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第二十五章

寒くなった訳

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 試合は引き続き動き続け、PK失敗のリプレイが流れるタイミングはなかなか来なかった。やはりユイノさんから聞こうか? と考え始めた頃にリストさんがロイド選手をファウルで倒し、セットプレイになったので間ができて映像が切り替わる。
「お、きた」
 俺は思わず呟く。画面にはキッカーを担当するリストさんが大写しになっていた。今更だがサングラスで目線が隠れるのでPKには有利だな。
「そう、ここここ! 分かる?」
 しかし、ユイノさんはサングラスの目立つ頭部ではなく、別の場所を指さした。昔のアニメでは地滑りのシーン等で動く岩だけ色が違ったりしたが、それを見つけた子供みたいだ。
 ん? 地滑り?
「あ、もしかして……」
 そうリーシャさんが呟く間に笛が鳴り、リストさんが助走を始めた。先ほどのPKを得る事になったシーンではトゥーキックという、爪先でボールを弾くようなシュートを撃ったが、今度は何歩か走って勢いをつけた強烈なシュートを撃つつもりだったらしい。
 ナイトエルフはステップを刻んでボール方向へ前進し、最後に蹴り足を振り上げつつ逆足を踏み込んで……
「ああ、やっぱり!」
 その逆足を盛大に滑らし剥げた芝生の固まりを宙へ飛ばし、かろうじて撃ったシュートも明後日の方向へ飛ばした。PK失敗だ。
「あのね、これって?」
 宙を見上げて嘆息するリーシャさんと画面をじっくり見る俺に、ユイノさんが不安そうに問いかける。
「ええ。この状況なら確実です」
 ユイノさんは優しい性格で他者を疑うという事が苦手なエルフだ。誰かに猜疑心を持つこと自体がストレスだろう。俺は彼女を負担を和らげる為にきっぱりと言った。
「やられていますね」

 想像して欲しい。PA内でファウルがあってPKが与えられた状況を。まずファウルを犯した選手がおり、それがイリーガルなタックルだった場合は喰らった選手もいる。下手人に詰め寄る選手、審判や副審に抗議する選手、負傷者を気遣う選手や医療スタッフもいるかもしれない。またキッカーが決まっていれば良いが、それが不在だったり――アローズではダリオさんが第一候補、次がシャマーさんだが今回は両者ともいない。恐らく今回はリストさんが名乗り出たのであろう――決まり事に従わない奴がいればボールを何名かが取り合っているかもしれない。
 端的に言えばカオスだ。だがそのカオスの中で攻撃側のチームが守るべきモノがある。ペナルティスポット付近の芝生だ。
 かなり今更な話だが、ボールを蹴る時は蹴るために振る蹴り足と身体を支える為の支え足の二本がいる。そして後者の支え足の方も、かなり重要なのだ。
 踏み込む位置、強さ、角度……。それらがきちんと決まらないと、しっかりとボールを蹴る事はできない。そして当然、支え足が踏みつけた地面、芝生がずるっと滑ってしまっても駄目だ。
 そう芝生。PKを蹴る側のチームがなぜペナルティスポット付近の芝生を守らないといけないかと言うと、キッカーがそこで足を滑らせてしまうと思う通りのキックができず、シュートを失敗してしまうからだ。
 ここで先ほどのカオスな風景に戻る。多数の選手やスタッフ、審判さんが入り乱れるのだ。偶然、誰かが支え足が踏み込む付近を踏み荒らしてしまうかもしれない。
 ただこの世界の芝生のコンディションは俺のいた地球よりも遙かに良い。グランドキーパーの大半は自然魔術の使い手で、どのような気候地域でもサッカードウに理想の芝生を育成、養生する事ができている。またアローズもゴルルグ族もミノタウロスやトロールといった重量級のチームではないので、ここまでのプレーでも芝生はそれほど荒れていない。
 それらを考慮するに、
「偶然誰かが踏み荒らしてしまった」
結果、リストさんがあれほど盛大に芝生ごと滑ってしまったとは考え難い。
 つまりどういうことか? あの騒ぎの最中、冷静にペナルティスポット付近に近寄りキッカーの利き足から踏み込む位置を推測し、その部分の芝生を剥がして元通りにしておいた選手がいるという事だ。

「やっぱり。ひどいよね……」
 心優しいGKは悲しそうな声で言った。そういった背景の推測、理屈はユイノさんでも――と言うのは失礼か。彼女はのんびり屋さんだし独特の乙女脳ではあるが、愚かではない。たぶん――分かるものだった。
「こういう場合はどうしたら良いの?」
「どっちですか? 防ぎ方? やられた後?」
 今度はリーシャさんが問いかけ、俺は先に確認の質問を返した。しかし自分が直接の被害者でもないのに落ち込む親友と対照的に、このFWは戦闘意欲を失わないな。今だってまだ腰に布巻いた状態なのに。
「どっちも」
「PKの判定が出た時に素早く複数でそのエリアを囲む事ですね。それを押しのけてまでやろうとしてきたら、審判さんにアピールして辞めるさせるよう言って貰うとか」
 今回はそこまで気の回る選手――ダリオさんとかシャマーさんとか。また同じ名前挙げちゃった――もいなかったし、監督コーチ陣は別の事に気を取られていたけどね。
「じゃあ、もう既にやられた場合は?」
 俺たちが気を取られていた対象、リーシャさんは何か考え込みながらも問う。
「同じく審判さんにアピールしておいて相手チームに警告を与えておきます。で、剥がされた場所が分かっているならそこを踏まないように避けて蹴るか、或いはシンプルにキッカーを変えます。利き足が逆の選手に」
 混乱に紛れて芝生を剥がす、と言っても限度がある。スポットの左右両側満遍なくというのは無理だ。基本的にはキッカーに合わせて、その踏み込み足の置かれそうな場所を狙ってくる筈だ。なので場所さえ分かっているならそこを踏む必要がない選手、つまり利き足が左右逆の選手をキッカーに選べ直せば良い。
「ふーん。あんたも色んな事を考えているもんね。ありがと」
 説明を聞いたリーシャさんはそう言うと笑顔を浮かべ俺の方をポン、と叩いて奥の部屋へ消えて行った。恐らく下半身を洗い流すのであろう。と言うかそれよりもですよ!
「リーシャ、笑ってたよね?」
「笑ってましたね。それに気を取られてあんたじゃなくて監督! て言うの忘れました」
 取り残されたユイノさんと俺は顔を見合わせて確認した。
「『試合には負けたがリーシャの笑顔というかけがえのないモノを手に入れた監督であった……』みたいな展開だね!」
 ユイノさんはそう言いながら親指をぐっと立てた。
「いやもう負ける前提かい!」
 俺は乙女脳全開でおかしな事を言うユイノさんに全力でツッコミを入れる。
 しかし、彼女の予言は数分後、成就してしまう事となった……。
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