じなんですか?」
「あら? お見舞いへ行ってませんの?」
今度は俺から質問すると、彼女は意外そうな顔で見つめ返してきた。
「帰国時までは一緒でしたが、後は忙しくてスタッフに任せてて……」
「冷たいですのね。そういう仲ですのに」
「いや、俺達は……」
と否定しようとして、一括で言うと『冷たい』の部分まで否定してしまう事に気付いて言い淀む。ムルトさんに言われるのは驚きだが、確かに帰国後一度も顔を見せていないのは冷酷だ。
それに彼女には、監督室で俺がシャマーさんと、その、親密な触れ合いをしている所を見られてもいる訳だし。
「寂しさを紛らわせる目的もありますが、無理させない為にも会いに行って伝えて下さい。『ハーピィ戦はムルトが出るから大丈夫だ』と。話はそれだけです」
彼女はそう言うと、殆ど食べてない食物が乗ったままのトレイを手に取り立ち上がった。まさかその為だけに来たのか? クールに見えるムルトさんだけど、シャマーさんの事が絡むと少し違う面が見えるんだな。
「分かりました。返す返すもありがとうございます。あっ! 実はこちらからもお話が……」
俺がそう言うとムルトさんは眉を潜めて座り直した。ダリオさんの時も思ったが、眼鏡美人が困り眉になると妙にエッチだな。グラマラスな姫様とスレンダーな会計さんでそれぞれ良さがあり、甲乙つけがたい。
「何かまた不埒な事を考えていらっしゃいます?」
「はい、ごめんなさい! いえ、違います!」
心を読まれたかと思ったが、ムルトさんが言う『不埒な事』とは主に出費が嵩む様な行いの方だ。そしてそれは概ね合っている。ムルトさんは小胸(しょうむね)な方だけど。
「えっとですね。次のハーピィ戦に、スカラーシップでお世話になっている学院の生徒さんたちを無料招待したいなー、と」
「まあ!」
俺の計画を聞いてムルトさんの眉が咎めるように跳ね上がった。
「いや、そんなに良い席じゃなくても良いんですけど……」
「いえ、良い計画だと思いますわ。どうせならメインの、ベンチ上くらいにしましょう」
ムルトさんはそう言いながら書類の一つにメモを書き始める。
「ええっ!? 良いんですか? そんな良席?」
「先行投資です。未来の良客に見窄らしい席をあてがう訳にもいきません。それに、彼ら彼女らは私の後輩でもありますし」
「なっ!?」
言われて思い出し、俺はぽかんと口を開けた。そう言えばムルトさんはシャマーさんと机を並べて学んだとか言ってたっけ。
「席を仮押さえしつつ学院へアンケートを送って希望者数を確認しましょう」
「あ、すみません、そんな事まで……」
「いえ、別々に動く方が却って手間になりますから。となると……」
それから、ムルトさんは口の中でブツブツ言いながらメモをとる手を高速に動かし始めた。前も見た彼女の高速演算モードだ。
「ありがとうございます。じゃあ邪魔にならないよう……」
「どういたしまして。あ、実はこれも」
俺が頭を再度下げ去ろうとすると、ムルトさんは書類の束の中から一通の手紙を取り出し俺に渡した。
「今朝、届いていた手紙です」
「あ、どうも……」
計算しながら受け答えして物も渡せるなんて凄いな! と思いながら俺は手紙を受け取り、機械的に封を開け眼鏡をかけ文を読む。
「あーっ!?」
「どうしました!?」
書面を読んで思わず声を上げた俺にムルトさんが問う。さしもの彼女の高速モードも強制解除されたようだ。
「忘れてました……」
「何を、ですの?」
俺は中に入っていたドラゴンサッカードウ協会からの手紙をムルトさんの方へ向け呟く。
「俺、カード貰ってました。ハーピィ戦、ベンチ入りできません!」
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる